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第64話 京都 6

 そもそも高台寺とはどのような寺か。

 ねねの道を歩きながら絢音先生が説明したところによると、秀吉の正室であるねねが、秀吉の死後に建立した寺院とのことだ。

 もっとも、ねねは高台寺に葬られたが、秀吉の墓所は清水寺のすぐ南にある、阿弥陀ヶ峰という山の中にある。ただ、秀吉の墓所で検索すると、その麓にある豊国神社がヒットする。この豊国神社と豊国廟、高台寺の三ヶ所を繋いでできる三角形を、秀吉トライアングルというそうだ。

 二年坂、三年坂はこの秀吉トライアングルの中にあるが、清水寺はそこから外れるらしい。極めてどうでもいい情報である。

 試しに「秀吉トライアングル」で検索してみたら、1件もヒットしなかった。まったく誰一人考えたことのない概念を思い付くのは、すごいことだと思う。そこは感心しよう。

 ねねの道を抜けると、円山公園に出た。見事な日本庭園もある広大な公園だ。紅葉にはまだ早く、人もまばらで、清水寺の喧騒が嘘のようだった。寒いせいもあるかもしれない。

「すっかり秋の風だ」

 日中は暑かったが、今は朝と同じくらい、空気がひんやりしている。夜は冷え込みそうだ。

 時刻は15時半を少し回ったところ。後1時間半ほどで日が沈む。

 絢音が円山公園の東側のなだらかな山を指差しながら言った。

「あの山の上に建物が見えるでしょ? 将軍塚っていうのがあって、そこから見える夜景が綺麗なんだって」

「へー」

「これから登って、4人でその夜景を見るのを、涼夏の誕生祝いである本旅行のクライマックス、グランドフィナーレにしたいと思います!」

 絢音がパチパチパチと手を叩き、私も同じように手を叩いた。

 それは事前に絢音と決めていたことで、4人並んで夜景を見るとか、ロマンチックでいいと思ったが、当の本人は驚いた顔をした後、無念そうに首を振った。

「それは愚かなことだ。あんな高いところまで登れるはずがないし、夜景を見た後、どうやって下りてくるのか」

「正直に言うと、そこで物語が終わるから、下りてくることは考えてなかった」

 絢音が笑顔で頷くと、惹かれるものがあったのか、奈都が「物語!」と興奮気味に声を弾ませた。

「俺たたエンドも、実際に戦いが続いてるように、登ったものは下りなくちゃいけない。ドライブウェイで普通に行けるっぽいから、それはまた高校時代のやり残しとして、大人になってから再訪しよう」

 涼夏が諭すようにそう言うと、奈都が「高校時代のやり残し!」と声を上げて、嬉しそうに頷いた。

「チサといると、何もかも高校時代にやり切りたい熱を感じるけど、敢えてやり残しにして未来に繋ぐのもいいね!」

「急にテンションが上がった人がいるぞ?」

 涼夏が呆れた顔をしたが、奈都を味方につけた方が都合がいいと考えたのか、やり残しの素晴らしさを語り出した。

 結局将軍塚は未来の帰宅部のために取っておくことにして、最後に八坂神社を見て市街地に繰り出すことにした。

 八坂神社を出ると昼に話題に出た四条通があり、恋人が等間隔に並ぶ鴨川の西側は、京都一の繁華街が広がっている。本気で将軍塚に登るつもりでいたので、特に四条や三条を散策するつもりはなかったが、この時間に切り上げるのなら若者の集うエリアを見て帰るのも悪くない。

 広い境内で、絢音が八坂神社と言えばスサノオノミコトだと、最後のガイドを披露すると、涼夏が「神様だ」と呟いてから、何か気が付いたように眉を上げた。

「そういえば今日、お寺ばっかりで、神社は初めてじゃない?」

「そうだね。イザナギとイザナミから生まれたアマテラス、ツクヨミ、スサノオの一人だね。奥さんはクシナダヒメで、みんな大好きなヤマタノオロチをやっつけた神様だよ」

 ヤマタノオロチは、帰宅部の会話でも何故か度々出てくるキャラクターだ。日本で最も愛されている怪物かも知れない。

 賽銭箱に小銭を投げ入れて、健康とか友情とか成績とか帰宅部の発展を願う。4人並んで夜景ではなくなったが、4人でこうして手を合わせてお祈りするのも、旅のクライマックスとしては良い絵面ではなかろうか。そこら辺の人に後ろから写真を撮って欲しいくらいだ。

