第34話 動画(5)
少しだけ風に春の匂いが混じり始めた頃、奈都から進捗はどうかと聞かれた。ぼちぼちだと答えると、改めて楽しみにしていると言われた。結局気は変わることなく、作り手として参加するつもりはないようだ。
「奈都が一歩踏み込んで来ないのは、もし最悪の展開になった時に、心に受けるダメージを最小限に抑えるためなの?」
何気なくそう聞いてみると、奈都はひどく驚いた顔をしてから、慌てた様子で首を振った。
「そんな難しいこと考えてないよ! あんまり自分から発信することに興味がなかっただけで、もし自分にも楽しめそうな企画だったら、ちゃんと参加させてもらうから!」
「早口だね」
「それ、定番化しないで」
何にしろ、意図的に距離を置いているわけではないのなら安心だ。もちろん、無意識にそうしている可能性はあるが、いずれにせよ「最悪の展開」など起こしはしない。時々夏休み前の喧嘩を思い出すが、私の方でも、あの時よりもずっと奈都のことを愛している。
それよりも今は、自分の動画だ。あれから高校生のVLOGを色々見てみたのだが、やはり堂々と自分を映していたり、喋ったり、通学風景や学校の中まで撮影している動画もあった。私自身、メイクの参考にさせてもらったり、日頃から見ているチャンネルもあるが、やはり自分がやりたいとはまったく思わない。
自分が映らず、喋らず、家や地域、学校が特定されることもない動画で、高校生らしいものを考えた結果、結局勉強風景を撮ることにした。最近は勉強管理アプリもあり、勉強風景の動画もジャンルの一つとして確立されている。固定したカメラで動画を撮って早送りした動画に、後から適当な音楽をオンする形だ。
数日かけて何本か撮った内の一本を、早送り編集して二人に投げると、申し合わせたように「おっぱいがエッチ」と返ってきた。YouTubeで勉強動画を見ていて、私自身がそう感じたことがあるので、想定内の反応だった。
やはり横から撮った方がいいか意見を求めたら、断然正面からだと言われた。胸だけで特定されることはないだろうし、二人がそう言うのならこのまま行こう。
その頃には絢音の動画も涼夏の動画も編集が終わり、私のも含めて素人にしては頑張ったオープニング動画も完成した。
絢音は自分で弾いたギターの音を入れて、シックな感じのオープニングだが、一曲目は可愛いアイドルソングだ。チャンネル名は『あやおと・みゅーじっく』と柔らかい印象なので、色々とちぐはぐさが否めないが、敢えてそれを狙っているらしい。
「雰囲気で曲を固定したくないしね」
そう言って笑っていたが、果たして吉と出るか凶と出るか。
涼夏の方は暖色系の色を使った穏やかな雰囲気のオープニングで、初回の動画はパスタを茹でただけということもあって、二分くらいにまとめた。もっとも、かなり切ったり貼ったりしたし、文字もたくさん入れたので、絢音の動画より時間はかかった。
私の勉強VLOGは、本当に勉強しているシーンしかないので、テロップで全然違う話をするタイプの動画にした。人気の勉強動画は、勉強シーンの合間にメイクをしたり、楽器を弾いたり、お茶を飲んだり、図書館に行くシーンや美容室に行くシーンが入っていたりと、思ったよりも普通のVLOGになっている。
あまり帰宅部のことは書きたくないし、かと言って帰宅部以外に私には何もないので、何か一つ適当にテーマを決めて、それについて語ることにした。ネットのワードジェネレーターを使ったら「断髪」という単語が出て来たので、髪についてあれこれと書き、全体として五分ほどの動画にした。
ちなみにチャンネル名は『kazano vlog』にした。kazanoは苗字のnosakaを引っくり返して濁らせたものだ。漢字は風乃にした。フォロワーが三人しかいないインスタは本名でやっているし、初めて本名ではない名前を使って、なんだか不思議な気分だ。
公開前に私の部屋に集まって、三人で動画をチェックすると、涼夏が感慨深げに言った。
