番外編 TRPG 4(1)
※今回、話の切れ目ではないところで切っています。
チェスターの町から森の入口はすぐだった。森は危険であると同時に、木材や山菜、薬草の宝庫でもある。もちろん動物も狩れるし、川もあって魚も獲れる。チェスターもユナと同様、森と共存している町で、森の中には人の歩ける道が何本もあり、詳細な地図もあった。
もっとも、地図と言っても冒険者用のものではない。木々に埋もれた遺跡の場所は書かれていないし、当然盗賊たちもそういう遺跡をアジトにしているだろう。
「風がこっちだと言っている」
道の途中で茂みの中に入っていくと、ナツが「まあそうだね」と苦笑いを浮かべた。
森で生まれ育った私たちは、人や動物の通った跡が自然と見つけられる。「赤の森」を拠点にしていた時、ギルドのマスターに「それは貴重な能力だ」と言われた。実際、「赤の森」で魔宝石を見つけられたのもそのおかげだし、恐らく無意識の内に危険も回避できているのだろう。
初日は5時間ほど森を探索し、街道を経由して町に戻った。もちろん、広大な森なので把握できた部分はわずかだが、盗賊たちも町から何日もかかる場所をアジトにはしていないだろう。近くてわかりにくい場所。そういうところが狙い目だ。
「あの5人組より早く見つけたいね」
ナツが暢気に笑ったが、向こうは手練れの上、エルフがいる。そう言うと、ナツが「そうだった」と残念そうにため息をついた。あの荷物の量からすると、恐らく彼らは町に戻っていない。私たちより志が高いが、受けている依頼が違うのも事実だ。
「まあ、こっちは猫探しだし、犯人も同じ連中と決まったわけじゃないしね」
スズカが楽しそうにそう言って、初日の探索は終了した。
そして翌日、森に入ってすぐに事態が動いた。獣道を歩いていた私たちの目の前に、突然白い猫が飛び出してきたのだ。それに続くように、熊が姿を現して襲いかかってきた。
突然と言っても不意打ちではない。何かが近付いてくる気配は感じ取っていた。ただ、まさかそれが目を赤く光らせた魔物だとは思わなかった。
魔風に当てられて凶暴化した動物を、この世界では魔物と呼んでいる。魔風については何も解明されていないが、千年前の王国の魔法的な何かだと言われている。基本的には人には影響を及ぼさないが、ごく稀に人も魔風に当てられて凶暴化することがある。中途半端な理性と凶暴性、そして人には無い能力を身に付けた彼らは、魔人と呼ばれて恐れられている。
熊の魔物の一撃を先頭にいたナツが受け止めたが、到底止め切れるものではなく、近くの樹に叩き付けられた。
動きが速いので、とにかくまず精霊スペルで動きを束縛すると、スズカの放ったエネルギーの矢が熊の胴体に突き刺さった。アヤネが勇敢に剣を振るい、私は闇の精霊の力を借りて熊の視界を奪う。
さすがに強いが、1体なら勝てない相手ではない。「緑の森」でも時々魔物とは遭遇したし、勝利を収めたこともある。もちろん、目眩しや動きを封じて逃げることも多かったが、冒険者になった今では、なるべく戦いたい相手だ。
どうにか倒すと、熊の魔物は煙のようなものを噴き出しながら地面に倒れた。その傍に小さな魔宝石がコツンと音を立てて落ちる。
これも未解明だが、噴き出したものは魔風を凝縮したものだと言われており、こうして魔宝石が作られる。魔宝石の種類や大きさは様々で、相手の強さは関係ない。今回も期待したが、せいぜい1000ツェルくらいだろう。
スズカがそれをポケットに入れ、前線で戦った二人の傷をスペルで癒す。思い出したように顔を上げると、追われていた白猫はまだそこにいて、じっと私たちを見つめていた。特徴はトリノアの話していた猫と酷似しているが、さてどうか。
「おいで、ルベリー」
スズカがそう言いながら手を広げたが、白猫は微塵も動こうとしなかった。ナツが忍び寄ると、猫は勢いよく飛び退いた後、再び私たちを見つめた。
不自然な動きだ。熊に怯えた様子もなければ、助けた私たちに感謝している感じでもない。そもそも猫にそんな感情があるかはともかく、性格の面ではトリノアの話と随分違う。
まるで私たちを導くような動きに、私たちは顔を見合わせた。言葉にするまでもないが、スズカが苦い表情で言った。
「使い魔にされてるね」
残念だが、そうとしか考えられない。
最悪の事態だ。もし賊の誰かに使い魔にされたのだとしたら、連れて帰るのが難しい。高位のマナ使いなら解除できるようなことも聞いたが、もちろんスズカにはできない。
それに、この猫が使い魔なら、私たちの言動は相手に筒抜けということになる。しかも、スズカが名前を呼んでしまった。猫を探しに来たのもバレてしまった。
さらに、最低でもスズカより高位のマナ使いがいることもわかった。不意打ちも難しくなった今、この依頼を遂行するのはとても難しい。
「でも、世界の鍵じゃなさそうだね」
能天気担当のナツがそう言って、私ははっとなった。
確かにそれは言える。大事なアイテム的要素があるのなら、使い魔にしたり、こんな危険な場所に出したりはしない。最悪熊に殺されてもいいような存在でしかないというのは、一筋の光明だった。
「ねえ、助けたお礼に猫を返してくれない?」
どうせもうバレているのなら、今さらすっとぼけるより交渉に使った方がいい。そう判断したのか、スズカが猫を通してその向こうのマナ使いに語りかけた。
使い魔は契約者なら解除できる。もしくは契約者を殺すことだが、依頼の内容は猫を連れて帰ることだ。何も賊と対峙する必要はない。
猫は何も言わずにじっと見つめ続けていた。そもそも使い魔にしたところで、猫に人間の言葉を喋らせることはできない。
これからどうするべきか。ついて行けばアジトに突っ込み、大勢に取り囲まれてたっぷり舐められる悲惨なエンディングが待っているだろう。
ここで捕まえて、無理やり連れて帰り、後はお金で何とかしてと言うのが一番得策だが、それを提案するより先に、周囲に人の気配を感じた。それも一人ではない。
「最悪」
悪態をつきながら、スズカを守るように立って武器を抜いた。現れたのは、見覚えのある男も含めて4人だった。連戦はきつい。
「見たことのある顔だ。あの時のお礼をたっぷりさせてもらおうか」
男たちが前口上もほどほどに斬りかかってくる。野蛮だ。交渉の余地もないのか。




