番外編 TRPG 序章(2)
※(1)からそのまま繋がっています。
絢音とあれやこれや調べていたら、インターホンが鳴った。正妻のお出ましである。部屋に呼ぶと、奈都はバッグとバトンケースを置いて、疲れたように息を吐いた。
用意したジュースを飲んで、「何してたの?」と聞いてくる。その声と、絢音の「部活は?」という質問がかぶり、奈都が先に答えた。
「顧問のミスで体育館が使えなかった。走り込みと、外でちょっとフォーメーションの確認して終わった」
「噴飯ものだね」
私が難しい表現を使うと、絢音が悩ましげに首をひねった。
「それは誤用の可能性が囁かれてる」
「怒り狂う時の表現でしょ?」
「元々は笑い転げる時の表現らしいよ」
どうにも信じられなかったので念のため調べると、絢音の言う通りだった。さすがである。
こういう誤用は、知ってしまうと途端に使いにくくなる。こちらが正しい意味で使っても、相手が誤解する可能性があるので、使わないに越したことはない。代表的なものに「流れに棹をさす」があるが、こちらは幸いにも日常会話で使う機会がまったくない。
奈都はそもそもその言葉を知らなかったらしく、しばらくポカンとしてから、「で、何してたの?」と話を戻した。
「TRPGを調べてた」
「え、私もやりたい」
奈都が秒でそう言って身を乗り出す。元よりPC2人は厳しいし、奈都も数に入っている。
「ナツはやったことある?」
絢音がタブレットに表示されたオススメのゲーム一覧を指で弾いた。奈都は興味深げにそれを覗き込みながら、「キャッスルソーズやりたい」と目を輝かせた。もちろん知らないタイトルだが、オススメの中にも入っている。
奈都によると、キャッスルソーズは一般的な剣と魔法のファンタジー世界で、9つの国があり、種族は人間とエルフとドワーフの3種類。仲は良くなく、交配は生物学上出来ないらしい。
「ハーフエルフがいないのは珍しいね」
奈都が嬉々としてそう言ったが、それが珍しいのかもわからない。絢音がさりげなく質問を繰り返すと、奈都はやったことはないと首を振った。
「前にフォロワーさんがやってるツイートを見て、ちょっと調べただけ。魔法は人の力で生み出すマナスペルと、精霊の力を借りる精霊スペルの2つだけ。神聖魔法みたいなのはなくて、信仰は100年前の宗教戦争以来、廃れたんだって」
「神聖魔法は残ってるの? 絶対に信者が残って暗躍してそう」
「いい着眼点だね。設定はあるけど、PCでは使えないね。アヤがGMやるなら、是非使って欲しい」
「考慮する」
絢音が穏やかに続きを促すと、奈都は嬉々として話を続けた。オタク全開だ。
「エルフはマナスペルは使えないけど、エルフにしか使えない精霊スペルがあるって。ドワーフはどっちも使えないけど、重たい武器が持てたり、手先が器用だから、探索にも向いてる」
「遺跡探索?」
「そうだね。PCの設定はシナリオ次第だけど、冒険者の主な仕事は厄介ごとの解決と遺跡探索。千年前に栄えた古代王国の、失われたマジックアイテムを探すのが冒険者のロマン」
そう言って奈都が瞳を輝かせた。なるほど。TRPGとはここまで世界に入り込む遊びなのか。私も本気で向き合わなくてはいけない。帰宅部の部長として、不良部員に負けるわけにはいかない。
「3つの種族は仲が悪いって話だったけど、パーティーを組んだりはするの?」
「冒険者になる人には色々な理由がある」
「システムは簡単なの?」
「サイコロ2つで遊ぶみたい。2D6ってやつだね。戦闘も判定もダイスを振って、能力値と補正を足したり引いたりして、相手の出目とか達成値と比較する。すごくシンプルだよ」
「初心者向きだね」
絢音がうんうんと頷いた。GMをするつもりなので真剣だ。
それにしても、やったこともないのに奈都の知識量には感心する。それが勉強方面で出来ないのかと思うが、好きなことは覚えられる気持ちはわからないでもない。私も、化学式よりブランド名の方がいっぱい出てくる。
奈都が熱弁を振るったこともあり、TRPGをするのは確定的になり、システムもキャッスルソーズでいくことになった。ルールブックは二千円ほどするが、これは後から涼夏の承諾も得て、帰宅部の部費から出すことにした。つまり、私と涼夏の折半である。
