第65話 七刻石(2)
※(1)からそのまま繋がっています。また、今回も話の切れ目ではないところで切っています。
「例えば関東だったら、日光東照宮はどうだろう。絢音七刻石が置かれるに相応しいスポットだと思う」
絢音が関東エリアを拡大しながら真顔でそう言って、私は思わず笑った。まるで、西畑絢音は徳川家康より偉い人間であるかのような響きだ。
「九州は太宰府天満宮でどうかな」
「神社ばっかりだね」
「神域を押さえることで、民衆に西畑絢音の力を知らしめる。中国・四国は金刀比羅宮、近畿は高野山、東北は中尊寺、中部は伊勢神宮」
「総本山来たね。旅の最中に罰が当たって死にそう。それか、その前にニュースになる」
「絢音と刻まれた謎の石が各地で見つかり、それを探すのが若者たちの間で人気になっています。中にはこんなグッズも」
「そういうポジティブなニュースじゃない」
呆れながらそう言うと、絢音はくすっと笑った。今挙げた神社やお寺を巡るのは楽しそうだが、その旅に怪しげな石の要素はまったく必要ない。
「撤去されそうな場所はやめた方がいい気がする。いっそ森の中の祠とか」
「それじゃあ、私の権力が伝わらない。お城とか! 近畿は姫路城。中部は松本城」
「神社よりは罪悪感が少ないかも。東北とか、何かいい城ある?」
「奥さん、今日は活きのいい城が入ってるよ」
絢音が嬉しそうに揉み手をした。どんな城が入ってるかと続きを待ったが、絢音は城を諦めたように違うことを言い出した。
「統一感は大事にしたい。関東は滝だったのに、東北は海で、九州は山とか、そういうのは好ましくない」
「各県庁に置いて、絢音四十七刻石にする」
「多いね。挫けそう」
絢音がいきなりトーンダウンしてため息をついた。四十七都道府県は一生の内には回れそうだが、この遊びのモチベーションが何十年も続くとは思えない。
「じゃあ、世界遺産を巡る。それなら観光としても悪くないし、自然の中に、絢音七刻石が転がってても誰も気付かないでしょ」
もはや権力もへったくれもないが、それなら現実的だ。実際にやると問題もありそうだが、どうせ実際にはやらないので問題ない。そういう意味では、別に最初の神域案でも良かった。
ひとまず各地域の世界遺産を並べると、北から知床、平泉、日光、富士山、百舌鳥の古墳群、厳島神社、奄美大島になった。世界遺産を並べているのですごいはずなのに、どこかしょぼく感じる。
「統一感がないせいだね。中尊寺と東照宮、厳島神社があるなら、やっぱりお寺と神社でいい気がする」
やはり最初の案に戻し、今の3つに太宰府天満宮と伊勢神宮、高野山を加えた。その過程で、高野山より東大寺や伏見稲荷神社の方がいいのではないかとか、厳島神社より出雲大社の方がいいのではないかという意見も出たが、ひとまずその6つにする。
それよりも問題は北海道だ。
「時計台でいいんじゃない?」
絢音が投げやりにそう言って、思わず噴いた。ここまで真面目に神様と対話してきたのに、時計台では台無しだ。
宗教的な理由か、北海道にはあまり有名な神社やお寺がない。検索すると北海道神宮とか、出て来なくもないが、ここまでに並べた神社と比べると知名度が劣る。格はわからないが。
「じゃあ、日本中の護国神社を巡る。絢音四十七刻石復活」
それなら北海道から沖縄まであるし、格も大体同じで統一感もある。一生をかけて楽しめる遊びだと言うと、絢音が面倒くさそうに呟いた。
「47個も作るの? 絢音石」
「頑張って」
「秋田とか島根とか、一生に1回しか行かなそうな県も、護国神社を中心に行程を組むんだね?」
「むしろ全部の県に行く理由になるね」
ポジティブに言ってみたものの、いまいち心惹かれるものがないのも確かだ。そもそも護国神社自体が、あまり観光で回る類の建物ではない。
「建物系に置くと、片付けられそうな気がするから、有名な自然スポットを回ろう。北海道は釧路湿原」
絢音が仕切り直すように声を弾ませたが、あの大自然の最初に挙げるスポットが釧路湿原なのは意外だ。
「阿寒湖は?」
「湖底に沈めて、私は地界の主になる。東北の自然って言われて、あんまり思い付かない。八幡平?」
聞いたことがある気はするが、ちょっと場所がわからない。それより、私の阿寒湖がテキトーに流された気がする。ここはしつこく食らいつこう。
「十和田湖。関東は霞ヶ浦」
「霞が関かー」
「言ってない。東海は浜名湖。関西は琵琶湖」
「問題はそこからだね」
絢音が難しい問題を出す先生のような目で私を見た。確かに、中国、四国、九州、沖縄で湖が思い付かない。
「将来的にどうなったか見に行きたいから、湖に沈めちゃダメだね。2回行きたくなる観光地にしよう」
「北海道は時計台」
「私は経験者だけど、1回で満足かな」
絢音が可笑しそうに顔を綻ばせた。私は行ったことがないからわからないが、アクセスがいいので札幌に行くたびに寄ったとしても、そこまで時間のロスにはなるまい。
ただ、どこに置いたとしても、1年どころか数日で片付けられそうな気がする。普通の石に完全に混ざってしまえばいいが、それでは見つけられそうにない。
「石さえなければどこにでも行けるのに」
私がそっとため息をつくと、絢音が本末転倒だと笑った。




