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第52話 怪談(1)

※今回、話の切れ目ではないところで切っています。

 夏と言えば怪談だと、涼夏が突然そう言い出したのが3日前。お化け屋敷やジェットコースターと同じで、わざわざ自分から怖い思いをしなくてもいいと思うのだが、奈都がそれは面白そうだと乗ったことで、帰宅部で怪談イベントを行うことになってしまった。

 私と同じく、比較的何にでも興味を示す絢音も、あまり気が乗らない反応をしていたが、夏の思い出を増やしたいという涼夏の思いは理解できる。怪談と言っても、各自何か一つ自分で考えて語るだけなので、そんなに怖いものにはならないだろう。少なくとも私は何も思い付かない。

 お化け屋敷が怖いのは、視覚的な情報があるからだ。語りだけで怖がらせることなど、私たちに出来るはずがない。せいぜいみんなの考えるチープな怪談を楽しむことにしようと、夏休みも残り一週間を切ったある日の夕方、涼夏の家に集まった。今日は母親は出張でおらず、妹はいるが部屋に閉じ込めておくそうだ。

 夕方からなのは、暗くなってからの方が雰囲気が出るのもあるが、涼夏がバイトだったからだ。奈都もバイトだったので、みんなで合流してから、夕方まで何をしていたかと雑談を交わす。絢音はギターの練習をしていたそうだ。この子のギターが上手なのは、もちろん小さい頃からギターを触っていたのもあるが、そもそも練習量が多い。

「練習っていうか、遊んでただけだけどね」

 絢音が屈託のない笑顔でそう言った。

「アヤは勉強もギターの練習も、何でも楽しんでやってるよね。偉いよね」

「ナツもバトンは楽しくやってるでしょ?」

「回してる瞬間は。でも、出来なくてもどかしい思いをすることも多いよ。ロールとか全然出来ないし」

 奈都が無念そうにため息をついた。ロールとはバトンを体の上で転がす技の総称で、エンジェルロールとかフィッシュテールなど様々な技がある。地味な割に難しいので、素人の多いユナ高バトン部では、演技にもあまり取り入れていないそうだ。

 私は家でグダグダしていただけなので、スポーツセンターで3キロくらい泳いできたことにした。一応最後に「嘘だけど」と付け加えたが、奈都には感心され、絢音はくんくんと鼻を鳴らしながら、「プールの匂いがする」と微笑んだ。家でごろごろしていただけでプールの匂いがしたら、それこそホラーだ。

 涼夏が先にご飯にしようと言って、顔を洗うのと同じくらい自然な動作で台所に立った。バイトの後だと言うのに、本当に立派だ。涙を流して感動していると、涼夏は「キミたちのためにご飯を作るのは、楽しいことの一つだな。今のところ」と自慢げに言った。今のところというのは、イベント感がある内はいいが、一緒に暮らして、それが日常になったらそうではなくなるという意味だろう。

 何か手伝えることはないか聞いたら、妹と遊んでいてと言われたので、リビングでボードゲームを広げた。最近涼夏が中古のセールで買った『チケット・トゥ・ライド』だ。カードと地名を睨めっこしていたら、妹に「最近人生はどうか」と問われた。

「難しい質問だね」

 奈都が山からカードを引きながら苦笑いを浮かべた。「おお虹だ。また虹だ」と驚いたように声を弾ませたが、さすがに嘘だろう。

「受験シーズンって、やりたいことが出来なくて人生について考えちゃうよね」

 妹が深いため息をつくが、生憎というか幸いにも私は勉強しかやることがなかったし、他にしたいこともなかったので何も苦ではなかった。そう言うと、隣で奈都も大きく頷いた。

「私も、勉強してるとチサと一緒にいられて良かったね」

「私は勉強大好きだから」

 みんなで顔を見合わせると、妹は信じられないと首を振った。

「絶対に私の方が多数派なのに、何この異端感」

「ユナ高に来るの?」

「お姉ちゃんには反対されてる。それに、もうちょっと吹部が弱いとこ行って、楽器を続けるのもいいかなって」

 妹氏は姉氏と違って部活に入っている。いや、涼夏も中学時代は料理部を頑張っていたので、その言い方は語弊があるかもしれない。

 ユナ高の吹部は強豪で、休みの日でも部活があるし、人数も多くてコンクールメンバーに選ばれるのも難しい。緩く音楽を楽しみたいなら、ユナ高は不向きだろう。

 恋多き妹のことだから高校では部活に入らず、恋愛活動に勤しむかと思ったが、そうでもないのだろうか。少し気になったが、また恋愛トークが始まるのはノーサンキューだったので聞かずにおいた。

 ゲームの方は最後に行き先チケットが達成できずに沈み、奈都が最長路線ボーナスを獲って妹に逆転勝ちを収めた。丁度涼夏がご飯が出来たというので、二手に分かれてゲームの片付けと食卓の準備をする。今日は冷しゃぶと海鮮焼きそばだ。

「美味しそう。お姉ちゃん、好き」

 私がうっとりと目を細めると、「そなたの姉ではない」と冷静に退けられた。あまりにも悲しい。

「今日は4人で何するの? 私も交ぜてよ」

 何をするのか聞かされてないようで、妹が焼きそばを頬張りながら言った。知らない顔ではないメンバーが何やら女子会を開くというなら、入りたいと思うのは自然なことだ。現に今、一緒にゲームをして遊んでいたし、私たちも妹が苦手なわけではない。

 ただ、内輪ノリのチープな怪談を聞かせるのはさすがに恥ずかしい。涼夏が「大人しく勉強をしていなさい」と諭すと、妹は残念そうにため息をついた。随分と素直だ。

 後片付けも、作ったのは自分だし、遊んでもらったのだからと、涼夏が妹にやらせた。涼夏の部屋に移動して、いい子になったと感想を述べると、涼夏はいかにもお姉ちゃんぽい微笑みを浮かべた。

「まあ、クリスマスの時の私が怖かったんじゃない? あんまりああいう怒り方しないから、私がこの集まりをどれだけ大切にしてるかわかったんでしょ」

 もはや半年以上前になるが、同じように涼夏の家でクリスマス会を開いた時、出かける予定だった妹がずっと家にいた挙げ句、始終絡んできて涼夏がとてもイライラしていた。傍で見ていた私ですら泣きそうだったから、当事者はさぞ怖かったことだろう。

 いつの間にかすっかり夜だ。今日はお泊まり会ではないので、あまり遅くならないようにと、早速始めることにする。


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