第63話 スタンプ(4)
※(3)からそのまま繋がっています。
それならばと、ダメ元で奈都に、暇していたら合流するようメールしたら、終点に着くまでに「行く」と返事があった。スタンプを押しながら、最寄り駅で奈都と合流する。会って早々、奈都が苦笑いを浮かべた。
「なんか3人とも疲れた顔してる」
「ただひたすら、一駅で電車を降りてスタンプを押すという作業を、かれこれ20回以上繰り返した。虚無だ」
涼夏がぐったりした表情で答えた。開始からすでに8時間。しかももう昼ご飯を食べてから先、地上に一度も出ていない。そろそろ外の空気が吸いたいところだ。
「ナツは何してたの?」
絢音が聞くと、奈都は勉強とかと答えた。嘘っぽいが、家にいたのは確かだろう。
「一緒に来ればよかったのに」
不満を口にすると、奈都も不満げに唇を尖らせた。
「怒るために呼んだの?」
「私はただ、奈都ともこの苦しみを共有したかっただけ。愛だよ」
「苦しかったんだ」
呆れたように奈都が肩をすくめる。
合流してすぐ、次の駅で降りてスタンプを押し、それを2駅終えたところで奈都が乾いた笑いを浮かべた。
「2駅でこのスタンプラリーの虚無感は理解できた」
「イエローラインは5分間隔だからまだだいぶいい。10分間隔の紅葉通線からが本番」
涼夏が虚ろな瞳でそう説明すると、奈都は小さく身を震わせて、行かなくてよかったと胸を撫で下ろした。行ってきた人間に対して、随分と失礼な女だ。実に奈都っぽい。
3人とも疲れていたので、元気いっぱいの奈都の質問に答える形で喋っていたら、とうとう古沼の手前の駅までやってきた。これでイエローラインと紅葉通線のすべてのスタンプ帳が埋まった。トータル9時間。奈都と合流してからだけでも、もう1時間近く経っている。
「毎日通学で使ってるけど、こんなにも時間をかけてここまで来たのは初めて」
私たちが完成を喜んでいる隣で、奈都が能天気にそう言った。ここでこの感動を分かち合えないのが残念でならないが、自業自得だし、疎外感を覚えていないのなら良しとしよう。
まだ中間賞の引き換え時間内だったので、4人で恵坂まで戻った。私と涼夏は定期券の範囲なのでいつでもいいのだが、絢音は来るのにお金がかかる。せっかく一日乗車券があるのだから、今日済ませるに越したことはない。
サービスセンターに行くと、もちろん先着1万個のバッジはまだ残っていて、指先くらいの小さなバッジをもらった。ぶっちゃけ要らないのだが、いい記念にはなった。
疲れていたので、一応奈都も含めて4人で記念写真だけ撮って解散した。古沼方面に戻る絢音に手を振り、次の久間で涼夏と別れる。
奈都と二人になると、わざわざ来てくれた友人が小さく笑った。
「すごい企画だったね。1時間でもなかなかの疲労感」
「つまらなくはなかったよ。奈都もこういうの、やってくれたらいいのに」
「ちょっと反省するところではある。断ったのにチサが声をかけてくれたのは嬉しかったよ」
「意味わかんない。奈都は私には複雑すぎる」
中央駅を過ぎたら座れたので、大きく息を吐いて奈都の肩にもたれかかった。やり遂げた感はあるが、これで3分の1。しかもこれにバスでしか回れない施設が10以上ある。
もっとも、そっちはいわゆる目的地に楽しみのあるタイプのスタンプラリーなので、一つ一つのスタンプに達成感がありそうだ。
いずれにせよ、もうやることはないだろう。涼夏は乗り物が好きだが、これは少し違う気がする。
ただ、期間はまだまだあるし、今日の疲れが癒えたら、なんとなくスタンプ帳を埋めたくなるかもしれない。オンラインカフェ巡りをし始めた辺りからは面白かった。純粋な疲労は別にして。
「今日のはちょっと付き合いが悪かったなって思ったし、実際行ったらきっと楽しいし、そもそも私はチサと一緒にいたい割には断ってる自覚もあって、それでもチサが誘ってくれるのはすごく嬉しいし、涼夏とアヤにも申し訳ないっていうか、でも申し訳ないからっていう理由で参加するのはおかしいし……」
隣で奈都が先程の感情の説明をしてくれているが、疲れているので完全に左から右へ抜けていく。よくわからないが、反省しているのならそれでいいし、なんだかんだとこうして来てくれただけで満足だ。
いや、これで満足なのは奈都に対する期待値が低い現れかもしれない。私も私で奈都には思うところがたくさんあるが、呆れはしても嫌いになる類のものではないので、まあよしとしておこう。
スタンプラリーが帰宅部的な遊びということに異存はない。次はもう少し意味のある、例えば歴史的なスポットを回るやつとかだといいが、目が虚ろな涼夏も可愛かった。
みんなといられたらなんでも楽しめる。今日もいい一日だった。




