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第59話 涼夏 1(1)

※今回、話の切れ目ではないところで切っています。

 高校生活3年間、36ヶ月の丁度半分は2年生の9月の終わりで、ユナ高では文化祭が行われる時期がそれに当たる。

 少し前の話になるが、文化祭が終わり、2学期の中間試験の範囲が発表されて気持ちが一気に現実に引き戻された頃、涼夏が軽いタッチでこう言った。

「二人に少し相談したいことがある」

「珍しいね。前回より深刻?」

 私が少々身構えながらそう聞くと、涼夏は「前回?」と首を傾げてから、思い出したように手を打った。

「妹の恋愛の話か。あれは別に私の話ではない。でも、深刻度で言ったらどうだろう」

 どうだろうと言われても、内容がわからないので判断できない。絢音が微笑みながら「どんな話?」と続きを促すと、涼夏はもう少し時間のある時に話すと言った。

 気になり過ぎるので、ジャンルだけでも教えて欲しいと頼んだら、進路のことだそうだ。

「相談っていうか報告っていうか、私の中では大体答えが出てるんだけど、広く意見を求めたい」

 始終笑顔だったので、確かに深刻な話ではなさそうだ。もっとも、進路のこととなると、この先の人生にかかわる。気を引き締めねばなるまい。

 絢音はうっとりと目を細めながら、「涼夏に相談されるの嬉しい」と言っていた。確かに、友達が頼ってくれるのは嬉しいことだ。

 その週は平日、涼夏も絢音も空いている日がなかったので、週末に少し時間を取って話すことになった。珍しく奈都が空いていた上、家に誰もいないとのことで、部屋を提供してくれることになった。

「ナッちゃんの部屋か。行く機会はないと思ってたから貴重だな」

 涼夏が何かお菓子を作っていくと張り切っていた。

 奈都は4人家族で、兄はすでに家を出ているので両親と3人で暮らしている。私は高校に入ってからも何度か遊びに行っているが、涼夏と絢音は初めてだ。

 休みの日に最寄り駅で集合して、二人を奈都の家に連れて行く。部屋に4人は窮屈だったので、リビングのテーブルにつくと、涼夏が焼いてきたクッキーを広げて、奈都が紅茶を淹れてくれた。

「それで、進路の話?」

 雑談を始めると長くなりそうだったので、単刀直入に切り出すと、涼夏がうむと頷いた。

「一応食品関係で働きたいっていう気持ちは昔から漠然とあって、色々な事情から調理系の専門学校に行くつもりでいた」

「前回までのあらすじだね」

 絢音が色っぽく微笑む。涼夏が専門学校に進む前提で、あまり成績を重視していないのはすでに知っている。逆に言えば、涼夏は大して勉強せずに、大学に進むつもりでいる奈都と同じくらいの成績を維持している。

 もっとも、二人とも半分より下なので褒められた成績ではないが、ユナ高の普通科がそもそも偏差値50以上なので、ある程度高いレベルでの下の方ということになる。奈都も決してバカではない。

「色々な事情っていうのは、お金の問題とか、私の勉強に対する熱意とか、そもそも選択肢を知らなかったとかだけど、ちゃんと調べてみたらそういう大学があることを知った」

「健康科学部とか、そういうの?」

「そうそう。管理栄養士を目指しましょうっていう学科だな」

 涼夏の説明によると、管理栄養士というのは国家資格の一つで、ただの栄養士よりワンランク難しいものになる。栄養士養成課程のある学校を卒業すれば取得できる栄養士の資格と違い、試験に合格する必要があり、難易度もそこそこ高いが、その分需要があって初任給も高いそうだ。

「今のところ、別に管理栄養士になりたいっていうわけじゃないんだけど、調理師専門学校の学費が2年で大体230万で、食物栄養学科のある県内の短大よりむしろ高い金額になってる」

「専門行くなら短大の方がいいってことかな」

「四大は?」

 絢音と奈都の声がかぶる。涼夏がクッキーを頬張りながら片手を広げた。

「全部は調べてないけど、大体500万だ。ただ、4年あるから単純に2倍くらいかかるだけとも言える」

「それは的確な分析だね」

 絢音がくすっと笑う。確かに1年間にかかるお金はあまり変わらないとは言え、トータルでたくさんかかるという事実に変わりはない。

 それにしても、学費のことなど考えたことがなかったが、随分かかるものだ。私も奈都同様、特に意識せずに四大に行って、親に出してもらうつもりでいたし、親もそのつもりでいるが、有り難い話である。

 前になんとか給付金で国から10万円もらい、それを親に持って行かれて絢音と二人で泣いていたが、私たちにかけてもらっているお金を考えたら妥当な気もしてきた。

 あの時も涼夏は怖いほど冷静だったが、日頃から自分にかかっているお金を意識しながら生きているのだろう。

「栄養士と管理栄養士で、もらえる給料が30万とか50万とか違うらしい。親は私に250万は出す気でいるから、残りは自分で払うとしても、5年から8年でペイできる計算になる」

 お金の話に始終するつもりはないけどと、涼夏が付け加えた。もちろん職業の選択の幅が広がるとか、他にも色々メリットはあるが、お金の問題が一番現実的なので、そこを無視することは出来ない。

 どこに行きたいとか何がしたいとか、通学時間はどれくらいかかるとか、学校の雰囲気はどうかとか、そういうことでしか大学を考えていない私や奈都とは大違いだ。もっと言えば、私も奈都もそもそもまだ大学のことなど、遠い未来のこととしか思っていない。今日の話は、私たちにもそろそろ将来のことを考え始めろと突き付けられているかのようだ。


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