第62話 文化の日(3)
※今回、話の切れ目ではないところで切っています。
改めて文化財について調べてみる。市のサイトでは、建造物、絵画、彫刻、工芸、無形文化財、記念物など、10個ほどのカテゴリーに分けられている。記念物とは古墳や樹のことだ。市内にもいくつかあったが、ここから歩いて行けるような場所にはなかった。
近くには先程調べた天神像の絵画の他に、江戸時代に建てられた茶室もあるが、こちらもいかにも入るのにお金が要るか、誰かに声をかける必要がありそうだ。涼夏は私ほど知らない人に話しかけるのが苦手ではないが、大仰な遊びにはしたくない。
「この茶室、最近移設してるな」
涼夏がスマホをスワイプしながら言った。記事を見ると10年ほど前に移設して、今は非公開になっているそうだ。涼夏の声には、移設されたのならまあいいや、つまり価値が下がったという響きがあった。
それについて聞いてみると、涼夏は普通に頷いた。
「そう感じるけど」
「難しい問題だね。例えば明治村にある建物は、当たり前だけどほとんど移設したものだね。全部かも」
絢音が明治時代の建物を集めたテーマパークを例に挙げてそう言った。確かに、あんな場所に一軒でも元々建っていたとは考え難い。
ただ、明治村と言えば近くに国宝犬山城があるが、あれを東京に移築しますと言われたら何か違う気がするから、涼夏の感覚も理解できる。
いつまでも喋っていても時間がもったいないので、ひとまずすぐ近くのお寺に行ってみることにした。四百年も前に建てられたお寺で、山門、太鼓楼、鐘楼の3つが文化財に指定されているが、観光寺ではないので拝観はできない。ただ、山門も文化財なら一応遊びの趣旨から外れることはないだろう。
場所は今いる公園から歩いて10分ほど。繁華街の真ん中にあり、ぶっちゃけ何度も前を通っている。
「見たことある」
到着するや否や涼夏が苦笑いを浮かべた。改めて見るといかにも古そうな門の横に、説明書きの看板があった。それによると、真宗大谷派の寺院らしい。そう言われても、真宗大谷派が何かわからない。
絢音に聞くと、「もちろん知ってる!」と元気に答えた後、スマホで調べ始めた。
「知らないじゃん」
「10秒前の私と今の私は、ほぼ同一とみなしていい。難しいことはわかんないけど、東本願寺だね」
「東本願寺かー」
「さっきのナツの『そうなんだ』と同じレベルの相槌だね。真宗大谷派は浄土真宗の宗派の一つで、浄土真宗は大乗仏教の宗派の一つ。大乗仏教は仏教の宗派の一つだって」
「キリンはキリン属の動物で、キリン属はキリン科の一つ、キリン科は何とか目の一つみたいな話をしてる?」
涼夏が実に的確な喩えをすると、絢音が満足そうに微笑んだ。私はキリンが何目なのか気になったが、大きな脱線なので出しかけたスマホを戻した。家に帰ってまだ覚えていたら調べよう。
記念に涼夏と二人で門のポーズの写真を撮って、次の文化財を見に行くことにした。次は、しばらく歩いたところにある、別のお寺の鐘楼である。こちらも300年近く前から存在する古いものらしい。
木造のものと違って金属製品は残りやすく感じるが、絢音によると古い鐘はあまり残っていないらしい。
「戦時中に金属が足りなくなって、たくさんの鐘が失われたんだって。廃城令の鐘版だね」
「文化とはつまり平和の上に成り立っている」
涼夏がしみじみと頷いた。実に文化的な会話だ。
やがて鐘楼のあるお寺に辿り着くと、確かに今にも朽ちそうな歴史を感じる古い建物だった。先程のお寺と違い、ここでは鐘楼だけが文化財に指定されているが、どうやら他の建物は空襲で焼失してしまったそうだ。実際、本堂は近代的だ。
梵鐘に刻まれた文字を読んだり、記念に涼夏と鐘のポーズで写真を撮ったりしてから、次の文化財を調べる。しかし、生憎もう、歩いて行ける範囲に、すぐに見れそうな文化財はなかった。
「天神像の絵、行ってみる?」
絢音が改めて室町時代に描かれたという絵の画像を開きながら言うと、涼夏が一覧を眺めながら首をひねった。
「これ、市の文化財じゃん? 国の文化財ってないの?」
「それだ! 涼夏天才!」
絢音が大喜びでそう言って、すぐに国の文化財を調べ始める。国指定文化財等のページから近隣の文化財を検索すると、2件ヒットした。しかも1件は予想もしないもので、3人で思わず感嘆の声を漏らした。
「観覧車だ」
昔はよくあったと言われる、デパートの屋上の観覧車が、建造物の有形文化財に指定されていたのだ。造られたのはもちろん昭和で、先ほどまでの室町時代や江戸時代と比べると随分と新しい。
登録には理由があって、同じタイプでは現存する最古の観覧車らしい。そんな貴重なものが、ここから歩いて20分か30分くらいの場所にあるとは驚きだ。厳密に言えば、最初に訪れたお寺からなら、徒歩5分だった。だいぶ離れてしまった。




