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第64話 京都 3

 旅行当日はどうにか晴れた。若干寒いが、雨が降るよりずっといい。もし雨だったら延期して、ケーキを食べながらボードゲームでもしようと話していたが、ひとまずそうならなくて良かった。もちろん、それもとても楽しそうだが、今日はあくまで涼夏の誕生祝いなので、特別なことがしたい。

 7時半に高速バスのバス停に直接集合すると、誰も遅れずに無事に揃った。

「体調も大丈夫? お腹が痛くて死にそうとかあったら言ってね。置いていくから」

 私がいたわるようにみんなの顔を見ると、3人とも大丈夫だと頷いた。実のところ、女4人なので誰かしら女子の日だったりするが、全員比較的軽いので行動が制限されることは滅多にない。

 バスは8時出発で、無事に横並びで席を確保できた。値段はさすがに1500円とはいかなかったが2000円はせず、JRよりだいぶ安い。ただし、時間は2時間半とJRよりかかる上、行楽シーズンなので少し遅れるかも知れないとのこと。発車してすぐ、そういうアナウンスがあった。

 周りは私たちみたいな若者が多く、昼便ということもあって賑やかだ。私たちも喋っていても大丈夫そうである。

「結局今日は修学旅行コース?」

 私の隣、通路側に座っている涼夏がそう聞くと、通路を挟んだ反対側の絢音が大きく頷いた。

「むしろ修学旅行だね。私がガイドを務めるよ。旗も作ってきた」

 そう言いながら、絢音がリュックから「結」と書かれた旗を取り出した。紙と木の棒で作られた、実にチープな代物だ。

「本当にあるんだ」

 奈都が乾いた笑いを浮かべる。私もどうかその旗が使われることがないよう願っているが、その旗を持って得意げに案内している絢音の動画は撮りたい。

 今日のプランは宣言通り涼夏は一切タッチせず、私と絢音で作った。せっかくなので奈都にも楽しんでもらおうと思い、今日まで内緒にしてある。

 もっとも、一応洛西を回る嵐山プランと、洛東を回る修学旅行プランがあり、後者にすることだけは事前に伝えた。修学旅行だって旅のしおりにそれくらいは書いてある。

 ちなみに本物の修学旅行は2月で、今年度は沖縄と長崎の二択だった。私たちは夏に沖縄を満喫し、あれ以上の体験は出来ないだろうと判断して、全員長崎で提出した。気候的にも沖縄の方が人気なようなので、もしかしたらクラスが違っても奈都も一緒に回れるかもしれない。

 それはまたクリスマスが終わったくらいから考え始めるとして、まずは絢音先生による擬似修学旅行だ。行き先は一緒に決めたが、ガイドは絢音に一任してある。

 あまり京都のことを喋っているとネタバレになるので、学校のことや涼夏の17歳の抱負を聞いていたら、いつの間にかバスは京都府に入り、やがて高速を降りて駅に着いた。大体定刻通りだ。

 バスを降りてすぐ、噂に聞く京都タワーが目に飛び込んできた。赤と白の巨大な建造物が、青空をバックに雄大に聳え立っている。

「建設当初は一悶着あったらしいけど、今や全京都民が毎朝京都タワーの方角にお祈りを捧げるくらい、定着したよ」

 絢音が早速ガイドをしてくれるが、内容が若干怪しい。奈都が何か言いたそうに口をパクパクさせ、その隣で涼夏が勝気な瞳で微笑んだ。

「メッカみたいだな」

 今のは美しい返し方だ。絢音が驚いたように眉を上げ、私も感心するように「おー」と声を漏らすと、涼夏が居心地悪そうに視線を逸らせた。

 京都駅前は人でごった返すというほどでもなかったが、バスターミナルは場所によって長い行列になっていた。

 急ぐ旅ではないので、まず駅前のペンギンの像で写真を撮る。京都に来たことのある奈都が、苦笑いを浮かべながら言った。

「これ、何? 初めて知った」

「ペンギンだね。京都市は南極と姉妹都市になってるから、それを記念して建造されたものだよ」

 絢音がペンギンを撫でながら説明した。正しくないことを伝える時も「説明」という表現でいいのだろうか。

「じゃあ、南極には京都タワーの像があるな」

 涼夏がそう言って笑う。

「それ、誰が建てたの?」

「シロクマ」

 今日の涼夏は絶好調だ。絢音がいい加減なことを言っているとわかった上で、それに乗っかって返している。

 この後の予定を聞かれたので、絢音がスマホで地図を開きながら言った。

「三十三間堂まで歩いて、国立博物館を左手に見ながら北上して、清水寺を攻めるよ」

「いや、バスで五条坂まで行こうよ。3キロくらいあるよ?」

 元々バスの予定だった。たったの3キロとも言えるが、中に入るわけでもない三十三間堂を見るだけのために歩くのはしんどい。いち早く目的地に着くべきだろう。

 ちなみに今日は清水寺以外、中に入る予定はない。全部入っていたら拝観料だけで数千円になってしまう。

「三十三間堂は車窓観光でいいよ」

「じゃあ、ここで二手に分かれよう」

 私の言葉に、絢音が大きく頷く。「じゃあ」の意味がよくわからないが、楽しそうなのでよしとしよう。

 奈都が「私はチサと」と言いながら、私の服の袖をつまんだ。涼夏が、「いや、分かれないから」と冷静に退けて、4人揃ってバスターミナルに向かった。

 清水寺方面は、まさに見えていた一番長い行列だったが、一台来ると大半が飲み込まれ、次のバスには乗れそうだった。元々10分に1本以上ある上、臨時バスも運行しているようだ。

 千円以上する一日乗車券があるが、今日はここでバスに乗ったら、もう帰りまで公共交通機関を使う予定はない。清水寺から八坂神社までは観光名所が固まっているし、その気になれば平安神宮や南禅寺にも歩いて行ける。

 バスは5分もせずにやってきて、無事に乗り込むことができた。もちろん座れなかったので、掴めそうなものを握る。絢音は涼夏にしがみ付いた。

 いくつかバス停を過ぎると、三十三間堂までやってきた。涼夏が期待するように説明を求めると、絢音が満足そうに頷いた。

「三十三間堂は、仏像が33体あることから来てるよ」

「少なくない? 間って長さの単位でしょ?」

「柱の間隔説があるけど、それは誤解だね。通し矢が有名で、今でも通らなかった矢が1万本刺さってるよ」

「孔明か」

 涼夏が呆れながら突っ込む。絢音はにこにこしているが、今の涼夏の返しを理解できたのだろうか。私はわからなかったし、奈都も首を傾げている。

 聞こうと思ったが、話題はすぐに馬町になってしまった。なかなか強い名前のバス停で、すぐに涼夏が食い付いた。

「馬町ってなんだ?」

「昔、平安貴族が乗る馬を、この辺りで飼育してたの」

「歴史があるな。さすが京都」

 涼夏が満足げに窓から外を見た。右手はホテル、左手は住宅が建ち並び、今や牧場だった面影はない。

 そもそも牧場だったとは思えない。私たちはテキトーに会話を楽しんでいるが、満員のバスの中だと、本当のことを知っていてむずむずしている人がいるかもしれない。

 所詮、女子高生の与太話である。教えたくなる気持ちはグッと堪えて聞き流してもらえたらと思う。


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