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第40話 相談(2)

 ゴールデンウィークが終わってすぐ、広田さんから「相談したいことがある」と話しかけられた。親愛なる部員以外からそんなことを言われたのは初めてで驚いたが、断る理由もなかったので、役に立てるかはわからないがと予防線を張った上で承諾した。

 その日は涼夏がバイトで、絢音と過ごす予定だったから、絢音が一緒でもいいか聞くと、広田さんは2秒ほど考えてから頷いた。

「西畑さんならいいよ」

 それは、涼夏ではダメという意味だろうか。それを聞くのも意地が悪いと思ったのでやめておいたが、もし広田さんが少しでも涼夏のことを悪く言ったら、その時は私や絢音との仲もおしまいだと思って欲しい。

 クラスメイトと揉めたくなかったので、心配しながら放課後を待ったが、幸いにもそういう話ではなかった。

 上ノ水駅から少し歩いた所にある喫茶店に入るや否や、広田さんが切り出したのは恋愛相談だった。安心はしたが、相談相手として私が適しているとはとても思えない。それこそ涼夏の方が良かったのではないかと言うと、広田さんは困ったように微笑んだ。

「涼夏と朋花の仲がわからないから。涼夏自身は頼りにしてるよ」

 それは頷ける理由だった。今私たちがこうして一緒にいるのも、長井さんが涼夏と友達になりたかったからで、涼夏もそれを拒んでいない。広田さんの好きな人が岩崎君なのは明白で、その岩崎君はどうやら長井さんのことが好きらしい。涼夏に言いづらいという広田さんの気持ちはわかる。

「ゴールデンウィークに岩崎君と何かあったの?」

 絢音が穏やかに促すと、広田さんは難しそうに眉根を寄せた。

「何回かみんなで遊んだら、朋花が川波君の友達の江塚君のことが気に入ったみたいで、あの子にしては珍しく恋愛感情を抱いてるみたい」

 江塚君とは、もちろん去年一緒に文化祭を頑張った猪谷組の江塚君だろう。涼夏に振られながら、まだ涼夏に気がありそうなことを川波君から聞いたが、とうとう諦めて他の女子に目を向けたのだろうか。

 今の話だけでは、長井さんの片想いなのか、それともいい感じなのかわからない。ただ、それはあまり重要ではないのかもしれない。

「もし長井さんが江塚君と付き合ったら、広田さんには順風に思えるけど」

 広田さんと長井さんは仲が良いが、恋愛的には恋敵である。長井さんが他の男子とくっついた方が、広田さんが岩崎君と上手くいく可能性は上がるだろう。

 もちろん、長井さんに彼氏がいるかどうかと、岩崎君が広田さんを好きかどうかはまったく関係ないが、江塚君とて、もし涼夏に告白していなかったら、状況はまた違っただろう。

 なにせ恋愛には疎いので、極めて論理的にそう伝えると、広田さんは「そうなんだけどね」と曖昧なため息をついた。

「そもそも朋花は恋愛より友達って感じだったのが、とうとう恋を覚えちゃったみたいな? その状況で岩崎君が告白したらどうなるだろうっていうのが私の心配で、それより先に私から告白すべきかっていうのが私の相談」

 なるほど、わからない。

 こういう時は、私が思ったことよりも、広田さんの欲しい言葉をかけてあげたいが、どうも本当に悩んでいて、背中を押して欲しい感じでもないようだった。

 長井さんが江塚君に告白してOKか振られるか、岩崎君が長井さんに告白してOKか振られるか、広田さんが岩崎君に告白してOKか振られるか。そのどれもまったく読めない上、長井さんが振られた後に岩崎君が告白したらどうなるかとか、タイミングまで考え出したらそのパターンは膨大だ。

 いっそすべてのパターンと、その結果起こる状況を列挙して、最善の選択を機械的に導き出したいが、広田さんもそういうのは求めていないだろう。それならまだ、璃奈先輩を捕まえて占ってもらった方がずっとましだ。

「長井さんと岩崎君の関係をよくわかってないけど、実際どうなの? あの二人、去年はクラスが違ったんだよね?」

 絢音が静かな口調で尋ねた。絢音も私と同じで、恋愛にはまったく縁も興味もないが、マンガも読むし音楽も聴くし、色々なものに触れている分、私より提示できる選択の幅は広そうだ。

「一緒に帰ったりはしてなかったけど、仲は良かったみたい。まあでも、朋花は全方向と仲良くしてたから。涼夏もそうでしょ?」

 広田さんの言葉に、私は思わず苦笑いを浮かべて頷いた。涼夏も分け隔てなく親しげに付き合った結果、無数の男子に告白され、それをことごとく振っている。考えてみたらひどい女だ。冗談めかしてそう言うと、広田さんが可笑しそうに頬を緩めた。

