第47話 山(1)
痩せねばならぬ。そう決意した。
夏休みになればまた海やプールに行くだろう。その時、自信を持って水着が着られる体型でなくてはならぬ。
「大きくなるのは人間性だけでいい」
私が拳を握って訴えると、涼夏が「体も人間性も大きくなってないぞ?」と言いながら、私のお腹をつまんだ。
隣で絢音も二度ほど頷く。二人には私の大きくなった人間性が見えていないのだろうか。子供の成長のように、毎日見ていると気付きにくいのかもしれない。
「千紗都が過剰に体型を気にするようになった責任の一端は私にある?」
絢音が明るい声でそう言った。それならそれで面白いという口振りだ。
去年、絢音に太ったことを指摘されて意識し始めたのは確かだが、そもそも私の生活習慣の問題であって、指摘には感謝している。あの一言がなければ、今頃取り返しのつかない事態になっていた可能性もある。
「ダイエットを心掛けるのはいいことだ。拒食症とかになられたら困るけど、千紗都に関してはその心配はないし」
涼夏が得意げに親指を立てて、絢音が大袈裟な仕草で「良かった」と胸を撫で下ろした。もしかしたら、すごくからかわれているのだろうか。
実際のところ、スイーツも含めて食事は私の楽しみの一つである。食事を制限するくらいなら、消費カロリーを増やしたい。どうせ暇な人生を送っているし、運動量を増やすことにあまり抵抗はない。
「そんなわけで、そろそろ山登りを企画します。涼夏の気も変わったと思うし」
私が温めていたプランを発表すると、涼夏が静かに首を横に振った。
「変わってないな。私の気は変わってない」
元々登山など文明人のすることではないと言い続けていた涼夏だが、2年になってもその気持ちは変わっていないようだ。決してインドアな子ではないのだが、運動は全般的に好きではない。汗をかいたり、疲れることが苦手なようだ。現に、お遊びでやる卓球とかは大好きだ。
「ここの土曜日はどうだろう」
スマホのカレンダーを開いて指を差すと、涼夏は画面を見もせずに言った。
「そこはバイトだな」
「じゃあ、ここは?」
「あー、そこもバイトだ。すまん」
こいつはダメだ。絢音がくすくす笑うと、涼夏が笑顔を見せた。
「その企画に関しては、私に気を遣わなくてもいい。今澤さんと3人で行ってきて。楽しいエピソードを、写真を添えて話してくれたら満足だ」
そうだろうとは思っていた。私の方から涼夏抜きで企画したくなかったから、涼夏にそう言って欲しかったし、涼夏も私がどうしても来て欲しいわけではないとわかっている。
「私は喜んで参加するよ。ダイエットは必要ないけど」
細身の絢音が元気に頷いた。育ち盛りの男兄弟に挟まれて、それなりにご飯も食べているようだし、意識して体を動かしていることもないようだが、一向に太る気配がない。体質的な問題だろう。絢音自身はもう少し肉を付けたがっているので、あまり細いことを羨ましがるのも失礼だ。
「ナッちゃんはなんて? あの女は、千紗都の誘いだろうと、興味がないことは平気で断るから油断ならん」
涼夏が思案げに腕を組んだ。断ったばかりの人間の台詞とは思えないが、実際のところ、奈都は私と遊びたがる割には、用もないのに断ってくる。誠にけしからんが、興味がないことを断るのは奈都に限った話ではない。現に、涼夏も山登りはしたがらない。
奈都の問題は、興味の幅が狭すぎることである。それに、私たちは嫌でなければ「とりあえずやってみよう」と考えるが、奈都はあまり新しいことに挑戦する意欲がない。
まあ、別に絢音と二人でも構わない。翌朝、そう考えながら奈都にも話を振ってみると、奈都は迷うことなく行くと言った。
私は思わず目を丸くしてまばたきした。
「ザ・二つ返事。予想外の極み」
「なんで? 私、チサの誘いは断らないけど」
心外だと訴えるが、それはこっちの台詞である。去年のLSパークやハロウィンなど、割と大きなイベントすら断られているが、記憶障害でも抱えているのだろうか。
「どの口が言うの? この口?」
片手で頬を挟んで口を開かせると、中に指を突っ込んで掻き回した。舌がぬらぬらと指に絡み付く。
奈都はもがもがと何か言っていたが、私が指を引き抜くと恥ずかしそうに俯いた。
「凌辱された」
「奈都が変なこと言うから」
「先に遊ぶ約束が入ってる時以外は、そんなに断ってるつもりはないけど」
それは確かにそうかも知れない。では、奈都の問題は、友達が多いことに改めよう。
唾液でベタベタになった指を舐めると、奈都が変な悲鳴を上げて両手で顔を覆った。そして、首を振りながら消え入りそうな声で言った。
「チサがどんどん変な子になってく」
どう考えてもそれは奈都の方だと思うが、なんだか可愛いので放っておいた。




