第58話 対決 2
Prime Yellowsのメンバー+私の5人で議論を重ねた結果、帰宅部対抗何とか大会はTSAで行うという、実に無難なところに着地した。
TSAとはトライ・スポーツ・アミューズメントの略で、様々なスポーツで遊べる施設である。もちろん、本格的な道具や設備があるわけではないが、バッティングにピッチング、テニスにバドミントン、バスケにフットサルなど、様々なスポーツを楽しむことができる。
店舗にもよるが、スポーツ以外にもカラオケ、ダーツ、ビリヤードといった定番の遊びもあり、若者なら誰もが一度は行ったことのある、超有名なスポットだ。ちなみに、私は若者だが行ったことがない。
その場にいた絢音はもちろん、涼夏も私の報告を聞いて「久しぶりだな」と言っていた。ここまで無難な場所に、何故帰宅部を結成してから1年半、一度も行ったことがないかというと、1つは微妙に高いからである。学割でも1日2千円もするので、お小遣いが5千円の絢音には高額な遊びだ。
場所が遠いのもある。施設の特性上、どうしても広いスペースを必要とするので、繁華街よりも郊外にあることが多い。そうなると、当然交通費もかかってくるので、さらに懐が圧迫される。
そして、涼夏がそれほどスポーツが好きではないこと。トラスポはスポーツというよりは遊びの延長だが、敢えて遊びの候補に挙げることはなかった。結局、涼夏は行ったことがあったし、今回も実に前向きなので、余計な心配だったのかも知れない。
奈都はどうだろうか。中学の時同様、今も他の友達と遊んだ内容をほとんど自分からは話さないが、いかにも行ったことがありそうだ。そう思って聞いてみると、意外にも奈都は機会がなかったと言った。
「行きたいと思ってたんだよね」
「奈都、経験豊富そうなのに」
「それ、響きが嫌。それで、いつ行くの?」
まだ帰宅部対抗何とか大会の話を切り出したわけではなかったが、私がTSAの話をし始めた時点で、行くという予想はついたようだ。
「今度、プライエメンバーと涼夏と私で、帰宅部対抗トラスポ大会的なことをするから、終わったら感想を話すね」
「いや、誘ってよ!」
「帰宅部限定だから」
「ナミは手芸部でしょ?」
さすが元クラスメイトだ。詳しい。そこを突かれると弱いので、仕方なくため息をついた。
「じゃあ、奈都も参加ってことで」
「嫌々ならいいけど」
「そんなわけないでしょ」
叱るようにそう言うと、奈都は納得がいかないように唇を尖らせた。難しい子だ。
これで7人になった。実に中途半端な数なので、後からサックスの涌田さんも呼ぶかと発起人に提案すると、豊山さんはこれ以上人数が増えるのは大変だと首を横に振った。
「まあ、3対3で絢音は審判だね。得点記録係」
「出たいから。元1組のナツも私と同じ共通メンバーみたいなものだから、私とナツで中立勢力を形成する」
絢音が名案だと手を打った。中立勢力はなかなかカッコイイ響きだ。厨二病を患っている奈都も喜ぶだろう。
そうなると、私は涼夏と組むことになる。いかにも弱そうなチームだ。
「ペア戦なら、私はさぎりと組めって、天がそう言ってるから、莉絵が得点記録係ね」
一緒にいた戸和さんが迷いのない眼差しでそう言って、豊山さんは冷静に手を振った。
「発案者が出ないのはおかしいから」
「じゃあ、私とナツのペアと、千紗都と涼夏のペアの4人で遊ぶから、みんなとはまた今度」
「それじゃあ、いつも通りでしょ!」
絢音の冗談に豊山さんがわかりやすい反応をして、思わず笑った。ここも私と奈都のように5年の付き合いだが、ずっと一緒にバンドをやっているだけあって息がピッタリだ。私と奈都は、一体何年付き合えばわかり合えるのだろう。
ひとまず対戦は4対3もしくは2対2対3でやるとして、後は日にちだ。こういうのは勢いが大事なので、すぐにでもやりたかったが、すべての土日が空いているような暇人は私だけだった。
涼夏のバイトと絢音の模試、奈都の部活、戸和さんの外せない用事と、バンドのスタジオ練習日を除いたら、2週間後の土曜日になった。その日も奈都は遊ぶ予定が入っていたが、さすがに無理を言って予定をずらしてもらった。
それにしても、まだ3週間もある。モチベーションの維持が大変だと唸ると、涼夏が陽気に笑った。
「だいぶ先の予定は一旦忘れることだな。私はその日までのすべての日を無駄にするつもりはない」
帰宅部の鑑のような発言である。実際、指折り数えて待つのはもったいないし、無為に過ごすには惜しい季節だ。涼夏の誕生日の企画もしたい。
特に練習が必要でもなければ、細かいルールを決めるほどの企画でもないし、どの遊びが空いているかは当日行ってみないとわからない。よって、各自漠然とやりたいゲームを考えておくことにして、気負わずに当日を待つことにした。
そんなわけで、帰宅部対抗トラスポ大会当日は、見事な秋晴れだった。TSAはもちろん屋内の施設なので、こんなに晴れなくても良かったのにと、恨めしく空を見上げると、絢音が穏やかに言った。
「ピクニックに変更しようか」
「ないから! 私は体中の全細胞をトラスポ用に仕上げてきたから!」
豊山さんが大袈裟にそう言って、私たちは思わず無言で見つめた。奈都だけが「やるなぁ」と唸り声を上げたので、何か通じ合うものがあったのだろう。言った本人も大袈裟すぎたと、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「チーム分けどうする? 負けたチームが勝ったチームにアイスね」
涼夏が明るく笑う。何かする時、いつもアイスを賭けるが、たまには違うものでもいいと思う。
「アメリカンドッグを賭ける」
「微妙だ。コンビニで200円までとかでもいいな」
「じゃあそれで」
主催者の豊山さんが締めてくれて、奈都が軽く手を挙げて私の隣に立った。
「私、チサと同じチームね」
「いや、部活も違うし、クラスも違うし、共通点がないでしょ」
私が遠ざかるように一歩移動すると、奈都がわかりやすく声を上げた。
「魂の色が同じだから!」
一体どこまで冗談だろう。絶対に違う色をしていると思うが、突っ込むのはやめておいた。
「中学が同じってことなら、私が莉絵と同じチームだね。昔は友達だった」
「まるで今は違うようだ」
豊山さんが半眼になる。戸和さんは相変わらず牧島さんにくっついているので、涼夏が無念だと首を振った。
「チーム分けであぶれたの、人生で初めてかも知れない。貴重な体験だ」
涼夏くらいのカリスマになると、逆にペアを組みにくいのではないかと思うが、そんなことはないようだ。実際、去年も今年も、クラスでペアを組む時、私は他に友達の少ない者同士、絢音と組むことが多いが、涼夏は普通に他の友達を捕まえている。
奈都と組むと勝率は上がりそうだったが、しっくり来る2対2対3が出来なかったので、最初に話していたチームで戦うことになった。
「どう考えても弱そうなチームだ」
涼夏が私と腕を組みながら深く頷く。私もまったく同じ感想だが、手芸部の戸和さんよりは動けそうな気もする。ほとんど一緒に遊んだことがないので未知数だ。
楽しい一日になりそうである。




