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第45話 お金(4)

 翌朝、いつものように父親と母親と3人で食卓を囲んでいる時、私はふと昨日の会話を思い出して口を開いた。

「そう言えば、二人は一人暮らしってしたことある?」

 何気ない朝の会話のつもりだったが、急に空気がピリッとして私は思わず姿勢を正した。何か話したくない過去でもあったのかと緊張したが、そうではなかった。

 母親は無いと言い、父親はあると答えた後、逆に質問された。

「遠くの大学に行きたいと思ってる?」

「いや、全然」

 両親の懸念は私のことだったようで、私が即答すると安心したように息を吐いた。

 実際、遠くの大学に行くことなど考えていない。私にとって大事なのは、どこの大学に行くかではなく、どうしたら大好きな人たちと一緒に過ごせるかである。涼夏と絢音が東京に行くとでも言い出せば別だが、今のところそういう話は出ていない。

 ただ、今の二人の反応を見てわかったことが2つある。

 1つは、遠くの大学にでも行く以外に、二人は私が家を出る可能性をまったく考えていないこと。もう1つは、私に家にいて欲しいこと。

 涼夏と絢音に会ったことがない両親に、二人の印象が悪くならないよう、二人と一緒に暮らしたいと説得するのは骨が折れそうだ。

 なるほど、涼夏の言った通り、絢音とは別の意味で、私も家を出るのに手こずるかも知れない。昨日涼夏に話したように、私も別にこの家を出たいわけではないのだ。

 それ以上一人暮らしの話はせずに、準備をして家を出た。いつものように駅で眠そうな顔で待っていた奈都に「おはよー」と声をかけると、奈都は「おはよ」と言ってから、私を三等分する話をし始めた。

「花婿を七等分するBL作品があって、それをリスペクトして、チサを三等分することを考えた」

「うん」

「まず右腕とか左足とか、体のパーツの書かれたカードを配って、ドラフトする」

「ホラーじゃん! 思ったのと違った!」

「生きてるから安心して」

「生きてる方が怖いし!」

 まるで意味がわからないが、奈都があまりにもいつも通りで安心する。この子は私と同じで、全然成長していないように思える。

 嬉々として語られる猟奇的な話に耳を傾け、上ノ水を出たところで今朝のことを話してみた。奈都は特段驚いた様子もなく言った。

「そりゃ、寂しいんじゃない? うちも兄が出て行ったから、私には家にいて欲しそうだよ? 出て行く気もないけど」

 奈都は帰宅部ルームシェア計画には乗っていない。入り浸るつもりではいるようだが、家を出るつもりはないと宣言している。

 急いで結論を出さなくていいが、この点について、奈都は意見を変える気はなさそうだ。この件に限らず、基本的に奈都は私のことがすごく好きだと言う割に、私に依存していない。そういう意味では、4人の中で一番ブレないのは奈都かもしれない。

 学校に着くと、今日はまだ涼夏は来ていなかった。起床から出発までがルーチン化されていないのが不思議でしょうがないのだが、それもまた涼夏らしい。

 いつも通り教科書を開いて予習している絢音の席に行くと、絢音はうっとりした瞳で私を見上げた。

「私、このアングルで見上げる千紗都、好き」

「顎とか鼻とか気になるけど」

「主に胸を見てるから安心して。貸してくれるんだっけ?」

 そう言いながら、無造作に私の胸を撫でる。好きにしてくれていいとは言ったが、TPOはもう少し考えて欲しい。

「それで、大丈夫なの?」

 落ち込んでいないか、あるいは怒っていないか、心配しながら聞くと、絢音は一瞬キョトンとしてから微笑んだ。

「大丈夫だよ。っていうか、あれくらいの喧嘩は西畑家ではチャメシゴトだから」

「絢音の家は戦場なの? 落ち着ける?」

「心にアルテマウェポンを配備してる」

 何かわからないが強そうだ。平気そうなのは良かったが、安らぐべき場所でいつも戦っているのはなんだか可哀想だ。

 今朝の話を絢音にもすると、絢音は「そうだねぇ」と相槌を打ってから、可愛らしく下唇に指を当てた。

「家を出る話は私もしてないし、そこは慎重にいかなきゃって思ってる。涼夏が骨を拾ってくれるのは嬉しいけど、勘当はされたくないしね。学費も出して欲しいし」

「うちは泣かれそう」

「お互い、友達が悪く思われないように気を付けて切り出さないとね。この話は二人で定期的にしよう」

 絢音の提案に、私は大きく頷いた。まだまだ先の話で、急ぐ必要はない。性急に事を運ぶと、家での居心地が最悪になってしまう可能性もある。

 お昼休みに涼夏にも話すと、涼夏はあっけらかんと笑った。

「私はもう宣言してあるし、好きにしろの一言だったね。学費の話も父上としてるし、その点に関しては猪谷家は楽だな」

「その点に関してだけ言えば羨ましい」

 もちろん、両親が離婚している涼夏の苦労は並大抵のものではない。あまり羨ましがるのは失礼だろう。

 もっとも、涼夏自身は家事も料理も苦にしていない節がある。絢音が私から見ると大変な家でも平気で暮らしているように、結局みんな、生まれ育った環境が自分にとっての「普通」なのだ。

「毎日ご飯が出てくるのは絢音が羨ましいし、お小遣いの面では千紗都は恵まれてるし、自由が効くってことならうちは楽だね。でもまあ、みんな大変な部分もあるし、やっぱり親ガチャでSレア引いたのはナッちゃんだろ」

 涼夏の言葉に、私は苦笑いしながら頷いた。家族といるのは楽しそうだし、親戚付き合いも良好らしいし、親が旅行好きで海外にも行ったことがある。バイトの許可もあっさり下りたし、泊まりの遊びも、心配はされても反対はされない。奈都自身、親には恵まれたと時々言っている。

 ひとしきり奈都の話で盛り上がってから、涼夏が陽気に言った。

「まあまだ16歳だし、制限の中で楽しもう」

「絢音は援交がバレないようにね」

 私が爽やかに忠告すると、絢音は困ったように笑った。

「すごい誤解を招く発言」

 事の発端はお金の問題である。この輪から絢音がいなくなるのはあり得ないので、家族に対する絢音の隠し事を、私たちはむしろ推奨したい。

 その結果、いつか絢音の家族から嫌われるかもしれない。私に出来ることは、せいぜい絢音と一緒に骨になることくらいだ。そうなったら、涼夏に拾い集めてもらおう。

 まずは16歳の夏を満喫する。バイトもまた奈都と一緒に頑張りたいし、自分以外の誰かのために働くのも悪くない。

 絢音が可愛らしくおねだりしてくれたら、それだけで十分じゃないか。


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