絢音は申し訳なさそうにしていたが、ルールを把握してシナリオも作ってもらえるのだから気にしなくてよい。涼夏は最初からGMは無理だと宣言したし、私もルールは把握できても、シナリオを考えられる気がしない。絢音がいてこそである。
プレイ時間は、これもシナリオによるが大体3時間。初回でキャラメイクやルール確認の時間も考えると、半日は見ておいた方がよいだろう。
どちらにせよ平日は奈都が部活だし、涼夏と絢音が二人とも空いていることは滅多にないので、土曜日にのんびり遊ぶことになった。
私も事前に世界観を調べたり、プレイ動画を見て流れを把握する。全力で遊ぶにはしっかり準備をするのが、帰宅部のポリシーだ。
そして当日、お菓子を持って涼夏の家に集まると、しばらく雑談してから絢音がキャラクターシートを配った。
フィジカル、メンタル、インテリジェンスに関する各パラメータを、好きなように振り分ける。ダイスを振って作るルールもあるそうだが、初回なので、強弱なく、好きなスキルを選択できるように振り分けにしたらしい。
「精霊スキル以外の、戦闘スキル、盗賊スキル、マナスキルなんかは好きに取っていいよ。精霊スキルだけは、全員1は取って。シナリオの裏付けに欲しい」
絢音が手書きの魔法一覧を一人1枚配った。情報量を少なくするためか、レベル4までしか書いてない。涼夏がそれを眺めながら、無意味にダイスを転がした。
「この魔法を使わないとクリア出来ないシナリオなの?」
「そういうわけじゃない。4人が生まれ育ったユナの村は森の中にあって、村民はみんな精霊スペルを習得してる」
「ユナの村。そういう設定なら、キャラも片仮名スズカで行こうかな」
涼夏がシートの名前の欄に「スズカ」と書いてから、フィジカル少なめのパラメータを振った。ゲームのスズカはインテリなのかとからかうと、涼夏はフィジカル部分を指先で叩きながら首を振った。
「運動が苦手なのを踏襲して、魔法使いをやる」
「涼夏、苦手ってほど苦手でもないのに」
私はどうしようか。奈都にやりたいスキルを聞くと、盗賊系がいいとのこと。
「遺跡探索はロマン」
「なるほど。じゃあ私は、精霊スペル特化にしようかな」
マナスペルにも回復魔法はあるが、どちらかというと回復役は精霊スキルに委ねられている。レベルが上がると、水の中で呼吸が出来たりして面白そうだ。
「じゃあ、NPCのアヤネさんは剣士にでもなろうかな。楽器を奏でる脳筋戦士」
そう言いながら、絢音も同じようにキャラクターを作って私たちに見せた。サブスキルの欄に「笛を吹く」と書いてある。
戦闘や重要な成功判定に使われるメインスキルの他に、キャラクターはサブスキルを持つことが出来る。涼夏は「料理が上手」と書き、奈都は「棒が回せる」と、自己紹介のように書いた。こういう時、私は本当に何もないと思う。
「じゃあ、敵も味方も魅了する美貌で」
涼夏がさも名案だと手を打ったが、その能力はメインスキルクラスだ。実際に魅了はルールブックの判定一覧に載っているらしい。そもそも私にそんな美貌はない。
「鳥と話せるとか」
「それはマナスペルの使い魔取ってお願い」
「じゃあ、風と話せるとか」
「それは好きにして」
絢音の許可が降りたので、キャラクターシートに「風と話せる」と書いた。奈都に「可哀想な子みたいだね」と同情されたが、自分でもそう感じる。
私たちの冒険者パーティー「キタクブ」は、ユナの村を出てからすでに半年ほど経っているらしく、その分の経験点をプラスして、少しだけ能力値を上げた。まったく1からより、使える魔法も多くなって面白いだろうとのこと。
とうとうキャラクターが完成すると、絢音が自分の前にマスタースクリーンを立てた。その内側でゴソゴソと紙を広げる。
「じゃあ、始めようか。アヤネさんはNPCだから、戦闘と判定と相槌しかしないからよろしく」
私たちについていくのが好きという、プレイヤーの特徴が最大限盛り込まれた、納得感のあるNPCである。本来なら参謀役だが、今日は3人で頑張ろう。
アヤネのキャラクターシートも私たちに託された。戦闘も判定もこっちでダイスを振ってくれとのこと。本当に人数合わせのキャラクターのようだ。
「キタクブの4人は今、ルーファスにある『紫の森』の近くを歩いています」
絢音が静かに語り始め、私たちの記念すべき初めてのセッションがスタートした。




