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第64話 京都 1

 日本には47個の都道府県があり、私の住む県は本州の真ん中くらいにある。どこへ行くにもアクセスはいいのだが、両親が旅行をしない人間なので、高校生になるまで住んでいる県から出た記憶がほとんどない。高校に入ってからも、せいぜい隣の県に行ったくらいで、夏にみんなで沖縄に行って、行ったことのある県が4つになった。

 絢音と奈都はいわゆる家族旅行というものを経験していて、絢音は北海道に行ったことがあるし、奈都も10個くらい都道府県を塗り潰している。家族で行きたいかと言われるとそうでもないのだが、友達より極端に経験が少ないのはいささか残念に思う。

 涼夏も私同様、家族旅行というものをほとんどしておらず、中学の時も東京だの大阪だのにある有名テーマパークに行ったとか、そういうこともないので、私と大して変わらない。

 もっとも、涼夏は私と違って、絢音や奈都より経験が少ないことをどうとも思っていない。自己肯定感が高いのだ。私は友達より秀でたいとは思わないが、劣りすぎると置いて行かれそうな不安を抱いている。涼夏にはわからない感覚だと言われるが、奈都はそれは一般的な女子の感情だと言っている。

 そんな涼夏が、帰宅部の活動でクリームソーダの写真を撮りながらこう言った

「そうだ、京都行こう」

 今日は絢音が塾の日なので、涼夏と二人だ。レトロな喫茶店に入り、いよいよ近付いてきた涼夏の誕生日をどう過ごすか相談しようとした矢先だった。

「京都っていうのは、奈良時代に平城京があった、歴史ある県のこと?」

「違うな」

「二人で?」

「四人でだけど。なんか、沖縄の時も同じようなやり取りをした気がする」

 そう言って、涼夏が懐かしむように目を細めた。3年くらい前の思い出を語るような表情だが、まだ3ヶ月ちょっとしか経っていない。もっとも、体感的には1年くらい前のように思える。文化祭もあったし、あれこれイベントが多い。

「私っていうか私たち、5県しか行ったことないじゃん? 高校生の内にもう少し行くのもいいと思って」

「私、4つだけど」

「誤差だな」

 涼夏が軽く手を振ってから、行ったことのない近隣の県の名前を挙げた。なるほど、その中では京都が一番魅力的に感じる。

 ちなみに1県の差は、中学の修学旅行だった。私は隣の県だったが、涼夏は奈良に行ったそうだ。

「それは、普通の土日に? それとも記念日に?」

「私の誕生祝いだな。去年は温泉旅行に行ったけど、今年はみんな忙しそうだし、日帰りで京都もいいんじゃないかと思って」

 みんなというのは、奈都と絢音のことである。奈都は秋のお祭りに出演するとかで土曜日にも練習が入っており、絢音も模試やバンドの練習で忙しい。涼夏はそれに合わせてバイトを入れたり入れなかったりしており、私は常に暇している。

「誕生日の記念にってことなら、私が計画してもいいけど。それとも、何かしたいこととか行きたい場所とかある?」

 涼夏の誕生日なので、私たちでプランを立てて涼夏に楽しんでもらいたいが、本人にやりたいことがあるならそれをするべきだ。沖縄は涼夏が言い出して涼夏が全部計画したが、今回はどうだろう。

 意見を求めると、涼夏は「特に」と首を横に振った。

「みんなで京都に行ったっていう実績が作りたいだけで、具体的には何も。千紗都が考えてくれるなら、全面的にそれに乗っかるけど」

「それなら私が考えるか」

 丁度絢音や奈都が頑張っているのを見て、何かしたいと思っていたところだ。そのまま京都の話を続けようとスマホを取り出すと、涼夏が少しだけ控えたトーンで言った。

「絢音、どう思う?」

「すごく可愛い、魅力的な女の子だと思うけど」

「そんなことは聞いてない。金銭的に大丈夫かって話。あの子、私の誕生日って名目だと、私に奢らせてくれないでしょ?」

「ああ」

 今のは質問の意図を汲み取れる流れだっただろうか。まだまだ私の涼夏レベルは上昇の余地を残しているようだ。

 西畑家の金銭的問題は、以前から何も変わっていない。お小遣いの額自体は奈都も同じなのだが、私や奈都は特別なイベントの時は親や祖父母にねだるともらえる。しかし、絢音の場合、イベントの方をやめるよう言われることもあるため、そもそも頼めないという過酷な状況だ。

 もっとも、最近は成績を落とさない限りアルバイトには寛容になったらしく、夏休みの後も時々単発バイトを入れている。京都旅行もたくさん寺院を回ろうとしなければ大丈夫だろう。

「ぶっちゃけ誕生日プレゼント要らないから、そのお金を旅行に回してくれたらと思う。物より思い出」

「そう言ってもらえたら、絢音も気が楽になるだろうね。私はどっちもOKだけど」

「千紗都が普通にプレゼントくれたら、絢音が後ろめたくなるでしょ。もちろん、千紗都とナッちゃんからも不要だ」

「じゃあ、京都で何か奢る的な感じで」

 代案を提示すると、涼夏はうむと頷いた。

 改めてスマホで京都を検索する。京都と言われて真っ先に思い付くのは金閣寺と清水寺だが、いかにも修学旅行的だ。ちなみに、思いの外場所も遠かった。1日で両方回るのは難しい。

 そもそも京都にはどうやって行くのがいいのだろう。もちろん、新幹線なら一瞬で着くが、金額的にあり得ない選択だ。

「鈍行で2時間ちょっと。片道2500円くらいか」

 検索しながら表示された内容を口にすると、涼夏が「高速バスで1500円だな」とさらっと言った。去年LSパークに行った時も、最寄り駅までタクシーという移動手段を事もなげに提示してきたし、相変わらず選択肢が多い。

「ただ、JRだと途中下車できるから、例えば彦根で降りて、かのゆるキャラに会うとかしたら、行ったことのある県が1つ増えるな」

 涼夏がそう付け加えて、私は思わず頭を抱えた。

「涼夏の企画力が凄すぎて、太刀打ちできない」

「昨日京都についてちょっと調べてたアドバンテージがあるだけだ」

「謙遜! 旅の経験が違いすぎる!」

「経験はほとんど同じでしょ」

 呆れたようにそう言って、涼夏がストローをくわえた。

 具体的に行き先を決めようと言うと、涼夏が待ったをかけた。

「まず二人がOKか確認しよう。例えば、ナッちゃんが宗教的な理由で京都には行けないとかあるかもしれない」

 確かに、奈都のことだから、担当の恋敵が京都出身だから行けないとか、私たちには理解できない事情がある可能性がある。先にみんなの予定を確認しておいた方がいいだろう。

 絢音がお金のことを心配しなくてもいいように、涼夏への誕生日プレゼントに使うお金を旅費に回して、日帰り京都旅行に行く旨をグループに流した。もちろん、二人は今頃塾や部活で忙しいので、返事は夜になるだろう。

「プランは千紗都一人か、みんなで考えて。私は今回は、敢えて当日までまったく聞かず調べずで行こうと思う」

 そう言って、涼夏はアイスが溶けて白く濁ったクリームソーダをストローでかき混ぜた。せっかくだから一緒に考えたい気持ちはあるが、それだといつも通り涼夏がアイデアを出して、私はいいねと頷くだけになるだろう。

 今回は私たちで計画しよう。任せてと拳を握ると、涼夏は満足そうに頷いた。


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