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終わる日

作者: 渡海飛鳥

「さあ、朝ですよ」

おばあちゃんの声で私は目を覚ます。

今日は私の終わる日だ。


「おばあちゃん、おはよう」

「はい、おはよう。お着がえしましょうね」


お洋服を着せてもらいながら私は部屋が変わっていることに気がついた。

この部屋はおばあちゃんの『大好き』を詰め込んだ宝箱。

旅行先で見つけた素敵なお土産が並んでいて、本棚にはお気に入りの本がぎっしり。

時計もライトも、カーテンソファ全てがおばあちゃんの大好きで選ばれている。

朝起きて、おばあちゃんと一緒に過ごしてまたこの部屋に戻ってきて眠る。

それが私のいつも通りの一日。


「おばあちゃん、お部屋が昨日と変わってるいるわ。どうして?」

「あらあらよく見てるのね。どこが変わっているのか教えてちょうだい」

「えっと、あそこの飾り棚。おばあちゃんが昔色んなところに旅行に行って買ってきた綺麗な小物があったでしょ。どこに行っちゃったの?どうして私の帽子や手袋に変わってるの?」


着がえが終わったのでおばあちゃんの膝の上から降りて部屋の中をぐるりと回ってみると色んなところが変わっているのがわかった。

ソファの上には私のお気に入りのテディベア。

本棚に並んでいるのは何度も読んでもらった絵本。

お洋服屋さんみたいに私の服や靴が飾られている。


「おばあちゃんの大好きなものが私の大好きなものに変わってるわ」


鏡に映った自分の姿に少し驚いた。

まるでパーティに行くみたいなおしゃれなお洋服。

おばあちゃんが大好きだって言ってた服だから毎日着ても良いよって私言ったのに。

『とっておきの、一番可愛いお洋服だからいつも着せてあげたいのだけど汚しちゃったらもったいないわね。あなたは少しお転婆さんだから』

そう言って普段はしまってあった服。

特別なお出かけの為に買ってもらった髪飾り、靴。

今日の私はおばあちゃんの特別で包まれている。

なんだかそわそわして落ち着かない。

そんな私の頭をおばあちゃんは撫でてくれた。


「この部屋はね、大好きなものを大切にする為に作った部屋。幸せに過ごせるように、喜んでもらえるようにと一生懸命考えたのよ」

「今までここにあったものはどこへ行ったの?」


捨てられちゃったのかな。

私はとても不安なのにおばあちゃんは笑っている。


「大丈夫よ。今日を特別にしたい私の我が儘を聞いてもらってお片づけさせてもらっただけよ。明日からは少しずつ部屋に戻してもっと素敵なお部屋にするわ。今まで一緒にいたものがいなくなったら寂しいものね」