 鳥居をくぐり、正面の階段を降りると、一気に街の喧騒に包まれた。後はもう、夕ご飯の店を探しつつ、ウィンドウショッピングを楽しむだけだと思ったら、急に絢音が声を上げた。

「漢字ミュージアムだって! 歴代の『今年の漢字』を展示してるって! 見て行こう!」

 早口でそう言って、私と涼夏の手を引っ張った。珍しいテンションだ。『今年の漢字』とは、年末に清水寺で行われる行事で、その年の世相を表す一文字が大きな紙に書かれる。それが展示されているらしい。

「こういう積極的な絢音は珍しい。行かねばなるまい」

 涼夏が大きく頷き、入館料を払って中に入った。

 まず正面に去年の漢字が飾られ、上の展示スペースに歴代の漢字が所狭しと並べられている。館内にはそれなりに人がいたが、『今年の漢字』を見ている人は皆無だった。絢音のテンションとのギャップが激しい。

「始まって早々『震』で、その後も『食』、『倒』、『毒』って、ネガティブな字が並んでるね」

「『食』は悪くなかろう」

 食を志す涼夏が異を唱えたが、生憎選ばれた理由は食中毒事件や汚職系だった。

 今年の漢字を応募できたが、それより帰宅部の漢字を決めようと絢音が言って、とりあえず『帰』を提案する。ただ、それは去年もそうなので、今年っぽくはない。『遊』も同様だ。

「『愛』かなぁ。チサとの仲が深まった一年だった気がする。『深』でもいい」

 奈都が何やら感慨深げにそう言ったので、「気のせいじゃない?」と流しておいた。

 夏の沖縄旅行が良かったので『夏』や『海』、去年より飛躍したことから『翔』や『躍』、他にも『活』、『学』、『友』など色々出たが、なかなか絞り込めずに持ち越しになった。年末までに考えることにしよう。何にしろ、明るい漢字ばかり並んだのは喜ばしいことだ。

 他の展示も見て回った後、絢音が館内中央にある漢字5万字タワーを見上げた。5万字の漢字がびっしり書かれたもので、大半が黒い小さな文字だが、よく見る漢字はオレンジや青で大きく書かれている。

「涼夏の誕生日だし、みんなで『涼』と『夏』を探そう!」

 絢音が嬉々として言った。なるほど、帰宅部的な遊びだが、閉館時間が近いのと、京都まで来て何をしているんだという感じはある。

「『夏』はもちろん、『涼』も大きい文字で書かれてるかなぁ。『芳』とか『瑠』があるなら大丈夫だと思うけど」

 涼夏が目を凝らして壁を見つめた。東西南北4面、1階から2階に至るまで漢字がびっしり書かれている。

「『絢』と『紗』はたぶん大きい文字じゃないから、涼夏が一番可能性がある」

「私は?」

「奈都は、涼夏を探すついでに探すね」

 壁から目を離さずにそう告げると、奈都は「扱いがひどい」と悲しそうに首を振った。

「『叶』を大きい文字じゃない場所に発見した。『塵』とかも小さいし、『涼』も怪しいかも」

「その辺、実は常用漢字じゃないんじゃない?」

「そもそも『涼』って常用漢字なの?」

 ああだこうだ言いながら探したが、結局『涼』は見つからず、その過程で『奈』『都』の二文字を発見して満足した。ちなみに『夏』は見つかった。『千』もあったが、私はどうせ『紗』が常用漢字ではないから無理だろう

 閉館時間になったので外に出る。日は沈んで空はすっかり夜の色になっているが、街は賑やかだ。日の入りを過ぎただけで、まだ17時である。

「また一つ、京都にやり残しが出来ちゃったね」

 絢音が残念そうに、しかしどこか嬉しそうに呟いた。すぐさま涼夏が片手を振る。

「いや、別に。ナッちゃん見つけて、結構満足」

「勢いで入ったけど、なかなか面白いスポットだった。次はもうちょっとのんびり見たいかな」

「のんびり漢字を探したいね」

「そこじゃない」

 私も速やかに突っ込んだが、4人で漢字を探すのもなかなか面白かった。そもそもあのタワーの存在そのものが、実に帰宅部的である。地元にあったら通いそうだ。入館料はそれなりにするが。

 まだ早い時間とは言え、また2時間以上かけて帰らなくてはいけない。帰りは時間がわからなかったのでJRだ。

 お腹も空いてきたし、奈都はまだラーメンを食べたそうなので、河原町をぶらぶらしながらラーメン屋を探そう。

 夜景のようなエンディングはなかったが、また帰宅史に残るいい一日になった。全員17歳になったし、残り半分を切った高校生活をこれからも全力で楽しみたい。


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