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第40話 相談(3)

 その数日後、長井さんは江塚君と付き合うことになった。絢音の言うことは予言のごとく当たると考えていたので、私は二人が付き合い出したことよりも、絢音の予想が外れたことに驚いた。絢音は「人の心は難しいね」と残念そうにため息を落としていたが、もちろん私たちにとっては嬉しい展開だった。

 話を聞くと、どうやら江塚君の方から告白したらしい。もちろん、長井さんの気持ちをわかった上で、どっちから言うかという出来レースのような状態だったそうだ。私が川波君をけしかける必要などなく、相変わらず私たちの意思とは関係なく物事が進んでいくことに安心した。

 長井さんは江塚君と付き合い出した後も、他の仲間と今まで通りの関係を望んでいたようだが、真っ先に岩崎君が距離を置いた。去年からずっと気になっていた相手を、ぽっと出の男に奪われたのだから、内心穏やかではないだろう。

 広田さんにとっても理想的な展開だったはずだが、しばらく告白はせず、1年の時と同じような距離感で付き合っていくと報告された。相手の失恋に付け込むようなことはしたくないのと、告白しても成功する気がしないとのこと。長井さんしか見えていなかった岩崎君が、すぐ近くにいる女の子に気が付くことを、私も願っている。

 涼夏もまた、今まで通り付き合おうとした長井さんと距離を置いた。こちらは岩崎君と違って言いにくい理由ではなかったので、はっきりと伝えている。

「江塚君はいい人だし、朋花の彼氏を悪く言うつもりもまったくないけど、私が江塚君と一緒に遊んじゃダメでしょ」

 私もその時その場にいたが、長井さんが不思議そうな反応をしたことに一番驚いた。

 どうやら、江塚君が涼夏に告白して振られていることを知らなかったらしい。告白のことはともかく、江塚君が涼夏を好きで、川波君が私を好きというのは、元1年3組の人間は全員知っている。もちろん、3組ではなかった長井さんが知らなくても仕方ないが、その場にいた他の子にも「有名だよ?」と教えられて、「それでか」と納得したように頷いていた。

 ゴールデンウィークの大鬼ごっこ大会に私たちが誘われていないのも、そのせいだったらしい。帰宅部の部長は私だが、みんなは涼夏が中心の輪だと思っている。発起人の一人が江塚君だったから、涼夏チームである私たちには声がかからなかったのだ。

 そのことを知って一悶着あったら嫌だと思ったが、特に何も起きなかった。長井さんと江塚君は仲良くしているし、長井さんも涼夏と一緒に帰りたがらなくなった。元々ゴールデンウィークの前から方向性がズレていたので、長井さんとしても丁度良かったのだろう。グイグイ引っ張っていきたいタイプの涼夏と、輪の中心にいたい長井さんが合うわけがないのだ。

 涼夏が長井さんの誘いを断った後、余所行きの微笑みを貼り付けて手を振る涼夏に、私はそっと囁いた。

「私にはやめてね」

 私の言葉に、涼夏は何も言わなかったが、当たり前だと言わんばかりにニッと笑った。

 涼夏は江塚君のことを、良くも悪くも何とも思っていない。元々、入りたければ帰宅部の輪に入ればいいと言っていたくらいだ。

 だから、長井さんに言った涼夏の言葉は、すべて嘘である。

 もっとも、彼女がいるかいないかの差は大きい。私も気楽に川波君と喋っているが、もし川波君に彼女が出来たら、無用なトラブルを避けるために距離を置くだろう。

 何はともあれ、目下最大の問題は解消された。もちろん、長井さんと江塚君がすぐに別れる可能性はあるが、もう涼夏と一緒に帰りたいとは思っていないだろう。大鬼ごっこ大会で、他のクラスの帰宅部とも交流が深まったらしい。元々、涼夏と友達になりたいというより、ぼっちが嫌だっただけだ。