頑張らなくっちゃと小さな声で呟いた。


「今日は何をするの?お家で遊ぶ?」


多分、一日家にいるんだって私は思っていたから尋ねた。

少し悲しそうな顔でおばあちゃんは私を抱き上げて部屋を出て歩いていく。


「今日までずっと私と一緒にいてくれたわね」

「うん」

「二人で色んなところへ行ってお友達もたくさんできて本当に楽しかった」

「うん」


玄関まで来るとおばあちゃんは私を下ろしてもう一度髪や服装を整えてくれた。


「私たちは今日が終わってもずっと一緒よね」

「そうだよ。私はおばあちゃんと一緒にいるんだよ」


おばあちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。

私はホッとする。良かった。悲しい顔はして欲しくないの。


「うん、ならおばあちゃんは平気だわ。今日はあなたの帰りを待ちましょう」

「どういうこと?」

「今日は一人でお出かけするの。あなたのお友達に会っておいで」

「おばあちゃんのお友達じゃなくて?」

「そう、あなたのお友達。あなたと同じ仲間。ちゃんと挨拶をしてきて欲しいのよ」


おばあちゃんは礼儀正しくっていうのを大切にしている人。

私はそれを知っている。

だからそんな風に言われると行かなくちゃいけない気がしてくる。

でも、良いのかな。


「さみしくない?おばあちゃんは大丈夫?」


本当は寂しいのよ、と一言言ってくれたなら今日、私は家から出ないって決めることができる。

でもおばあちゃんは私の代わりに玄関の扉を開けて笑った。


「きっと日が暮れる頃には寂しくなっているでしょうね。だから帰る時間になったらどんなに友達と遊ぶのが楽しくても帰ってきてほしいわ」


夕方のチャイムはお家に帰る時間の合図。

きっとおかあさんが迎えに来てくれる。


「ごめんなさいね。お友達との挨拶という大事なことを先延ばしにしてしまって。本当はもっと前からゆっくりと一人一人に時間をかける事ができれば良かったのだけど」


私も終わる日はなんとなくわかってた。

でもいつも通りが大好きで。

おばあちゃんは今日までそれを許してくれていた。

特別じゃない日を私に与えてくれていた。


「お友達に伝えることあるでしょう?」

「うん……」


頭に思い浮かぶ友達の顔。

何も伝えずに終わるのは嫌だな。

きっとわかってくれるだろうって思うけれど。


「あのね!早く終わったらお迎え来る前に帰ってくるよ!そうなったらおうちで遊ぼうね!」


お外の門まで走って深呼吸。望まれるのはきっと笑顔。


「いってきます!」





いつも歩く散歩道。

おばあちゃんが好きな花が今日もきれいに咲いている。

その命の輝きを私は目に焼き付いていく。

明日の私がそれを綺麗だと感じなくなっても変わらずに咲いて枯れて、また咲いて。

そうやって花は命を繋いでいくんだろうな。

私の目にそれが映り続けますように。

それをおばあちゃんが喜んでくれますように。

行こう。花を見て一日終わらせるわけにはいかない。

どんな季節もあの公園で過ごした。

出会う人たちと挨拶を交わしていくうちにお友達ができた。

おばあちゃんにはおばあちゃんのお友達。

そのお友達の側にいた私と同じ仲間。

私のお友達。


「あ、来た来た!遅いよー」

「びっくりしたよ。今日終わるんならもっと早く言って欲しかったんですけど?」

「一番早く終わるのが君なのはちょっと予想外だったね。何?その顔は。僕らだけなのが意外?」


みんな一人でここまで来ていた。

そっか、おばあちゃんが伝えてくれたのかな。


