第60話 プレミアム(2)
※(1)からそのまま繋がっています。
浮かれた気持ちで授業を受けて、今日も何事もなく最後のチャイムが鳴った。絢音と一緒に掃除当番を終わらせて、3人で校舎を出る。いつも通り一つ先の古沼を目指して歩き始めると、絢音が口を開いた。
「遥か昔、華金って言葉があったみたい」
「何の略? 華やかな金曜日?」
「どうだろう。略語じゃない可能性も」
「いつの時代も金曜日はハッピーだな。ハッピーフライデー」
涼夏が頭が空っぽみたいな発言をして笑った。だいぶ浮かれている。
遥か昔とはいつくらいだろう。バブルとかディスコとかパラパラとか、そういう時代だろうか。私は踊ることにまったく興味がないから、ああいうものが流行る意味がわからないが、考えてみると今でもTikTokを開いたらみんな踊っているから、いつの時代も若者は踊るのが好きなのかもしれない。
「今度踊るか」
帰宅部の新しい遊びとしてそう提案すると、涼夏に「今度ね」と秒で流された。
「今、すごい雑に扱われた。心が切り裂かれた」
「いや、久しぶりの謎思考でついていけなかった。フライデーの話をしてたと思うけど」
涼夏が困惑気味にそう言うと、絢音も同意するように頷いた。わかり手の絢音をもってしても、理解が難しかったようだ。
一応思考の過程を説明したが、涼夏は興味がなさそうに「なるほど」と頷いてから、踊りとはまったく関係ないことを言った。
「フライデーっていうと、ブラックフライデーという言葉を聞いたことがある」
「大手通販サイトがやってるセールだね」
私が考え始めるより先に絢音が言った。相変わらず頭の回転が早い。
「年に1回だっけ?」
「なんか、頻繁にやってる印象だけど」
「調べてみたら、11月だけだね。たくさん売れて黒字になるんだって」
「いや、それ日本発祥じゃないでしょ。黒字とか赤字とか関係なさそう」
「確かに」
絢音が納得するように頷いたが、もちろん黒字や赤字という言葉自体が、海外発祥の可能性もある。言葉の由来を追求するのは帰宅部の基本ムーブだが、今は本題ではないからやめておこう。それよりもフライデーだ。
「フライデーっていうと、TGIフライデー」
「ハンバーガーの店?」
「それはTGIフライデーズ」
「Thank God, It's Fridayの略だね。どの国でも金曜日は嬉しいっていう、象徴的な言葉だと思う」
絢音が説明してくれた。TGIフライデーズは、もちろんそこから付けた店名だと思うが、順番が逆という説もある。
「他に何とかフライデーってない?」
涼夏がそう聞いたが、生憎何も思い付かなかった。
絢音も首を振ったので、少しスマホで検索してみると、グリーンフライデーというのがヒットした。
「ブラックフライデーに対抗する、サステイナブルなムーブメントだって」
「最近、サステイナブルブームだな。私たちも持続可能な友情を目指そう!」
「あと、レッドフライデーっていうのもあるみたい。軍人さんに敬意を表して赤い服を身に着けるんだって」
何やら元気な涼夏を無視してそう言うと、涼夏が「無視しないで」と情けない声を出した。可愛い。
私たちも結波フライデーを作ろうと話していたら、古沼に到着した。プレミアムな塾に向かう絢音に手を振って、私たちは恵坂に移動することにした。




