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番外編 Prime Yellows 4(2)

 本番まで1週間を切ったある日、涼夏が練習を見に来ることになった。当日バイトで行けないので、事前に見てみたいという。

 もちろん大歓迎だ。去年文化祭の時も、千紗都が遊びに来てリハーサルのごとく全曲通した。今回も本番さながらの演奏をしよう。

 当初千紗都も来る予定だったが、珍しく生理で調子が悪いというので帰らせた。本番に来れる人は、本番を楽しんでくれればいい。

 私の心配は、千紗都がいなくても涼夏が来たがるかということだったが、それはもう大丈夫らしい。去年よりもずっと、涼夏は私や私の活動を気に入ってくれている。

「曲もちゃんと予習してきたぞ?」

 涼夏が得意げにそう言うと、さぎりんがおーと拍手を送った。

「涼夏って、チャラそうだけど真面目だよね」

「チャラくないから。帰宅部は遊びに全力だから、ちゃんと事前準備をするの」

「偉いなぁ。チャラいのに」

「チャラさのかけらもない」

 くだらない話をしながらスタジオに移動して、朱未と合流する。友達を連れて行くことは事前に伝えてあったが、朱未は涼夏を見て、銃声を聞いた小動物のように固まった。

「どうした?」

 莉絵がつつくと、朱未は目を丸くしたまま口をパクパクさせた。

「絢音がすごい美少女を連れてきた!」

「そうだね。ユナ高トップ2の一柱だよ」

 無意味に鼻を高くしてそう言うと、朱未は何やら緊張した面持ちで自己紹介をした。特段、女の子が好きなキャラでもなかったと思うが、まあ私も初めて涼夏を見た時は衝撃を受けたので、わからないでもない。

 そろそろ本番も近いので、雑談抜きで楽器を準備する。とりあえず1曲目から演奏しようと言うと、涼夏がパイプ椅子にどっかり座って声を上げた。

「MCはー?」

「MCだって」

 私がさぎりんを振り返ってそう言うと、さぎりんが驚いたように顔を上げた。

「私!?」

「さぎりんの知り合いのお店だし」

 当然だと言い放つ。結局どういう知り合いなのか詳しく聞いてはいないが、どうせ当日、そういう話の流れになるだろう。

 MCはまた考えておいてもらうことにして、とりあえず『evolution』を演奏する。さぎりんの印象的なピアノの旋律に乗せて私が歌い始め、サビは盛り上がる。ねっとりと歌いながら観客を見ると、涼夏はキョトンとした顔で私たちを見つめていた。何か違和感があるのだろうか。

 2曲目の『花火』もなかなかにドラムの忙しい曲で、莉絵が楽しそうに叩く。思った以上に歌が難しかったので、ギターはほぼ朱未とナミに任せて、私は歌に集中した。

 そして今回一番問題の『くじら12号』。朱未が入ったことで、歌を朱未に任せて私はギターに専念するというアイデアも考えたのだが、本人の演奏動画を見ながら研究した結果、今の私の力量と、残された練習時間では無理と判断して見送った。当初の予定通り、さぎりんのピアノアレンジに朱未のギターを加え、私がベースを弾きながら歌う。

 これも難しい曲だ。私の歌唱力で何とかするというコンセプトに相応しい曲が並んでいるが、今回のセットリストでは私の力不足を痛感している。昔の曲はコード進行がシンプルというのは本当だが、必ずしもそれが簡単とイコールではないことがわかった。

 最後の『ALL MY TRUE LOVE』を無難に歌い上げると、ギターを置いて汗を拭った。可愛らしく拍手している涼夏に感想を求めると、涼夏はにこにこしながら口を開いた。

