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第49話 沖縄 8

 仲間の飛ぶ姿は自分たちのスマホに収めて、元気に戻ってきた二人を笑顔で出迎えた。絢音に高いところは大丈夫だったか聞いたら、全然平気だと笑った。

「元々苦手じゃない。昨日の道は、なんていうか、守られてない感じがした」

 絢音が力強くそう言って、眩しそうに空を見上げた。

 金髪のおじさんが明るい笑顔で、どうだったかと聞いてきた。興味があるというより、ただの世間話だろう。

 こういう時、絢音と奈都は役に立たないので、私と涼夏で話を弾ませる。せっかくだし、他のお客さんとの交流もいい思い出になるだろう。

 全員無事に飛び終えると、ボートはシュノーケリング組の乗っている大きな船に接続された。一組のカップルはパラセーリングだけで帰るらしく、私たちを含めて八人が船を移動する。

 荷物を船の奥に放り投げて、服も脱いで水着になった。ライフジャケットを身に着けて、シュノーケルの使い方を教わる。「あ」でくわえて、「い」で軽く噛んで、「う」で呼吸するらしい。あまり真下を見ると水が入って来るから、少し顔を上げる。もし水が入ったら、強く息をするか、顔を上げて一度口から離して出すそうだ。

 サイズの合う足ヒレを用意してもらい、海に入る直前に着けた。はしごを下りてゆっくり海に入る。水温には一瞬で慣れた。

 とりあえず水に顔をつけると、そこら中を魚が泳いでいて、いきなりテンションが上がった。

「魚がいる!」

「そりゃ、いるでしょ」

「違うの! 魚がいるの!」

「私は今、何を否定されたんだ?」

 涼夏が困った顔で同じように水中を覗き込んでから、すぐに勢いよく顔を上げた。

「魚がいた!」

「でしょ!」

 二人で手を取り合ってキャーキャー言っていたら、奈都が恥ずかしそうに距離を取った。私は大きく首を振って強く非難した。

「奈都、今取ったのは心の距離だから」

「ごめん。ちょっと恥ずかしかった」

 船が停泊しているのは比較的深い場所なので、スタッフが泳ぎ方を教えながら、浅い方へ移動する。途中でエサにお麩をもらったので、水中で千切って投げてみたら、魚が集まってきた。すぐ近くに魚が寄ってくると、少し怖さも感じるがとても可愛らしい。

 水はどこまでも澄んでいて、数メートル下の珊瑚礁に覆われた海底がくっきりと見える。クマノミを見つけるたびに、スタッフが潜って行って場所を教えてくれた。白い線が一本のクマノミと二本のクマノミがいるらしい。

「スタッフさん、クマノミ推しだねぇ」

 涼夏が苦笑いを浮かべながら言った。他の魚のことも教えて欲しいが、クマノミにご執心だ。

 そこら中にいる銀色に黒の線が入った魚はロクセンスズメダイだと、絢音が教えてくれた。

「絢音、魚にも詳しいの?」

「まさか。せっかくだから予習してきただけ」

 それから、銀と黄色の魚がトゲチョウチョウウオ。この界隈は、主にこの二種類で構成されている。

 私がそう結論付けると、奈都が「他にもいっぱいいるじゃん」と呆れたように言った。

 スタッフが海中でも写真を撮ってくれたので、仲間たちと一緒に撮ってもらった。写真は後でパスワード付きでサイトにアップしてくれるらしい。とても楽しみだし、とても良いサービスだと思う。

 他にはウミヘビがいて驚いたくらいで、大興奮するような魚はいなかった。あるいは私たちが知らないだけで、レアな魚もいたのだろうか。ウミガメやサメのようなわかりやすい生き物と遭遇したかったが、生憎見ることはできなかった。

 船の近くに戻ってくると、スタッフが手でバブルリングなるものの作り方を教えてくれた。バシャっと海面から水中に泡を集めて、両手の拳を合わせて開くように突き出すと、泡が輪の形になるのである。

 なかなか出来ずに苦戦していると、絢音が「出来た!」と嬉しそうに声を上げた。見ると確かに綺麗な輪になっている。

 奈都も出来た出来たと喜んでいたので、涼夏と二人でどっちが先に出来るか競走した結果、どうにか私の方が先に出来るようになった。いつかどこかで特技を聞かれたら、バブルリングを作れると胸を張ろう。

 時間ギリギリまでシュノーケリングを楽しんで船に戻った。他の参加者はみんなシャワーを浴びているが、私たちはホテルが近いので、風と太陽で体を乾かしてシャツを着た。

 船はやがて帰路に着き、四人で並んで離れていく島を見送った。

 島が見えなくなると、また船が大きく揺れた。行きのボートより大きいので大丈夫かと思ったら、そんなことはなかった。

 さすがに少し気持ちが悪くなってきたので、心を無にして陸を待った。付き合いの長い友人が、心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「大丈夫?」

「奈都、気持ちが悪い」

「私が気持ち悪いみたいだから、言い方を考えて」

 吐くほどでもなかったので、そのまま風を感じながら三重城港に帰ってきた。ロッカーから荷物を出して、会計を済ませて港を後にする。

「すごかったなぁ。控えめに言って最高だった」

 先頭を歩く涼夏が、声を弾ませながら振り返った。絢音が嬉しそうに頷いて涼夏の手を取った。

「パラセーリングの写真が楽しみ。夕方にはアップされるって言ってたし、夜にみんなで見たいね」

「それはいい考えだ。さすが秀才は発想が違う」

「まあね」

 とても仲良しで何よりだ。私も奈都と手を繋ごうと思ったら、奈都は堤防の上に猫を見つけて行ってしまった。切ないことだ。

 ホテルに戻ると、昨日と同じように部屋はエアコンで程良く冷えていた。ベッドにダイブすると、涼夏が荷物をまとめながら言った。

「じゃあ、絢音と交替するから、達者で暮らせよ?」

「今から?」

「夜、帰って来てからだと面倒くさそうだし。ナッちゃんと親睦を深める」

 そう言うと、涼夏は私を仰向けにしてキスをしてから、ひらひらと手を振って部屋を出て行った。

 時計を見るとまだ十二時半で、昨日丁度ウミカジテラスに到着したくらいの時間だった。そう考えると、今日はまだ昨日一日と同じくらいのポテンシャルを秘めていることになる。

「倒れている場合ではない」

 気持ちが悪いのは収まったが、だいぶ疲れている。はしゃぎ過ぎたかもしれないが、あれに全力を注ぐのは間違っていないだろう。どう考えても、この旅行のハイライトだ。

 ぼんやりしていると絢音がやってきて、椅子の上にリュックを置いた。

「調子はどう?」

「大丈夫。絢音がキスしてくれたら全快する」

 そう言いながら天井に両手を伸ばすと、絢音がうっとりと微笑んでベッドの上に腰を下ろした。

「千紗都が誘惑する」

「してない」

 そっと抱き寄せて唇を重ねた。絢音が私の上に横たわって、重みで体が掛け布団に沈み込む。太ももの間に膝を入れて、絡み付くように抱きしめた。

 しばらくの間、むさぼり合うようにキスをしてから体を離す。絢音が起き上がって、満足そうに頷いた。

「美味しかった。先にシャワー浴びるね」

「どうぞ」

 絢音の背中を見送ってから、私も体を起こして窓から外を見た。

 ホテルのプールで家族連れと思われるグループが遊んでいる。頭上には力強い青空。これから暑さのピークが訪れるが、それは涼夏の言うところの「意味のある暑さ」だろう。

 まだもう少し。並みの思い出では太刀打ちできないくらい、沖縄を満喫したい。


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