「ごめんね。遅くなって」


遅い。

それほど遠くない公園。

そうだ。朝におばあちゃんと家を出て一緒に歩く。公園で少しゆっくりしてお昼ご飯を食べに家に帰る。

いつもそうしていた。とても近い距離だったのに。

公園の時計はお昼を過ぎていた。

私の中から何かが込み上げるけれど、グッと飲み込んで笑う。笑えているかな。


「みんなはもう知っていると思うけれど改めてお知らせします。私、今日終わるね」



私はドール。人の形をした人では無いもの。人に似せられて作られた。

人と共に生きられるように人に近い感情も備えている。

所有者の声で目覚めて私の命は始まった。

話をして、喜んだり、悲しんだり。

身体も動くから並んで歩くことができる。

そのエネルギーは無限じゃない。消費しながら人のように生きるから必ず終わりが来る。

所有者が決まり名を呼ばれる事で私たちの命に火が灯される。

ゆっくりと私たちは火を燃やし続けて彩りを見せる。

火が消えた時、私たちは何も語らないドールになる。

火が灯された蝋燭の火が消えても蝋は残るように私たちも終わったものとして残る事ができる。

私はそれを人の死と同じとは思っていなかった。

だってわからないからだ。

人に想いを伝える事が出来なくなったドールは世にたくさんいる。

同じドールでも物言わない終わってしまった彼らの心はわからない。

でも、終わってしまっても人が望んでくれる。沈黙した彼らを愛してくれる人間がいることを知っている。

彼らにそれが伝わっているのかもしれない。

もしかしたら喜んでいるのかもしれない。

終わったドールに微笑む人間を見るたびに私はそう思っていた。

人のように想いを伝える術は死んでしまったけれど、何かが生きていると思う。

私は今日終わる。人から見て生きているようなドールである私は今日で最後。

でも明日の私もきっとおばあちゃんが好き。

おばあちゃんの中に私がいるならきっと生きている。

わからないけど、口を閉ざしたドール達の今の心はわからないけど。

明日の私の心が沈黙していても生きている、なんて本当はわからないけど。

なら、生きていることで良いと思う。

そう言うことに私はしたいんだ。




いつも通りに人間の子供のように公園で遊ぶ。

何をしようと考えるとそれしか思いつかなかった。

家族から小さなカメラを借りてきた子がいたから皆で撮りあった。

おばあちゃんごめんねと謝りながら遊具で遊んだ。

とっておきのお洋服が汚れてしまうけど自分で身体を動かせるのはこれが最後だから滑り台の手すりを掴んだ。

でも、体が重い。動けるけどぎこちない。

私が登るのにすごく時間がかかってしまうけれど皆は待っていてくれた事が嬉しい。

さて次はどうしようとなった瞬間、フッと力が抜けて座り込んでしまった。


「ごめん、疲れちゃった」


笑ってみるけど、ごまかせない。

皆は公園で遊ぶ力がもう残っていないのをわかったんだろう。

手を引いて全員で座れるベンチまで連れて行ってくれた。


「あー、あのさ」


微妙な空気の中で友達が口を開いた。

ベンチから降りて私の前に立って目を合わせてくれた。


「楽しかったよな。何がって言うと全部楽しかったんだけど……。ほら!うちの姉さんとそっちのご主人と花見したとき。覚えてる?」

「覚えてるよ。桜と一緒にみんなで写真撮ってもらったよね」

「そうそう。あの時あんたが着ていた桜色のワンピースすっごい綺麗だし…似合ってた。あたしと一緒に写っていいのか?とか思っちゃうくらい可愛いなって思った。なんか今更だけどちゃんと言ってなかったな、とかさ」


