番外編 TRPG 2(2)
翌朝、昨夜は酒場になっていた食堂で食事をしてから、身支度を整えた。ちなみに5人組のパーティーも見たが、リーダーは気の強そうな中年の女性だった。他にはやはり中年の男が一人と、エルフの女性が一人。なかなか異色の組み合わせだ。
「エルフなぁ」
部屋に戻ってから、スズカが唸るように呟いた。
私たちは個人的な感情として、エルフにあまり良い印象を持っていない。「緑の森」にはユナの村の他にもエルフの村があり、時々小競り合いが起きている。
ただ、これは衝突したエルフに言われたことだが、そもそもあの場所にはエルフの集落があり、それを追い出したのはユナの住民だという。
もちろん、先に森にいたのは長寿にして森の民であるエルフだろうが、追い出したかどうかについては解釈によるものかもしれない。敵側の発言を鵜呑みにするつもりはないが、歴史に関してユナの大人たちがあまり話したがらないのもまた事実だった。
「まあ、冒険者になった今、エルフに対する価値観も変えていった方がいいかもね」
実際、昨日もドワーフと話をしたし、いい人たちだった。価値観の違いで共存は難しいと言われているが、敵対し合う存在ではない。敵視すべきは、昨日の賊のような存在だ。
身支度をして宿を出る。チェックアウトというわけではない。しばらくはチェスターを拠点に「紫の森」を探索するので、長居するつもりだ。もっとも、もっと快適な宿が見つかれば移動するが、昨日泊まった感じでは、悪くなさそうだった。
チェスターは宿場町ということもあり、街道に沿って町が長く伸びている。往来は人に溢れ、昨夜着いた時の静けさが嘘のようだ。
少しだけ街を散策しながら、昨日男たちに教えてもらった冒険者ギルドに向かった。情報や依頼も知りたいし、冒険者には定期的な報告が義務付けられている。国に認められた組織だけあって、その辺りは結構厳しい。
見慣れた紋章の刻まれた扉を開けて中に入ると、こちらもレストランのようにいくつかテーブルが置かれて、何組かのパーティーが談笑したり、依頼主と思われる人と話し込んでいた。
カウンターに行くと、丁度また5人組と遭遇し、若者たちが私たちを見て笑顔を見せた。
「ようこそ」
「昨日はどうも。お仕事探し?」
「まあそうだな」
男がのめり込むようにこちらに近付こうとすると、リーダーの女性が面倒くさそうに言った。
「バイラス、リツィオ、今話し中だよ」
「あいあい」
若者たちがやれやれと手を振る。見た目通りなかなか気の強そうな女性だ。しかも、私たちと交流しようという気はさらさらないらしい。むしろどこか敵対的な態度なのは、私たちが若いからだろうか。女あるあるだ。
後ろで待っていればいいのかわからず、立ち尽くしていると、リーダーの女性が怒ったように振り返った。
「今大事な話をしてるから、あっち行って」
随分な言い方である。スズカが咄嗟に言い返そうとしたが、それを制して大人しく空いているテーブルに座った。
ナツも頬を膨らませて、小声で愚痴を零す。
「感じ悪い」
「ああいうの、良くないと思う」
「同じ冒険者なのにね。仲良くやりたいよね」
「でも、あの人たちと仲良くやりたいとは思わない」
ぶつぶつ言う二人を眺めていると、アヤネが小さく肩をすくめた。私も悔しい気持ちはあるが、逆の立場なら小娘4人の冒険者グループなど、相手にしたくない。その気持ちは理解できるし、実際にこれまでにも、舐められることが多かった。
それは5人組のリーダーだけではなく、ここのギルドの職員も同じだった。ようやく窓口が空いたので行くと、鼻で笑うように言われた。
「仕事の依頼? キミたちに出来そうなのはないねぇ」
「さっきの5人組には?」
「3つくらい紹介したかな」
それはつまり、明らかにあの5人より劣っているという宣言だ。もちろん、人を見る目は確かだろうし、実際私たちはまだ駆け出しだ。あの若者たちで2年くらいと言っていたから、中年組やエルフの女性はもっと長いかもしれない。
それにしても、なかなかひどい扱いである。チェスターの冒険者ギルドはここしかないし、こういう扱いをされるのであれば、チェスターで活動するのは難しいかもしれない。
揉めても仕方ないので、大人しくギルドを出ようとしたら、5人組のリーダーに声をかけられた。
「どうしたの? お仕事なかった? 1つ紹介しようか?」
「お気持ちだけで大丈夫です」
スズカが即答してギルドを出る。
外はいい天気だが、気持ちはなかなか沈んでいる。ナツが「あーもう、むかつく!」と声を荒げると、スズカも憮然とした顔で頷いた。
「非常に腹立たしい。見返してやろう」
それはとても前向きな意見である。こういう洗礼はこれからも受けるだろう。その時、いちいち逃げていたらいつまで経っても成長できない。
例えば「紫の森」で何かしら実績を上げたら、見直してもらえるかもしれない。そうしたら、依頼もくれるようになるだろう。
今のところ、私たちには実績がない。ああいう扱いも甘んじて受けるしかない。
「とりあえず、遺跡探索で何か見つけてくるしかないかなぁ」
冒険者の使命は、依頼の遂行と遺跡の探索である。前者の道が閉ざされた以上、後者を頑張るしかない。
どこかでお昼にしながら作戦会議をしようと提案すると、不意に背後から女性の声で話しかけられた。
「ねえ、あなたたち、冒険者よね」
振り返ると、そこには私たちより少し上くらいの女性が立っていた。ふわふわの金髪に、高そうな生地の服を着ている。可愛らしい顔立ちをしているが、どこか他人を見下したような微笑みが張り付いている。
私たちが冒険者なのは、身なりからも出てきた建物からも明らかである。私たちが答えるより先に、女性が口を開いた。
「ちょっと聞いてほしい話があるんだけど」
私たちは顔を見合わせて、すぐさま頷いた。正式にギルドを通した相談ではない時点で怪しいが、少なくともお金は持っていそうだし、贅沢を言っていられる状況ではない。
初めての依頼が欲しい私たちと、この女性の事情が上手く噛み合えば、それはとても良いことだ。
「わかりました」
パーティーを代表して私がそう言うと、女性はさも当たり前だろうと言わんばかりの顔をして、私たちについてくるよう促した。




