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第33話 チョコ(3)

 そんなわけで、チョコレートである。

 サプライズにするほどのことでもないので、涼夏と絢音にも宣言したら、絢音が「じゃあ、私も手作りにしよう」と明るい瞳で笑った。涼夏はそもそもお菓子作りが趣味のような子なので、聞くまでもない。

 ちなみに、3人とも頑張ると伝えてなお、奈都は「頑張ってね。楽しみにしてる」と他人事のように笑っていた。あの子は帰宅部の自覚が欠如している。

 手作りチョコと言えば、よく市販のチョコレートを溶かすという工程を耳にするが、やり方もわからなければ、そもそも何のためにそれをするのかもわからない。

 調べると、その工程をテンパリングと言うらしい。名前は聞いたことがあるが、てっきりテンパった時に使う言葉だと思っていた。他人の前で使わなくて良かった。

 そもそもチョコレートとは何か。哲学的な問いであるが、チョコレートはカカオの種子を発酵させたものに、カカオバターや砂糖を加えてできるものらしい。そのカカオバターもカカオから抽出されるらしいので、よく意味がわからない。

 ただ、このカカオバターを理解することが、テンパリングにおいてとても大切なことらしい。涼夏にも聞いたら、乳化や融点について熱く語り始めたので、何も聞かなかったことにした。料理部というのは、レシピ通りに料理を作るだけではなく、原理も勉強するらしい。

 とりあえず適切な温度で溶かして、適切な温度で固めるのをやってみようと、タブレットで動画を見ながら挑戦してみた。まあまあいい感じにトロリと溶けたと思うが、それをどう使うのかはまだ知らない。

 写真を撮って、二人に「これをどうしたらいいかわからない」と送ったら、涼夏からは「先に何を作るか決めてからやって」ともっともな指摘を受け、絢音からは「ナイストライ!」と褒められた。

 ひとまず家にあった適当な型に入れて冷やして食べたら、思ったよりは美味しくなかった。何もいじっていないので、成分的には溶かす前のチョコレートと同じ味がして欲しかったが、食べ比べたら明らかに溶かす前の方が美味しかった。

 市販品の方が美味しいと言っていた奈都の言葉が脳裏をよぎる。冷やす時に面倒くさくなって適当にやったのがいけなかったのだろう。作っていたら母親が帰ってきたので、試しに食べてもらったら微妙な顔をしていた。とても残念だ。

 出来はともかく、こうして手を動かして何かを作ったというのは大きな一歩である。次の日も何か挑戦しようと二人に話すと、絢音が一緒にやりたいと言った。放課後、涼夏と別れてから材料の買い出しに行く。ババロアを作ってみることになり、生クリームや粉ゼラチンを買って家に帰った。

「1時間冷やす工程があるから、そこで1時間チャレンジをしよう」

 絢音がにこにこしながらそう言って、私は自分の体を抱きしめてふるふると頭を振った。

「私の体が目当てなのね!」

「そう」

「力強い肯定」

 くだらない話をしながら、昨日と同じようにタブレットでレシピを開く。二人いるので、テンパリング担当と生クリームを泡立てる担当に分かれた。テンパリングは電子レンジでもできるとのことで、今日はその方法に挑戦してみた。生クリームの方は、ミキサーがないので交代しながら手で頑張る。

 ゼラチンを入れたチョコレートミルクを、数回に分けて生クリームに注ぎ込む。なんとかそれっぽい感じになったので、冷やす前に写真を撮って涼夏に送った。

 予定通り1時間ほど二人でベッドでごろごろしていたら、いい運動になった。汗もかいたし、美味しくババロアが食べられそうだと、冷蔵庫から取り出して皿に載せた。

「結構美味しそう」

 写真だけ撮ってから食べてみると、味は良かった。ただ、舌触りが思ったほど滑らかではなく、やはり市販品と比べると劣る。

「どうしてこうなるんだろ」

「ゼラチンかなぁ。チョコレートかなぁ。わかんない」

「レシピ通りに作ればなんとかなると思ったんだけど、意外と難しいんだね」

「苦戦すればするほど、涼夏のすごさがわかるね」

 二人で感想を言いながら食べて、皿を片付けた。まだたくさん残っているので、絢音は家に持って帰って家族に食べさせると言った。男兄弟もいるし、すぐになくなるだろう。

 私の方はどうしようか。

「これ、作るのも楽しいし、食べるのも美味しいけど、太りそうだね」

「千紗都……」

 何を思ったのか、絢音が憐みの目を向ける。私は勢いよく首を振った。

「そんな目で見ないで! だいぶ痩せたし!」

「うん。夏頃の完全体に戻った」

「まあ、奈都にあげよう」

 さっき撮った写真と一緒に、奈都に家に寄るようメールした。

 そろそろ帰ると言う絢音を送り出し、部屋で宿題をしていたら奈都から返事が来た。今部活が終わったのかと思ったら、もう最寄り駅にいるから、10分くらいで着くという。

 待っているとインターホンが鳴った。部屋に招くや否や、早速ババロアを押し付けると、奈都が苦笑いを浮かべた。

「バレンタイン台無しなんだけど」

「試作だから。当日はもっとすごいの作るから!」

「それは期待してる」

 バレンタインまでまだ1週間以上ある。その頃にはもっと上手になっているだろうが、毎日チョコレートを食べていたら本当に太ってしまう。

「どんどん作るから、どんどん食べて」

「いや、太るし!」

「奈都は運動してるから大丈夫」

 バトン部の運動量は知らないが、何もしていない私よりは遥かにカロリーを消費しているだろう。

 お腹や太ももを指でつまんでいたら、奈都が恥ずかしそうに顔を赤くした。作る気がないなら、せめて食べる係になってもらおう。なんとなく胸の肉を揉みながら、私は勝手にそう任命した。


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