 涼夏と絢音、それに垣添さんと4人で古沼まで歩き、塾のある絢音と別れる。垣添さんも絢音に感化されたらしく、ゴールデンウィーク中に塾に入り、平日に遊べる時間が少なくなった。目標は私らしい。まずは中間試験でアイスを賭けることになったので、私も頑張ろうと思う。

 恵坂で垣添さんと別れると、涼夏が私の手を握った。柔らかく目を細めて、私を見つめる。

「二人きりだね」

「ああ、うん」

「えげつないなぁ」

「日本語の使い方がだいぶ間違ってるから」

 すげないという単語を教えると、涼夏は勉強になったと笑った。

 二人で私の最寄り駅で降りる。今日は私の部屋で、関係の快気祝いをやるそうだ。出来れば絢音も一緒が良かったが、元々平日に涼夏と絢音が一緒になる日は少ないし、今は大体毎日垣添さんとも一緒に帰っているので、休日以外に3人だけになるのは難しい。

 コンビニでケーキを買うと、涼夏が歩きながら言った。

「糸織のことは、千紗都はどう思ってる?」

 表情から感情は読み取れない。もちろん、涼夏が相手なら顔色を窺って答える必要はないので、本音ベースで答えた。

「いいんじゃない? 塾も入って、頻度も程良くなったし。涼夏は?」

「同感だね。結婚しよう」

 相変わらず、すぐ結婚したがる子だ。

 私は別に、長井さんと広田さんのことも嫌いではなかった。ただ、一緒に帰りたいと思わなかったのは、男子もいたし、話題が恋愛中心だったからかもしれない。

 岩崎君は長井さんを意識していたし、広田さんも岩崎君を意識していた。恋愛系の話題も多かった。むしろ長井さんが一番清々しかったが、そんな長井さんもあっさりと彼氏が出来た。

「女子はみんな恋愛大好きだねぇ」

 部屋に入ると、涼夏が呆れながらそう言った。リュックを床に置いて、何故か手に取ったメテオラを思い切り嗅ぐと、何事もなかったように棚に戻した。意味不明な涼夏を見ると妙に落ち着くので、私もすっかり毒されてしまったようだ。

 ケーキを食べる前に少し運動しようと言って、涼夏が横から抱き付いてきた。5月になって気温も上がって来たし、駅から歩いてきたせいで体が熱い。

 上着を脱ぐと、柔らかな肌の感触に胸がドキドキした。学校や駅でしている軽いハグと違って、なんだかとても扇情的だ。

 しばらく舌を絡めてから顔を離すと、涼夏が熱っぽい息を吐いた。

「私も恋愛好きだな。千紗都と恋愛したい」

「絢音とまったく同じこと言ってる」

「じゃあ、絢音と恋愛する」

「どうしてそうなるの?」

「神経衰弱は、同じカードが出るともらえる」

 驚くほど意味がわからなかったが、掘り下げるような内容でもなかったので放置した。

 せっかくなので1時間チャレンジをしようと、二人でベッドに横たわる。涼夏が私の上に覆いかぶさって顔を近付けた。むさぼり合うようにキスをしながら、涼夏がかすれた声で言った。

「前のライブ、絢音、カッコよかったよね」

「待って! なんで今この状況で、絢音の話をし始めるの!?」

「面白いかと思って」

 涼夏がくすっと笑った。完全にからかわれている。

 元々私は涼夏と絢音が好きで、絢音も私と涼夏が好きなのに、涼夏からは、矢印が私にしか向いていなかった。その関係性はずっと気になっていたので、涼夏が絢音を好きになるのは嬉しいが、何も抱き合ってキスしながら話すことはないだろう。

