第59話 涼夏 3
2年生の2学期の中間試験は、涼夏がちょっと本気を出すと宣言したこともあり、絢音が「テスト問題を作る遊び」を考案した。
これは各自、テスト範囲内で自分でテストを作ってみるという遊びで、作るフェーズと他の二人が作ったテストを解くフェーズに分かれる。中には3人がまったく同じ問題を作っていたりしてウケたし、同じ問題を作っておいて答えがわからない問題もあってさらにウケた。
そんなこんなで迎えたテスト当日は確かな手応えがあり、涼夏とオープンキャンパスに行った数日後、答案用紙が返ってきたが、実際に点数も良かった。
私は総合34位。自己ベスト更新とはいかなかったが、去年は文化祭の後51位という順位だったことを考えるとだいぶ良かった。
絢音は学年3位という、輝かしい成績を残した。「テストを作る遊び」の成果というよりは、運が良かっただけだと絢音は笑った。確かに、トップ2は天上として、3位から7位までは、得意な問題が出たかどうかみたいな世界で戦っている。
そして涼夏だが、学年67位と一気に順位を上げた上、英語に至っては私より点数が良かった。元々やる気がなかっただけで、やれば出来る子なのだ。
人柄的にカンニングは疑われなかったが、担任に何があったのかと驚かれていた。
「ちょっと大学進学を考え出しただけです。四六時中、学年3位と一緒にいるから、やる気を出せばこんなもんです」
涼夏は澄ました顔でそう説明していた。それは嘘ではなく、その後気を良くした担任によって、臨時の進路相談も開かれ、私と一緒にオープンキャンパスに行った話もして、推薦枠についての説明を受けた。
この時、私も暇だったので一緒にいたのだが、「それで、野阪は?」と希望を聞かれ、「これからです」と答えておいた。何故かひどくがっかりされた。涼夏のやる気の上昇に伴って私も考え始めたところなので、焦らずに見てもらえたらと思う。
なお涼夏の成績だが、過去最高にしてこれで頭打ちだと言っていた。志望校の受験に必要な科目は限られており、基本的にはその対策と、必要な程度の内申点を得る以上に勉強する気はないらしい。行きたい学部が決まっているからこそ可能な選択だ。絢音みたいに、そもそも勉強が好きだという人種ではない私は、そろそろ涼夏のように、必要なものと不要なものを切り分けていった方がいい気がする。
全員の成績が出揃ってから数日後、奈都がゆっくり話したいと言って、夜にパジャマを持って遊びに来た。
何故かいきなり抱き締められ、5分くらいキスされたので、話したいというのは口実で、単にイチャイチャしたかっただけかと思ったら、奈都は満足したように私の体を離して口を開いた。
「こないだうちに来てからの一連の話をしようと思ってね」
「普通に話し始めたね」
ちょっとエッチなことをしておいて、何事もなかったように話し始めるのは私がよくやる手口だが、自分がやられるとむず痒い。
奈都はベッドの端に座って足をぶらぶらさせた。
「涼夏が67位だったでしょ? 私も勉強したけど、やっぱり半分以下だった」
「私は奈都のポテンシャルが涼夏以下だとは思ってないよ。でも、奈都は絢音の『テスト問題を作る遊び』に参加しなかったでしょ?」
「それは、まあ、うん」
奈都が言葉を濁す。絢音があの遊びを提案した時、もちろん奈都にも声をかけたが、大変そうだと言って断った。涼夏はそれに参加した。成績の差はその実績と意識によるものだと思う。
「効率の悪い方法で3時間勉強するより、効率のいい方法で1時間勉強する方が効果があるから。入学してからずっと6位以内をキープしてる友達が、せっかく勉強方法を考えてくれたんだから、全力でそれに乗るべきでしょ」
実際、自分で問題を作るには内容を理解する必要があったし、どこが大切かを自分なりに考えたり、テスト範囲を何度も読み返すなど、高い効果があった。しかも、二人の作ったテストをやって、それが模擬試験のような役割を果たした。
「涼夏は有名女子大の推薦枠を勝ち取るために、もっと成績を伸ばすかもしれない。こないだ先生と話して、親の説得に三者面談で先生を使うことも考えてた。定期的にイマジナリーベイベーを宿す変な子だけど、怖いくらい現実的に将来のことを考えてるよ」
私がこないだの臨時進路相談の話をすると、奈都はわかってると頷いた。
「朝も話してるけど、涼夏を見てて私たちはこのままでいいのかっていう相談だよ。ぶっちゃけ、何も進路の希望がない」
