第64話 京都 4
五条坂で半分以上の人が降りて、歩道は人で埋め尽くされた。交差点には警備員が立ち、バス停名にもなっている五条坂に誘導している。
「さっきバスが走ってきた通りが七条通で、ここが五条通。八坂神社の前から延びてるのが四条通で、その北には三条京阪の駅とかある三条通があるよ」
五条坂の細い歩道を、集団に飲み込まれながらのろのろ進む。もう少し土産物屋とかある道かと思ったら、ただの坂だ。
もちろん、時々オシャレな甘味の店があって涼夏が足を止めた。後は着物レンタルの店が多い。周囲から聞こえてくる言葉は半分以上日本語ではないので、とても需要がありそうだ。
「六条通はないの?」
「六は京都では縁起の悪い数字とされてるからね。六波羅探題とか」
「それは縁起が悪いものだっけ」
「元弘の乱で滅んだね」
前を歩く二人が知的な会話をしている。隣で奈都が「六条通ってないの?」と聞いてきたが、私は答えを知らない。予想だと、ある。
ちなみに、三条通の北には二条通があって二条城に繋がり、一番北には一条通があって京都御所に繋がっているそうだ。そうだと言っても、絢音がそう言っているだけで、どこまで本当かはさっぱりわからない。
「今日聞いた話は、明日には全部忘れた方が良さそうだね」
奈都が興味深そうに周囲を眺めながらそう言った。前に来たのは小学生の時で、大して興味もなかったらしい。
「前に来た時よりは楽しく感じる。チサと一緒だからかな?」
奈都がうっとりと微笑むが、たぶん年齢のせいだと思う。
五条坂から茶わん坂に入る。この道は京都の伝統工芸的な店が建ち並ぶが、あまり心惹かれなかった。先程の奈都ではないが、年を重ねたら見え方も変わるかもしれない。
最後に急な登りを過ぎると、赤い立派な仁王門が現れた。どこから湧いて出たのかというくらい人もいる。清水寺の最寄りのバス停は五条坂とされているが、その先の清水道で降りて清水坂を登ってくるのが正解だったのではないだろうか。
「清水寺って、舞台から飛び降りるので有名だけど、他はどうなの?」
仁王門の前でみんなで写真を撮ってから、涼夏がガイドに尋ねた。確かに、清水寺とは何かと言われると私も詳しくない。東大寺が大仏で有名なように、清水寺も舞台が有名だという程度の知識だ。
絢音が大きく頷いて、得意げに口を開いた。
「清水寺は、平安京よりも前からあるすごい古いお寺だから、特徴的な舞台がなくても、十分価値のあるお寺だね。舞台は当時、平安貴族が月を見ながら優雅に舞を舞ったことで知られてるね。釘が使われてないよ」
絢音の怪しげな説明を聞きながら門をくぐる。
清水寺は受付の手前に立派な三重塔があり、さらに西門の横には京都市街を一望できる展望スペースがある。先程駅で見た京都タワーが悠然とそこにあり、なるほどあれの建築に論争が起きたのも頷ける。
「京都は景観を守るために高さ制限の規定があって、あることをしないと、京都タワーみたいな高い建物は建てれなかったの」
絢音がクイズ番組の前振りのような説明をする。高さに関する規定は、私も事前に京都について調べている時に見た。確か5段階だか6段階だか、細かく決められているらしい。
「あることって? お百度参り?」
涼夏が気軽にそう聞くと、絢音は目を細めて静かに首を横に振った。
「それはカタギの人間は知らない方がいい」
まるで絢音がカタギの人間ではないかのような言い方だが、実際政治的なあれこれがあった上で建造されたのだろう。推して知るべしだ。
清水寺は有名な割には拝観料が安いので、予定通りお金を払って中に入った。人の流れに従って舞台までやってきたので、とりあえず景色を堪能する。紅葉はまだ色付き始めといったところ。秋は夜間拝観もあるそうだが、まだ実施前だ。ちなみに、飛び降りたら助かるかは、微妙なラインだった。
「実際に飛び降りた人もいて、何人かは死んでるね。今は、清水寺飛び降り禁止条例が出来て、誰も飛び降りなくなったよ」
「りんごまるかじり条例くらい、ローカルな条例だ」
涼夏が心得たと頷く。りんごまるかじり条例とは一体何か。私より先に奈都が聞くと、青森県のどこかの町にある、安全なりんごを振興する条例とのことだ。
舞台で写真を撮ってから、奥の院に向かう。途中に地主神社があったので立ち寄った。縁結びの神で知られ、恋占いの石などで有名な場所だ。
「千紗都と愛し愛される関係になれますように」
涼夏がわざとらしく声に出して手を合わせたが、基本的にそれはすでに叶っていると考えてよい。あるいは、涼夏の方で愛が足りないのかもしれない。
奈都が「私もチサと愛し愛される関係になれますように」と願っていたので、「頑張って」と応援しておいた。私の方では常にみんなを愛しているので、みんなも惜しみなく愛を捧げてくれたらと思う。
地主神社の後は奥の院に行き、いわゆる清水寺と言われて思い浮かべる景色をバックに写真を撮った。
「周囲の中国の人たちに負けるわけにはいかない!」
涼夏がそう息巻くが、一体何で戦っているのだろう。彼らは一ヵ所につきポーズを変えて何枚も撮っているので、こだわりならたぶん勝てない。
十分眺めを楽しんでから、さらに奥に進んで、子安塔を見て階段を下りる。音羽の滝というものが現れたが、思っていた滝とは少し違った。涼夏が「打たせ湯みたいだな」と言っていたが、罰が当たらないことを願いたい。
絢音曰く、清水寺の名前の由来になった滝とのことで、水に触れていこうと思ったが、行列になっていたので拝むだけにしておいた。
あれこれ見て回り、写真を撮って仁王門に戻ると1時間以上過ぎていた。正午はとっくに回っており、先程より人も増えた気がする。清水坂の方は黒山の人だかりだ。
「そろそろお腹が空いてきた。食事処はチェック済み?」
涼夏がお腹をさすりながら言った。奈都がラーメンが食べたいと主張したが、清水寺界隈で食べるものではない。また夜にでも考えよう。
「調べて出てくるようなところは混んでるだろうし、テキトーに食べ歩きかな」
絢音がそう言いながら、手作りの旗を取り出した。それをひらひらさせながら私たちを振り返る。
「迷子にならないようについてきてね」
「いや、迷子にならないからそれはしまおう」
涼夏が冷静に止める。せっかくなので、旗を片手にガイドさんっぽい写真を何枚か撮って、清水坂を降りることにした。




