番外編 フォトコンテスト(1)
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帰宅部の活動は、涼夏の好奇心によって保たれている。私はそう考えている。
涼夏は全員の努力の賜物だと言っているが、謙遜だろう。あるいは、性格も天使なので本当にそう思っているのかも知れない。
毎度どこから仕入れてくるのか、面白そうなイベントを見つけてきては、帰宅部で楽しんでいる。ついこの間は、一生の内にもう二度と見られない彗星の情報をキャッチしたとかで、夕方みんなで西の空に星を探す遊びをした。
もちろん中には、線路で囲まれた三角形を発見したとか、よくわからないものも持ってくるが、絶対数が多いのはいいことだ。ちなみにその三角形だが、涼夏は地図アプリを眺めていて偶然発見したが、どうやら界隈では有名な場所だったらしく、得意げな涼夏が可愛かった。
そんな涼夏が次に持ってきたのが、市内で開催されているフォトコンテストである。交通局主催で、特定の区内の観光スポットなどの写真を募集している。
これまでにも定期的に開催されており、帰宅部でも話題に上ったのだが、前回は真夏だったので見送った。今回は気候もいいし、一度挑戦してみようということだ。
もっとも、私たちは高級なカメラがあるわけではないし、写真に関しては素人である。普通のフォトコンテストであれば入賞はとても無理だろうが、今回はあくまで区内の観光スポットの紹介であり、芸術的な写真が求められているわけではない。みんなで一緒に過去の受賞作品を見てみたが、公園の花壇を撮っただけとか、寺院の入口を撮っただけみたいな作品も多かった。
「要するにこれは、フォトストックだ。使いやすい写真、わかりやすい写真が求められている」
涼夏がそう言って、自分たちにも十分チャンスがあると訴えた。もちろん、重要なのは入賞ではなく、みんなで遊ぶことなので、前に学校で行われた俳句コンクール同様、結果はさほど問題ではないが、どうせ応募するなら選ばれるに越したことはない。
もう一つ涼夏が目を付けたのは、人の写っている写真が極端に少ないことである。まったくないわけではないので、人が写っていたら落選するというものではない。単に肖像権の問題であり、応募にあたっては被写体に許可を取るよう、募集要項にも書かれている。
「つまり、自分たちが写れば差別化出来るし、他の人たちには撮るのが難しい写真が撮れるってことだな」
涼夏が実にポジティブな解釈をして、可能性はあると拳を握った。いくら観光スポットの写真を撮るだけとは言え、やはりいいカメラを持っている人たちに勝つのは難しい。それに、どのみち私たちは自分たちの写真を撮りたいので、一挙両得だ。神社でお参りをしていたり、公園で散歩していたり、ベンチに座っていたり、自然に写り込むのはとても面白そうだ。
「多種多様なすずちさが撮れて楽しそう」
絢音が声を弾ませる。相変わらず被写体になる気はなさそうだが、帰宅部みんなの記念なので、たくさん写ってもらおう。
改めて募集要項を見ると、入選は一人1作品だけだが、応募は何通でも構わない。みんな1スポット1枚だけ応募するのか、それとも構図を変えて何枚も、合計何十枚も何百枚も応募するのかわからない。後者なら審査の人は大変そうだ。
スポットはどこでもいいが、バス停から半径800メートル以内にある場所で、料理や看板などは対象外。つまり、オススメのカフェとか、そういうのは過去の入賞例を見ても対象外だろう。企業のロゴなどの写り込みにも注意したい。
「バス停から800メートルマップを作りたいけど、ちょっと調べた限り、基本的にバス停はどこにでもあるね」
絢音が地図アプリでバス停を検索しながら言った。今回対象となる天城区は概ね住宅地で、天城川によって南北に分断され、南側には大きな公園と緑地公園、北には小さな山がある。この山の中以外はどこも大丈夫そうだ。
「どのみち、バス停がないと私たちも行けない」
当日は交通局が想定している通り、バスで回ろうと思っている。自転車を借りてもいいが、土日はバスと地下鉄の一日乗車券が600円で買えるので、その方が遥かに安い。もっとも、バスの時間には縛られるが、涼夏が時刻表大好きなので、任せておけばいいだろう。
後はスポットである。下調べもせずにふらふら歩いても、何もない住宅地を突き進むことになるだろうから、ある程度事前に目星を付けておいた方がいい。過去の受賞作を見ると、有名な神社や公園、古い町並み、橋、商店街、ショッピングモールなどが選ばれている。観光地に絞り込んでも良さそうだ。
試しに天城区の観光地を検索したら、何もなかった。先ほど表示された大きな公園と神社がいくつか、農業ファーム、運転免許試験場くらいだろうか。
「何もないな」
涼夏が深刻そうにそう言うと、絢音がくすっと笑った。
「元々観光地がない市だからねぇ。この企画で、新しいスポットが爆誕することが期待されてる」
「区民による区民のための、超ローカルなコンテストという気がしてならない」
「ちなみに、前回の応募は226作品らしいよ」
「それが226人なのか、写真の合計が226枚なのかによって、大きく左右されるな」
笑いながら涼夏がそう言って、私は思わず真顔で頷いた。もし後者なら、一人が何百枚も応募したりはしていないことになる。
そうだとしても、どうせなら10スポットくらいは応募しているだろう。もし一人10枚だとしたら、20人くらいしか参加していないことになる。市が企画して、地下鉄の駅にたくさんポスターが貼られている割には、応募の少ない企画だ。
ちなみに、賞の数は全部で20なので、本当に20人しか参加していなかったら、全員何かしら受賞することになる。
「まあ、いくらなんでも、そんなことはないだろう」
涼夏が明るくそう言ったが、顔には「有り得る」と書いてあった。私もまったく同感である。
それくらい、私たちの市には、そして特に今回の区には、何もないのだ。




