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第49話 沖縄 7

 翌朝、涼夏の完全勝利の宣言で目が覚めた。涼夏が窓から外を見ながら、子供のように万歳している。

「我々は完全に勝利した」

 のそりと置き上がり、窓辺まで歩いて背中から涼夏を抱きしめた。変な悲鳴を上げる涼夏の肩越しに外を見ると、一面に広がる青い空に夏の雲がプカプカと浮かんでいた。大きな球体のタンクの向こうで、青い海がキラキラと光っている。

「か・ん・ぜ・ん・しょ・う・り」

 耳元で息だけで囁くと、涼夏がブルっと体を震わせた。昨日さんざん触られたので、お返しに両手で胸を揉みしだくと、涼夏が熱っぽい吐息を零して体を折り曲げた。実に可愛い反応だ。

 レストランには部屋着のまま行くのが禁止されているので、Tシャツにショートパンツというラフな格好に着替えた。スマホを見ると、奈都から「おはよー」とグループにメッセージが来ていたので、「おはよー」と絵文字を付けて返しておいた。

 顔を洗って口をゆすぐと、準備をしていた涼夏を抱きしめてキスをした。涼夏が目を白黒させながら私の背中を引き寄せる。

「今日はどうしたの? 情熱的じゃん」

「別に。私、キス、好きだけど」

「まあ、うん。キスは気持ちいいね」

 しばらく舌を絡めてから部屋を出る。朝食はバイキングで、メニューの数はそれほど多くなかったが、沖縄っぽいおかずもいくつかあって満足だった。

「昨日はよく寝れた?」

 絢音がにこにこしながら聞いてきたので、私は大きく頷いた。隣で涼夏がじっと私を見つめる。昨夜も同じようなことがあった気がする。

「今日は絢音と寝るから。でも今夜は部屋で遊びたいね。でも、そんな気力もなくなるくらい、沖縄を満喫したいね」

 早口でそう言うと、奈都がくすっと笑った。

「テンション高いね」

「初めての沖縄だし! 奈都はまあ、グアム経験者だから退屈かもだけど」

「楽しんでるから! 盛り上がる準備はできてるから!」

 ライブのようなことを言いながら、奈都がシークァーサージュースを飲みほした。

 今日も楽しもう。私も、この夏どころか、高校生活で一番の思い出にするくらいの準備ができている。


 涼夏が発案し、帰宅部の三人で検討した結果、本日のメインイベントにして、この旅行で一番の目的に選んだのは、パラセーリングとシュノーケリングだった。例のごとく涼夏が予約してくれたが、業者はみんなで調べて決めた。

 ホテルから徒歩十分ほどの港が集合場所になっている。近くて便利というよりは、このイベントに合わせてホテルを選んだ。国際通りに近いホテルも候補に挙がったが、朝早い上、海に入って帰ってくるイベントに寄せた方がいいだろうと判断した。

 部屋で水着に着替えると、先程のTシャツを着て、ショートパンツを穿いた。涼夏はもう少し可愛いトップスを着ているが、どうせパラセーリングではハーネスを付けるし、海に入る時は水着になる。

 そう言うと、涼夏がやれやれと首を振った。

「いついかなる時も可愛く! まあ、千紗都はいついかなる時でも可愛いけど」

 海には入るが、先にパラセーリングなので、写真映えするように軽くメイクをして外に出た。

 朝から日差しが強く、今日も日焼けは必至だ。涼夏の「暑いの無理」が聞けるかと思ったら、元気いっぱいに手を振って歩いている。昨日は随分興奮していたが、よく眠れたのなら良かった。

「ナッちゃんは、グアムでは何かやったの? そもそもパラセーリングが初めてじゃないとか」

「初めてだよ。シュノーケリングはしたけど、ABCストアで買ったおもちゃみたいなの着けて、その辺を泳いでただけ」

「ABCストアってなんだ? 靴屋か?」

「ハワイとかグアムにあるスーパー? コンビニ? そういうお店」

「来年はグアムだな」

 涼夏が力強く頷いた。来年の夏はさすがに受験でそれどころではないと思うが、どうなっているだろう。卒業旅行にグアムもいいかもしれないが、まだ高校生活は半分以上残っているし、そんな先のことを考えるくらいなら、沖縄から帰った後の夏休みの過ごし方を考えた方がいい。

