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第63話 スタンプ(1)

 私は通学にイエローラインを使っている。家の最寄り駅から学校のある上ノ水まで1本。途中に中央駅や繁華街のある恵坂、オフィス街の久間など、市内の主要な場所を貫く大動脈だ。昔は真っ黄色の車体だったそうだが、今はシルバーにイエローのラインの入った車体で運行されている。

 涼夏は青色の亀歩公園線を使い、久間で乗り換える。通学時間帯、中央駅から久間、恵坂までは電車が死ぬほど混むので、久間から乗る涼夏は大変だ。もっとも、女性専用車両しか使わないそうなので、接触系の犯罪行為に巻き込まれる心配はない。涼夏は可愛いので十分用心してほしい。

 絢音は赤色の紅葉通線を使い、上ノ水の一つ手前の古沼で乗り換えている。私たちがよく古沼まで歩いて帰る理由の一つだ。朝は座れたり座れなかったりらしいが、そもそもそんなに座ることにこだわっていないそうだ。私の場合、中央駅までに座れないと死んでしまうが、幸いにも始発駅に近いので毎日座れている。

 市内にはもう一つ、パープルラインと呼ばれる電車があって、市内をぐるっと循環している。Qの字になっていて、前に奈都と行った水族館のある港なんかにもこのパープルラインを使う。環状線になったのは比較的最近のことらしい。紅葉通線も終点が延びたそうだし、街はどんどん変わっている。

 この4つの電車が、私たちの街の地下鉄になる。そしてこの秋、この地下鉄がスタンプラリーをするという情報を涼夏がキャッチした。厳密に言えば私も駅の広告を見て知っていたが、まったく気にしていなかった。

「スタンプラリーとか、実に帰宅部向けの企画ではないか」

 涼夏が目を輝かせてそう言った。参加費は無料。スタンプ帳は各駅で無料配布されるとのことで、配布開始当日の朝、駅長室に寄ってもらってきた。

 絢音も忘れずもらってきて、学校で報告すると、涼夏がスタンプ帳を見つめながら、何やら悟りを開いた眼差しで言った。

「このスタンプラリー、虚無系だ」

「虚無系って?」

 楽しそうな響きだと、絢音が目を輝かせる。聡明な女だが、さすがに意味がわからないようだ。

 涼夏が眠そうな瞳で答えた。

「スタンプを押すことに、何の喜びも感じられないタイプのスタンプラリーだ」

 改めて内容を確認すると、スタンプの数は全部で100個。90個近くある地下鉄全駅にスタンプが設置されているらしい。他には市内の施設が10ちょっと。

 大動脈のイエローラインはそれなりに本数があるが、紅葉通線や亀歩公園線は10分に1本しかない。その電車を一駅乗っては降りてスタンプを押し、次の電車を待ってまた一駅乗って降りる。単純計算で、移動時間も含めたら5つのスタンプを集めるのに1時間かかる。しかも、スタンプを押すだけだ。

「普通、スタンプを押した場所にある景色とか建物とかを楽しむものだと思うけど、数が多すぎてそんな余裕はないし、地下鉄の駅一つ一つにそんな見所もないし、スタンプ自体を探す楽しみもない。これは本当にただスタンプを押すだけの企画だ」

 これを虚無と言わずして、何を虚無と言うのか。涼夏が絶望的な表情で首を振った。

 せっかく初日にスタンプ帳をゲットしたが、さすがにこれはお蔵入りの遊びになるだろうか。私としては、楽しそうではないがやっても構わない。元々涼夏と喋って過ごすだけの週末もあるので、それがスタンプを集めながらになっても大して変わらない。休日の一日乗車券は600円でカフェより安いし、電車で喋りながらスタンプを集めるのも悪くない。

 そう言うと、涼夏はそれもそうかと頷いて、「じゃあやるか」と疲れたように呟いた。言い出しっぺなのでもう少し元気を出して欲しいが、気持ちはわからないでもない。

「すごく楽しみだね!」

 絢音がにこにこしながら声を弾ませた。嘘ではなさそうだが、少なくともスタンプラリーを楽しみにしているわけではないだろう。もしそうなら、ちょっと頭がおかしいと思う。


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