「曲は私の好みだし、良かった前提に少し意見を述べてもいいかな?」

「もちろん」

「まず、みんな顔が必死で見ててハラハラしたね。ちょっとくらい間違えたところでどうせわかんないし、もっと笑顔で弾いた方がいいんじゃないかな」

 いきなり的確な指摘だ。何度も動画を撮って確認していたが、表情は気にしていなかった。

「特に波香氏は、緊張感が伝わってくるね。我が子の学芸会を見守る母親の気持ちになったよ。知らんけど」

「自覚はある」

 ナミが照れ臭そうに頭をかく。まだ初心者だし、ライブ経験も少ないので無理もないが、ナミは性格的に慣れても緊張しそうだ。

 それからもう一つと、涼夏が指を立てた。

「すごく感覚的な話だけど、なんかこう、バラバラな感じがあった。歌ってる絢音とその他の人たちみたいな」

「それは立ち位置的な? 演奏中の掛け合い的な?」

「音かなぁ。ずれてはいないんだけど、なんだろう……」

 涼夏が難しそうに首をひねる。最終的には、ビデオを見て気にならなければ気にしないでと言われたが、せっかくの第三者の違和感は大事にしたい。

 今日は涼夏はバイトがなく、この後も暇しているから、構わなければ最後まで見て行くと言った。退屈でなければ、そうしてもらえると有り難い。可愛い涼夏を見ていると元気になる。

 撮った演奏動画を確認すると、確かにみんな必死で笑ってしまった。細部を確認し、もう少しみんな他の楽器の音をよく聴いて演奏することを心がけて1曲ずつ確認する。

 その度に涼夏に感想を求め、練習の最後には自分たちで聴いてわかるほどましになった。

「やっぱり誰かに聴いてもらうのは大事だね」

 スタジオを出ると、さぎりんが充実していたと満足そうに笑った。さぎりんも友達が多いので、呼んだら来てくれる子もいるだろうが、頼んで来てくれるか、自分から来たがってくれるか、その差は大きい。サックスのなつみんなら喜んで来てくれただろうが、参加したがるに決まっているから、今回は声をかけなかった。私たちとしても、もちろん一緒に演奏はしたいが、今回はとにかく時間がなかった。

 先にバンドメンバーと別れて、涼夏と二人で適当なベンチに座った。涼夏が手を握って小さく首を振った。

「いやー、今日は楽しかった。当日行けないのは痛恨の極みだ」

「お仕事は大変だね。退屈じゃなかったなら良かったよ」

「朱未ちゃん以外は、みんなよく知ってる仲だしね。あの場で何かしらの役割を果たせたのなら良かった」

「だいぶ助かった。いつもは笑顔で演奏とかも気を付けてるんだけど、今回は私も余裕がなくて」

 今回のライブは、ナミのために軽く1回の予定が、全員がチャレンジの1回になってしまった。もっとも、ライブは毎回全力だし、こういう焦りと緊張感も、ステップアップには必要だと思う。

「ストイックだね」

 涼夏がもう片方の手でスマホを触りながら言った。それから小さく笑って画面を見せてくる。

 見ると、千紗都から「何故女に生まれたのか」と哲学的なメッセージが届いていた。

『千紗都が女じゃなかったら、今一緒にいない』

 涼夏がそう打ち込んで送る。せっかくなので私も、「高1の私は美男子も好きだった」と送っておいた。

『そうなると、絢音は私かチサオのどっちかを選ぶ必要がある』

『涼夏かなぁ。完全に可愛い女の子と、完全にカッコイイ男の子なら、前者かな。高1の春の私に聞いてみないとわかんないけど』

『成婚』

『でも、高1の春の涼夏は、今ほど私に興味がなかった。全員バラバラに生きてそう』

『シークレットラブだった』

『オープンマインド』

 すぐ隣にいるのに、しばらくくだらないメッセージを送り続けていると、ようやく既読が1つ増えて、「女で良かった」と安堵のメッセージが流れてきた。

 実際のところ、千紗都が男だったらバドミントン部の事件は起きていなかっただろうし、起きていても女の子が好きなナツは、絶対にチサオと一緒にはいなかっただろう。

「すべての『今』は、奇跡的なバランスで成り立ってる」

 スマホをしまいながらそう言うと、涼夏が「名言だな」と笑いながら私の手を握った。こうして涼夏の方から手を握ってくれる未来は考えていなかった。嬉しい誤算というやつだ。

 せっかくなのでしばらくキスをして顔を離すと、涼夏が当日行けないことを改めて残念がった。楽しみのためにバイトをしているのに、バイトのせいで楽しみが潰れるのは本末転倒だと、こちらも哲学的な問いを投げかける。

「まあ、この先もライブはたくさんするから」

「練習時間取り過ぎると、千紗都が孤独死するぞ?」

「反省してる。ちょっと今回の余裕のなさは、嬉しくない誤算だった」

 やりたいことに対して、圧倒的に時間が足りない。お金も足りない。

 制約の中でどう楽しむか。それを追求することも、帰宅部の活動の一環だろう。


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