「出来るもんだね。最初に千紗都から話をもらった時に考えたより、遥かにクオリティーが高い。あの卓球動画が嘘のよう」
「帰宅部って刹那的な遊びしかしてないから、こうしてひと月以上かけて、形に残るものが作れたのはいいね。絆を感じる」
絢音も満足そうに言いながら、私の動画のおっぱいを見て、うっとりと目を細めた。そこまで性的な動画でもないし、他の勉強VLOGと大差ないのだが、この二人は私のことが好き過ぎる。
三人で事前に用意したアカウントで、それぞれ動画をアップロードする。タイトルやサムネイル、いくつかの設定を埋めて投稿すると、やがて自分たちのチャンネルに動画が表示された。収益化についてはまったく考えていないので、特に何も設定していない。仕様はわからないが、広告が表示されることなく楽しんでもらえたら嬉しい。
「ついに私の指も全世界デビューか」
涼夏が大きく頷く隣で、絢音がふむと頷いた。
「世界か。説明文とか、全部英語にするのもありだったかも。日本のミュージックガールが好きな欧米人向けって感じで」
「直す?」
「まあ、また考える。しばらくこのまま様子を見よう」
もう何度も見たのに、意味もなくまた何回も見たが、再生数は増えなかった。もちろん、別々のアカウントなので、自分以外の動画ではカウントされてしまうが、それでも一や二のことだ。
アクセス数勝負は一週間後。絢音がドベということはないだろうという判断で、負けた人が勝った人に、アイスなり中華まんなりを奢ることにした。
私も涼夏も誰にもこのチャンネルを教える気はないし、絢音はバンドメンバーには伝えると言っていたが、勝負の後にすると言って笑った。
奈都にはせっかくなのでその日の内に来てもらい、全員いる前で見てもらうことにした。絢音の動画は「カッコイイ」、涼夏の動画は「シュールだね」、私の動画は「おっぱいがエッチ」とのことだ。実際のところ、ただ勉強して、髪の毛についてテロップで語っているだけなので、おっぱいくらいしか見る場所がないと言われれば、そんな気がしないでもない。
「それにしても、私が思ってたよりもずっとちゃんとしてた。もうちょっとお遊びなのかと思ってた」
奈都がそう言って手を叩く。同時に、半端な気持ちで参加しなくて良かったと言ったが、みんなで動画の作り方を勉強したり、研究のために他の人の動画を見るのはとても楽しかったので、欲を言えばやはり奈都にも参加してほしかった。
まあ、せっかくチャンネルを作ったし、絢音は元々継続するつもりでいる。涼夏も時々料理をする時に撮るだけだから、アップするかもしれないと言っていた。私もただ勉強風景を撮って、お題に沿って何かだらだらとテキストを入れるだけなので、やってみても構わない。奈都も気が向いたらいつでも参加してほしい。
なお、一週間後のアクセス数は、絢音が三十七、涼夏が十八、私が十一という、極めて順当な結果になった。実は心のどこかで百くらい行くのではないかと思っていたが、まったくそんなことはなかった。
その頃にはもう春休みに入っていたので、絢音は戦利品としてアイスを所望した。穏やかな日差しの中、絢音が美味しそうにアイスを頬張りながら言った。
「春を前に、新しいことを始めれたのは良かったね。高校生活のポテンシャルは、私が思うよりずっと高いのかもしれない」
そう思ってくれたのなら、提案した甲斐があった。
「ヴァルハラは、遠きにありて思ふもの。目指してる今が、きっと最高に幸せなんだと思う」
そっと呟くと、絢音が隣で怪訝な顔をしてから、小さく微笑んだ。
「いきなり何を言い出したのかさっぱりわからないけど、私はそんな千紗都を愛してる」
涼夏や奈都だけでなく、とうとう絢音にまで理解してもらえなくなってしまった。
もっと互いを知るために、そして日々を楽しむために、これからもたくさんの活動を企画したい。
まずは一つ、動画制作は成功した。ともに楽しんでくれた仲間たちと、そして、私の動画を見てくれた世界の数人に感謝を捧げたい。