 拗ねたようにそう糾弾すると、涼夏が私の胸に手を這わせながら笑った。

「なるほど。嫉妬する千紗都も可愛いな」

「嫉妬じゃないし!」

「そういうことにしておこう」

「うわー、奈都っぽい反応だ」

 げんなりしたように言うと、涼夏は何故か嬉しそうに微笑んだ。

 奈都と言えば、あの子も矢印が私にしか向いていないが、帰宅部ではないし、中学からの友達なので仕方ない。そもそも矢印がちゃんと私を向いているのかも怪しいが、愛情表現は人それぞれだ。

「奈都も私と恋愛したいのかなぁ」

 涼夏の腋や背中に指を這わせながらそう言うと、色っぽい顔をしていた涼夏が驚いたように目を見開いた。

「なんで今この状況で、ナッちゃんの話をし始めるの!?」

「あっ……」

 人のことは言えなかった。

 適度に汗をかいてからベッドから下りて、買ってきたケーキを皿に移した。涼夏が乱れた髪を整えながら、「可愛い千紗都と美味しいケーキ」と鼻歌を歌うように言った。聞き覚えのあるフレーズだ。1年ほど前、妹のことで涼夏に相談された時、確かそんなようなことを言っていた。

「恋愛っていうと、秋歩ちゃんはもう彼氏作ったの?」

 チョコレートケーキを頬張りながら聞いてみる。涼夏の妹は、涼夏とは正反対に男子との恋愛に精を出しているが、冬休みの時にはいないようなことを言っていた。

 涼夏はやはり興味無さそうに首を振った。

「知らんねぇ。最近はそういう話をしなくなった」

「聞かないの?」

「自分からは。秋歩が恋愛をすることは止めないけど、私は男女の恋愛トークが好きじゃない」

 淡々とそう言いながら、涼夏がケーキを口に運んで、満足そうに微笑んだ。あの時と違ってコンビニのケーキだが、あの時よりずっと気分が良いので、美味しく感じる。正直、あの日は何のケーキを食べたかも覚えていない。

 それにしても、涼夏も私と同じで恋愛話が苦手なら、広田さんとの時間はさぞかし苦痛だっただろう。前に相談を受けた時ですら、私や絢音の恋愛話を聞きたがった子だ。当然涼夏にも聞いているはずだ。

 からかうように聞いてみると、涼夏は呆れたように肩をすくめた。

「まあ、叩いても何も出て来ないから、別に聞かれてもいいけど。そんなことより、私は何をして遊んだとか、今何に興味があるかとか、個人の話が聞きたいね」

「あー、いるよね。彼氏の話しかしない子」

 広田さんがそうというわけではないが、中には本当に男の話しかしない子もいる。涼夏の妹もそういうところがあるし、女子は多いのかもしれない。

「結婚する前は彼氏の話ばかり、結婚したら子供の話ばかり。そんなもんだと、私の母親が言っておりました」

 涼夏がため息をついて、私もふぅと息を吐いた。

「私ももしかしたら、友達の話ばかりかも。私は涼夏と絢音に依存して生きてる」

「友達の話はいいんだよ……っていうのは、さすがに勝手か。単に私が男嫌いなだけかもだな」

 恋愛話が好きな人は、恋愛話が好きな人たちとつるめばいい。涼夏の考えは褒められたものではないかもしれないが、私も絢音も同じだからそれでいい。

 ケーキがなくなったので、一緒に動画を見ることにした。私も涼夏も、コスメや美容関係の動画をよく見るが、二人で一緒に見ることは少ない。

 あれこれ言いながら動画を見ていると、なんだか懐かしい感じがした。元々こんなふうに過ごしていたし、それが失われていなかったことに安心する。

 まだ完全には戻っていないし、そこまですべての人間関係を切り捨てたいわけでもない。この先も環境や人間関係は変わっていくだろう。それでも、幽霊部員も含めて私たち4人の関係だけは、絶対に変わらないようにしたい。

 今後訪れるであろうもっと大きな変化のために、4月からの日々は「聖域事変」と名付けて、私たちの教訓としよう。


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