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第59話 涼夏 1(2)

※(1)からそのまま繋がっています。

「四大だと全額出してもらえないのは決定なの? 涼夏の心情的な問題?」

 奈都が同情的な眼差しで尋ねる。涼夏はわからんと首を振った。

「私がしっかり調べて、四大のメリットをプレゼンして、理解が得られれば承認されるかも知れん」

「奨学金は、思ったほどの給料がもらえなかったとか、世界恐慌で就職できなかったとか、諸事情で働けなくなったとか色々聞くから、借りないに越したことはないと思って」

 奈都が若干言いづらそうにそう告げた。奨学金をもらわなくても大学に行ける環境にある人間が、お金の問題が一番大きい相手にそれを伝えるのは反感を抱かせる危険もあるが、奈都が涼夏を心配して言っているのは明白だし、涼夏も特に気にした様子もなく頷いた。

「交渉と説得で百万単位のお金が変わるなら、頑張るつもりでいる。そのための今日だ」

「つまり、涼夏の中では四大だけど、何かもう少し材料が欲しいってことだね?」

 絢音が今日の趣旨をそうまとめると、涼夏は意外にもそれを否定した。

「4年も勉強して難しい試験に挑戦するほどのモチベーションがあるかって言われると、そうでもない。それに、管理栄養士って文字通り管理だから、私がしたい仕事とはちょっと違う。でも、そういう仕事の方が給料がいいのも確かだ」

 ちなみに管理栄養士の就職先を聞くと、涼夏はそれも調べていたようで、すぐさま一番は病院だと答えた。

「管理栄養士だと、食品メーカーとかに就職するとかも多そう。ただの栄養士だと、病院の次が児童とか福祉とか。私はそっち系には興味がない」

「じゃあ、ベストは四大に行って管理栄養士の資格を取って、食品メーカーに就職することかな」

 奈都がそう言うと、涼夏は曖昧に頷いた。

「現実的には。ただ、食品開発がしたいかって言われるとそうでもなくて、給食関連とか宅配弁当とか、実際に食事を作る方が興味あるけど、給料が安い」

「いっそお店を開くとか。カフェ涼夏がいよいよ現実味を帯びる」

 それは私が一番涼夏になって欲しいものではあるが、カフェのいいところだけを見て話している。もちろん、経営的な観点からすると、それが成功する確率は極めて低いだろう。

「絢音が公務員とか、千紗都がシステムエンジニアとかになって、私は道楽でカフェをやりながら、二人のために食事と洗濯をするだけで良ければそれもありだな」

 ちなみに、カフェを開くには食品衛生責任者の資格が必要らしい。夢物語のような口調で言いつつ、一応カフェを開く方法や現実を調べているようだ。

「やりたいことが明確にあるっていうのは、逆に難しいんだなぁ」

 奈都が感心するように呟いた。私など、奈都以上にぼんやりと生きている。将来のことなど、そこそこの大学に入って、それなりに名前の知っている企業に応募して、何をするかは知らないがOLをやるのだろうなぁと、その程度しか考えていない。だから、大して悩みもない。

 一応奈都に乗っかってそう言うと、絢音も苦笑いを浮かべて頷いた。

「私も選択肢を広くする行動をしてるだけで、何も絞り込んでないよ。そういう意味だと、四大は短大や専門の上位互換だから、現実的な諸問題がクリアできたら、四大に行った方が選択の幅は広がるね。それはすごく、結論を先送りにしてるだけの西畑式な考え方だけど」

「まあ、それが一般的でしょ。ちなみに3人とも、すごく気を遣って喋って見えるけど、もっとテキトーでいいぞ?」

 涼夏が呆れたようにそう言った。

 もちろん、対等な友達だとは思っているが、こうも本気で将来のことを考えている相手に、何も考えていない私たちが思い付きのようなアドバイスをしていいのか、甚だ疑問である。

 涼夏が私を見てパチッと指を鳴らしたので、私がじっと見つめていると、涼夏が困ったように口を開いた。

「タブレット出して」

「ああ、そういう流れ?」

 慌ててバッグから頼まれていたタブレットを取り出すと、やり取りが面白かったのか絢音がくすっと笑った。

 前にも奈都の部屋で使っているので、無線のパスワードは記憶されている。涼夏が動画サイトを開いて、みんなに見えるように置いた。

 管理栄養士で検索すると、栄養に関するタイトルが並んだ。時々管理栄養士の一日とか、管理栄養士のお仕事みたいな動画もあって、涼夏がいくつか再生すると、ゼロ知識だった私たちも管理栄養士についての理解がかなり深まった。

「つまり、病院とか施設で、栄養のバランスを考えてメニューを作って、調理する仕事だね?」

 絢音が簡潔にまとめると、今度は涼夏もうむと頷いた。

「改めて見ると、思ったより自分で調理するし、育児とか介護的な関わりは少なそうだな。ただ、給料は安い。学生時代にもっと勉強して、いい企業に入れば良かったっていうコメントもちらほらあるな」

「たくさん勉強して、いい大学に入って、いい企業に入れば給料もいいっていうのは、すごく常識的な着地だね」

「まったくだ。ただ、実感が伴っている」

「説得力が違うね」

 涼夏と絢音が感想を述べる。奈都が「難しい言葉で喋る人たちだ」と少し外れたことを言った。確かに「実感が伴っている」とか、日常会話で口にした記憶がない。

 検索ボックスに「企業」を追加すると、先程話していた食品メーカーでの仕事が何件かヒットした。見ると、商品開発だけでなく、商品を使ったレシピの作成や、栄養的な観点からのクライアント先への売り込みなどもしているらしい。

「ちなみにこれは管理栄養士の話だけで、これにまだ調理師だとどうとか、色んな切り口がある。ホテルのレストランで働いてた人の動画とか見ると、すごい長時間労働で大変そうだった」

「それは、やりがい搾取的な?」

「一概には言えないけど、料理とか音楽とか保育とか、好きでやってる仕事の方が給料が安い傾向があるようには感じるな。毎日定時まで伝票の数字をパソコンに入力するだけの仕事の方が、つまらないけどたくさんもらえる可能性は高い」

 涼夏がやれやれと首を振る。テーマパークのキャストの給料が安いとか、学校の先生は残業手当がつかないとか、いわゆるそういう話だろう。小学校の先生など、今最も就いてはいけない仕事だと思うが、それでも希望する学生は多い。やりがいは給料と同等に大切か、時にそれを凌駕するものだ。

「今のところ、就職先っていう観点だけで、大学や専門学校を通過点としてしか見てない。でも、今高校生活がすごく充実してるみたいに、学校生活そのものももちろん充実させたいとは思ってる」

 涼夏が再び学校の話に戻す。極端な話、同じ偏差値で同じ名前の学部がある学校が3つあったら、どこを選ぶかは校風やアクセス、校舎や設備で決めることになるだろう。

「四大で管理栄養士を目指す。親は説得する。そのためにより具体的に大学について知る。授業内容とか就職先とか。それが一番簡単に出来る方法は?」

 涼夏がそう言いながら、子供を試す親のようにニッと笑った。

「オープンキャンパスじゃない?」

 私がそう言うと、涼夏はまるでこれまでの会話のすべてがその前振りだったかのように、満足そうに頷いた。

「そろそろ帰宅部の遊びに、オーキャンを取り入れる時期が来た」

 それが、高校生活後半戦のスタートに、涼夏の提案した企画だった。


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