「私もない。どうせ何もないなら、就職に有利とか、給料がいいっていう観点だけで理工系に進んでもいいかなって思ってるけど、奈都は現実的じゃないでしょ?」
「そもそも、学年34位のチサが、私と同じ大学に進もうとしてるのが現実的じゃない」
「それは、そう思うなら涼夏みたいに勉強して。奈都は面倒くさいことを避ける傾向が強すぎる」
はっきりそう告げると、奈都は頭を抱えて首を振った。
「怒られた」
「気持ちはわかるよ? 私だって、ずっと高校生のままで遊んでいたいけど、やっぱりそうもいかないから、涼夏みたいに前に進まなくちゃいけない」
「アヤはなんて?」
「あの子はたぶん国公立に行って、有名な企業に入るか、公務員にでもなるでしょ。個人的にはミュージシャンの絢音も見たいけど。涼夏の相談の後も、私たちほど感化されてないね」
絢音が何も決めていないのに焦りがないのは、受けの広さが半端じゃないからだ。学年3位、女子では1位である。特殊な職業ではない限り、なりたいものになれる。それに、漠然とは将来を思い描いているように感じる。
「一つ安心して欲しいのは、順位は違うけど、未来予想図的には、私は限りなく奈都の側にいるってことだね」
「それは安心していいかは怪しいけど、チサと同じなのは嬉しいよ」
奈都が切ないため息をつく。
せっかくなのでタブレットを起動して、近隣の大学の公式の紹介動画やキャンパスツアー、オープンキャンパスや学園祭の動画、他の大学との比較動画やインタビュー動画などを1時間ほど見てみた。
それだけで、だいぶ知識が深まったし、具体的にここはいいとか、なんとなく序列も出来た。
「結局、こうして1時間一緒に動画を見ただけで、だいぶイメージが掴めたから、目的を持ってこれを繰り返せば、進路も固定されてくると思うよ。やりたいことはともかく」
せっかくなので勢いでオープンキャンパスも申し込んでみた。いつもは涼夏と絢音と一緒に遊んでいるが、受験と進学は奈都と二人で頑張らなくてはいけない。ユナ高に入った時にもしたことだ。
もっとも、高校受験の時は奈都の方が死に物狂いで勉強してユナ高に合格したので、大学でも少し追い込んだ方がいいかも知れない。私の方が奈都に合わせると宣言し過ぎたせいで、どこか安心しているようにも見える。
ただ、果たして中学の時ほど私と一緒にいたい想いが強いのか、いまいち判別がつかない。突き放して別々の大学になってしまうのは、私の望むところではない。
明日は休みなので、さらに1時間、今度はそれぞれの学部が何を学ぶのかという動画も見てみた。例えば私たちは、経営学部と経済学部がどう違うのか、漠然としかわかっていない。なんとなく文学部と言っているのも、正直に言えば「特にやりたいことがない人が行く学部」というイメージだけで言っている。
色々見た結果、絞り込むどころかむしろ広がってしまったが、地域政策学部みたいなのも面白そうという発見があった。地域の自然環境とかまちづくりとか心惹かれるものがあるが、どんなところに就職するのかはさっぱりイメージできない。
いい時間になったので、タブレットを落としてベッドに潜り込んだ。
真っ暗闇の中でしばらく吐息を絡ませてから、ぐったりと体を横たえる。
「私は、ずっとチサといたい」
奈都が熱っぽい息でそう言った。ずっとと言っても、奈都は帰宅部のシェアハウス計画には乗ってきていない。だからこそ、大学は絶対に同じでなくてはいけない。
「勉強して。中間テストが終わったばっかりだけど、これだけは個人個人で頑張るしかない。絢音も使って。せっかくあんなに頭のいい子が友達にいて、使わない手はない」
幸いにも絢音もそれを楽しんでくれているし、日頃から奢ってもらっている分、自分に出来ることで返そうという意識もある。
前に進もう。涼夏を一人だけ先に行かせるわけにはいかない。
あの涼夏の相談から数週間で、私たちの意識は大きく変わった。今日もたった2時間動画を見ただけで、たくさんの知識を得た。本当に大切なのは、2時間で得たこと自体ではなく、知ろうという気持ちになったことだ。
もちろん、ずっと気を張って生きるのは疲れるし、いきなり大人になるつもりもない。涼夏も今日はハンドスピナーを回して遊んでいたし、まだまだ子供心を失ってはいない。
高校生活を楽しもう。部活も勉強も進路の中身も、すべてはその中にある。