「まあ、朋花はあんまりそういうのはないみたいだけど。こう言ったら朋花に悪いけど、涼夏は可愛すぎる。涼夏と戦える人なんて、他に一人しかいない」

 広田さんが真っ直ぐ私の目を見つめて、私は何でもないようにジュースに手を伸ばした。隣で絢音がくすくす笑っている。この子も十分可愛いのに、明らかに過小評価されている。

「涼夏はまあ、性格も天使だからね」

「野阪さんは恋愛話はないの? 学びを得たい」

「ないね。長井さんと江塚君が先にくっついてくれるのが、広田さん的には理想的な展開だね」

 強制的に話を戻すと、広田さんは「そうだね」と頷いた。

 ゴールデンウィークの話を聞くと、メンバーのそれぞれが1年の頃の仲間も集めて、公園で大鬼ごっこ大会を開いた際、長井さんと江塚君が仲良くなったそうだ。

 個人的には彼らの恋愛話よりも、大鬼ごっこ大会の方が気になって仕方ないが、それこそ脱線なので別の機会に聞くことにした。

「川波君を煽って、江塚君に告白するよう言うか」

 これも冗談のニュアンスでそう言うと、広田さんがからかうように目を細めた。

「野阪さん、川波君と仲いいし」

「勘違いだよ。あっちの私を好きだっていう感情を便利に使ってるだけ」

「怖いし! これだから美人は!」

 広田さんが大袈裟に声を上げる。帰宅部ジョークの一つなので、本気で受け取っていないことを願いたい。

「実際、もし岩崎君が告白しても、長井さんはOKしないし、長井さんからも江塚君に告白しないと思うな」

 絢音が冷静にそう分析した。長井さんが広田さんや岩崎君の気持ちに気付いているかはわからないが、江塚君と付き合うとなれば、色々なバランスや関係が崩れるのは間違いない。長井さんは優先度的にそうはしないだろうというのが絢音の考えである。

 広田さんはそれに否定も肯定もせずに、目を輝かせて身を乗り出した。

「西畑さんは恋愛話はないの?」

「生憎。告白されて断った経験が少しあるくらいだね」

「私はそれすらない」

「いつも岩崎君と一緒にいるからじゃない?」

 広田さんのパーソナリティーには何も問題はない。絢音が言外にそれをほのめかすと、広田さんは嬉しそうに微笑んだ。

 実際、二人は1年の時から同じクラスで、同じ帰宅部で、家も同じ方向だ。一緒に帰ることも多いし、付き合っていると認識している男子も多いだろう。

 その後は広く一般的な恋愛トークと、クラスについての雑談に花を咲かせて、遅くなる前に店を出た。広田さんは「ありがとう」と言って帰っていったが、果たして役に立ったのだろうか。

 絢音と二人で古沼に移動すると、適当なベンチに腰掛けた。腕をピッタリくっつけて手を握ると、絢音も指を絡めてグッと力を込めた。

 少し疲れた。率直にそう言うと、絢音が可笑しそうに頬を緩めた。

「あの子、恋愛トーク大好きだね。まあ、私も別に嫌いじゃないけど」

「そうなの? 私と同じで全然興味ないのかと思った」

「千紗都と恋愛したい」

「ああ、そういう感じのね」

 呆れたような安心したような、なんだかよくわからない気持ちになったので、深く息を吐いて隣を見た。絢音がキラキラした瞳で私を見つめていたので、周囲の目を盗んでキスをした。

「今日の話で一番印象的だったのは、大鬼ごっこ大会かな」

「面白そうだったね」

「私たちがゴールデンウィークを満喫してる間に、長井さんたちも色んなことして、関係も変わって、悩んだり恋したりして。その場に私たちがいないことに、安心した」

「安心したんだ」

 絢音が意外そうに声を上げた。首を傾げると、絢音が楽しそうに目を細めた。

「寂しいって言いそうな台詞と表情だった」

「私はあの子たちにとって大事な存在になりたくない」

 口をついて出た言葉の響きが思ったよりも冷たくて、自分で驚いた。

 中1の時、私は友達が多かった。しかし、中2の終わりには誰もいなくなってしまった。私は恋愛が好きな彼女たちを、無意識の内に昔の友達と重ねているのかもしれない。奈都とは違う意味で、私も男女の恋愛が苦手だ。

「私は?」

 絢音が静かにそう聞いた。その表情に不安の色はなく、私の答えも確信しているようである。だから私は、いつも通り本心を伝えた。

「私なしじゃ生きられないくらい、大事な存在になりたい」

 今度は人目も憚らずにキスすると、絢音は満足したように微笑んだ。


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