 三重城跡の遊歩道を歩き、浄化センターのタンクを右手に見ながら港まで歩く。大きな駐車場の中を進むと、小さな建物の前で受付をしていた。参加者は二十人くらいだろうか。若い人たちが多いが、子供を除けば私たちが最年少だろう。

 受付用紙をもらい、簡単なアンケートにチェックして返した。大麻の項目があったので、奈都に大丈夫か小声で聞いたら、「大丈夫だし!」と怒られた。

 パラセーリングもシュノーケリングも、那覇から十五キロほど離れた場所にあるチービシ諸島で行うらしい。シュノーケリングとダイビングだけの人は大きな船で移動し、パラセーリングもある人は、専用のボートで移動した後、合流する。

 船には船長とスタッフ、それに自分たちを含めて十人の客が乗った。三組ともカップルだったので特に会話はないかと思ったら、若い女性を連れた金髪のおじさんが陽気に盛り上げてくれた。堅気の人間か怪しいが、船長曰く、船の上ではみんな家族だ。

 ボートの速度は時速四〇キロほどらしいが、とんでもなく速く感じた。しかも、波に揺られて激しく上下に揺れる。座っているよう言われていたが、そもそも立ち上がることもできない。

「これ自体が一つのアトラクションだね」

 奈都が手すりに掴まりながら、楽しそうに笑った。怖がってはいないようだ。絢音もキャーキャー言っているが楽しそうである。涼夏は私の腕にしがみついて、「ひぃ」とか「ふわぁ」とか変な声を上げているが、きっと楽しんでいるに違いない。

 日差しが暑い。そして、海はとんでもなく綺麗だ。

 パラセーリングではカメラを貸してもらえるらしく、波に揺られながら事前に使い方を確認した。操作方法自体は難しくないが、果たして綺麗に撮れるだろうか。

「そういう女子っぽいアイテムは、チサと涼夏の役目だから」

 奈都が自分の言葉に何の疑問も抱いていないような目でそう言って、絢音も賛同するように頷いた。

 涼夏と二人で何枚か練習で撮ってみたが、果たしてちゃんと撮れているだろうか。

 向こうに島が見えてくると、波が穏やかになった。単にスピードを落としたせいかもしれない。

 船長とスタッフでパラシュートを開く。綺麗な空にカラフルなパラシュートが舞って、船内で拍手が起きた。

 座っていた場所のためか、私たち帰宅部グループが一番手で飛ぶことになった。他の人のを見て様子を見たかったが、仕方ない。ジャンケンするのもみっともないので、部長の私が一番手を引き受けることにした。必然的に、奈都にも付き合ってもらう。

 ボートの甲板に座って、スタッフにハーネスをつけてもらう。片手でハーネスの紐を握り、もう片方の手でカメラを付けた棒を握って待っていると、涼夏がスマホを向けながら手を振った。

「表情が硬いよ? 笑ってー」

「はいはい」

 大して心の準備も出来ていなかったが、合図とともに体を起こすと、あっさりと空に舞い上がった。

 すぐに船も海も眼下になって、その青さに思わず感嘆の声が漏れた。

「これはすごいね」

「うん。私は見惚れてるから、チサは写真撮ってね」

 奈都が屈託のない笑顔で言った。カメラマンかよと声に出して突っ込みながら、カメラを用意した。

 正面から、後ろから、足だけ、下からパラシュートも入れて、海だけ、Vサイン、はしゃいでる感じ、ただ見ている感じ。色々なバリエーションで写真を撮って、私も目に焼き付けるように海を見た。

 隣で奈都が呟くように言った。

「私、チサと二人で空を飛ぶとか、考えたことがなかった」

「そりゃ、考えないでしょ」

「今、いいシーンだから!」

「どこが! 私も考えたことがないって!」

「チサはそもそも、あんまり私のことを考えてない」

「そんなことないから! 昨日も涼夏を抱きながら、奈都のことを考えてた!」

「それは涼夏が可哀想だから!」

 わけのわからないことを言いながら、どこまでも青い海に目を細める。無限に続く水平線は、緩やかな弧を描いて見える。

「もしかしたら、地球は丸いのかもしれない」

 そっと呟くと、隣で奈都が「何言ってんだこいつ」みたいな顔をした。その顔をさせるために言ったので、私は大いに満足した。

 ずっとこうしていたかったが、やがてパラシュートはロープを巻かれて、少しずつ高度を下げていった。奈都ともう数枚、そしてボートで待つ仲間の写真を撮って、私の初めてのパラセーリングは終了した。


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