番外編 TRPG 5(1)
※今回、話の切れ目ではないところで切っています。
夜、目立たないように小さな光の精霊を先導させて、地図にあった場所に向かった。
夜の森は危険だ。ただ、怖いとか不気味という感情はない。私たちは物心ついた時から、すぐそこに森があった。
エルフからもらった地図の場所は完璧に把握している。むしろ近くを通って、どちらに行こうか迷った末、選ばなかった方の道だ。
運が良かったのかはわからない。もしあの時不意に遺跡に辿り着いていたら、取り囲まれていたかもしれない。今のところ、1対1で戦ってギリギリというレベルだ。今朝は魔物と戦った後とはいえ、同じ人数を相手に負けている。
音と気配に気を付けながら近付くと、ぼんやりと灯りが見えた。声や音はしないので、生活の灯りだろう。
光の精霊とお別れして、暗さに目を慣らす。さらに近付くと、遺跡の形がはっきりと見えた。
なかなかの規模で、外壁の跡もある。今は崩れて草木に覆われているが、遺跡の内部には草木はなさそうだ。「赤の森」でも見た、宗教施設の跡かもしれない。奥にはやはり崩れた塔のようなものがある。
宗教というと、この世界では信仰は廃れているが、神様は人の信仰によって存在するわけではない。神はまだ存在し、人々に奇跡を与えると信じている人はいて、実際に私たちの知らないスペルが使えたりもするそうだ。会ってみたい気はするが、捕まって生贄にされそうな怖さがある。偏見かもしれないが。
今この遺跡を根城にしている連中は、宗教とは無関係だろう。ただし、使い魔が使えるレベル以上のマナ使いがいるのはわかっているし、そいつが親玉かもわからない。全部で20人くらいという情報も確証はない。実は50人いたとかだとお手上げだ。
戦いが始まる様子はない。寝静まってから襲撃するのかもしれないが、私が賊なら、今夜は一晩中警戒する。
「本当に来るのかなぁ」
ナツが耳元で囁いた。助けてくれた以上、捨て駒に使うようなことはないと信じたいが、先に攻撃を仕掛けろと思っているかもしれない。もちろん、そんな義理はない。
義理というと、ドワーフたちも来るとは限らない。頼んだ時、是非手伝いたいとは言っていたが、こちらも確かではない。すでに近くにいて、私たち同様、事が起きるのを待っているのかもしれないし、そもそも村に戻って相談した結果、人間に任せることになったのかもしれない。
「こうなるなら、ちゃんと連携するべきだったと思う」
スズカが愚痴るが、エルフにそんな考えは一切なさそうだった。もちろん、スズカの愚痴の対象も私たちではない。
地形を見ながら、もし私たちしかいなかった場合のシミュレーションをしていたら、不意に右手から火の手が上がった。にわかに騒然となり、武装した男たちが遺跡から姿を現す。やはり臨戦態勢だ。
男たちが森の方に駆けていったが、先程の攻撃が陽動なのは明らかだ。遺跡内の守備はもっと強固だろう。
まさか今この遺跡を目指している冒険者のすべてが、猫を目標にしているとは思っていまい。貴重な魔宝石を守っているとして、そこに猫のマナ使いもいたらどうするか。
森を出て、遺跡の壁まで音を立てずに走った。風の精霊の力を借りて中の様子を伺う。
こちらは、風と話せる私の固有スキルと違い、れっきとした魔法だ。完全に建物の中だと使えないが、崩れた遺跡なら問題ない。
人の声と気配で、大体の位置と人数を把握する。もっとも、大きな遺跡ではないが、地下施設もあるかもしれない。塔は比較的しっかりしていて、まだ2階部分も残っている。風の届かない場所のことはわからない。
崩れた場所から壁の中に入ると、遠くで剣戟の音がした。ドワーフたちも来てくれたのかもしれない。だとしたら、私たちもいつまでも潜んでいるわけにはいかない。
塔を目指して走ると、少し前の地面に矢が突き刺さった。一瞬エルフかと思ったが、そんなわけはない。向こうから男が3人、そして壁の上に弓を持った一人。囲まれた形ではないが、有利な状況でもない。しかも軽装の男の傍らに、見覚えのある猫がいた。
スズカが素早く全員に魔法耐性を上げるスペルを使う。すぐに戦闘に突入するかと思ったら、不意にマナ使いの男が顔を上げて口を開いた。
「デラリー様?」
その目は真っ直ぐアヤネに向けられている。アヤネはまばたきしてから、知らないと首を振った。
「誰のこと?」
私が聞き返す。何にしろ、この時間は有り難い。スズカが防御のスペルを使う。本当は攻撃に使った方がいいのかもしれないが、今朝の戦いで眠りの魔法が不発だった反省から、ここは手堅くいきたい。
男は悩ましげに顔をしかめてから、アヤネに言った。
「お前、母親の名は?」
「ダレリナだけど」
困惑気味にアヤネが答える。もちろん、私たちも知っている。アヤネに似た美人の母親だ。
父親はマレシュといって、永くお世話になったが、2年前に亡くなった。悲しみこそあったが、アヤネが生活に困ることはなかった。村人は全員仲間だ。
男は少しだけ考えるそぶりをしてから、「似ている人間はたくさんいるものだ」と、自分に言い聞かせるように呟いた。