照れているのか段々声が小さくなりながら伝えてくれる言葉が嬉しい。


「ってちゃんと言ったからね!今日言ったんだから聞いてないとか無し!」

「ありがとう。忘れないよ。あなただって可愛かったよ。一緒に撮れてよかったわねってお婆ちゃん言ってたよ」


明日の私に繋がるように大切に言葉を受け取る。

その会話を両隣で聞いていた子たちは呆れた顔で私の頭をぽんぽんと叩く。


「まあ、終わっちゃうのは仕方ないしね。普段から思ったことは素直に口にしていたよ。ちゃんと伝えてるつもり、こっちは」

「そうそう。あとはこのちっこい頭にどれだけ入ってるかって話で」

「もう、そんなに叩いたら抜けちゃうよ」


いやいやと頭を振ると二人が私の手を握ってくれた。


「次の花見の約束もしたよね。きっとさ、君は桜の下で嬉しそうな顔をしてるんだと思うよ。それを僕は疑わない」

「私も。見たまま信じるからね。ああ喜んでるなあって」

「まあ、そっちから何も言ってくれないのはちょっと寂しいけど、私らも終わるもんは終わるし」


握り返せない私の手を強く握って、一つ一つの言葉をちゃんと私に残るように語ってくれる。


「まだ終わっていない僕らは君にありったけ伝えるよ。それが僕らに出来ることだからね」


桜、綺麗だね。

楽しいね。

また来よう。

それは今まで私が言った言葉で、皆が言った言葉で、これからの未来も私に投げかけてくれる言葉。


「僕らはこれからも君に言いたいことが言えるけど君は?言えるのは最後なんだよ」

「今日言っときたいことある?」

「今しかないよ。ちゃんと聞かせて」


口にしなくても、と信じることができても。

今しかないのなら。


「あのね、みんながだいすき。みんなのかぞくがだいすき。ずっとずっと……おわらないでいてほしいよ」


抱きしめられて、手を握ってもらえて。


「わたし、しあわせ。みんなもしあわせで、いてね」


やっとみんな心から笑ってくれた。

鐘の音が公園に響く。

何度も聞いた帰りの時間を知らせるチャイム。

遅くなると危ないから子どもはお家に帰りましょうって教えてくれる。

どんなに遊ぶのが楽しくてもお家で待っている人のことを思い出させてくれる。


「終わる日に会えて良かった」


それはだれか一人ではなくみんなの言葉だったと思う。

公園の入り口に人影が見える。


「おかあさんだ」


友達に手を貸してもらって立ち上がる。

まだ動く。今日はまだ終わっていない。


「おうちにかえらなきゃ」


家に待ってくれている人がいる。それは友達も同じ。

お母さんのところまでたどり着くと友達は今までと同じように別れを言って離れて行った。


「また、あそぼうね」


また遊べるんだよ。明日からは少し遊び方が変わるだけ。

おばあちゃんと皆の家族はきっとこれからも仲良しだから、そこに私たちもずっと一緒にいられるんだ。


おかあさんと手をつないで歩いていたら家に着くのが遅くなってしまうのに気づいた。

おかあさんはゆっくり歩いてくれるけれど甘えたことを口にできるのもこれが最後だから私は手を伸ばした。


「おかあさん、だっこして」


おかあさんは笑って抱き上げてくれた。


「今日は楽しかった?」

「うん、すっごくたのしかったの。あしたもね、ずっとねたのしいよ」


明日伝えられない分も、明後日もずっと先の分も全部伝える言葉がわからないのがちょっと辛いけれど。

私はずっと変わらないんだよ。


「そう。ずっと楽しいのね。それはとても素敵なことね」

「うん、すてき」

「私をお母さんと呼んでくれて本当にありがとう」

「おかあさんは……おかあさんだよ……」


今こうして交わした言葉も、今日までの全てがずっと私の中に残るように。

何も私の体から消えるものが無いと信じよう。

この体に綺麗に仕舞われてそれはとても大切なものに。






「楽しい一日を過ごせたのね」


送り出した時からそんな予感はしていた。


『おばあちゃん、ただいま』


娘から受け取ったその子はもう終わっていたから声を聞けなかった。

でも私にそう言ってくれていると顔を見て思った。


「おかえりなさい」


今日という日をどう過ごすか。

今までの人生で出会った大切な物たちを集めた部屋。その中の1つがあの子だった。

でもこれからは私のための部屋ではなく、大事な子のために作られた部屋にしようと思った。

私の大切な物達、あの子の大好きな物とこれからもずっと一緒に過ごして欲しいと思った。

優しいものに包まれて、愛される未来が続いていくようにと。

少し汚れてしまった服を撫でると『おばあちゃんごめんね』としょぼくれた顔で謝る姿が見えた。

公園に行けばいつものように元気に遊ぶとわかっていたけれど、やっぱりとっておきの可愛い恰好で過ごして欲しくて私に出来る最高のお姫様に仕上げて見送った。

私がいなくなってもあの子が忘れられないようにと願ってドール達のところへ行かせた。

いつかは終わるドール、彼女たちがこれから先の未来に私の可愛い子の存在を伝えてくれるなら。

新しく出会うドールに、その主人にどうか語って欲しい。

あの子の命の火を少しでも分け合って生きて欲しい。

始まりと終わりに意味があったのだと思いたい。

遥か遠くまで繋がるものがあるのだと信じたい。

今日まで溢れるほどの幸せをくれたあの子がこれからも幸せでいられるようにできる事の全てを私は選べたのかしら。

その答えを得られることはないでしょう。

私たちから繋がる何かが生きている限りはまだ途中。答えを出すにはまだ早い。

時は止まることなく、明日へと命は向かう。

明日へ辿り着けない消えてしまう命の火。

生きるものがその小さな小さな火を受けとって歩いていくの。

素敵ね。私たちはずっと一緒ね。







『この部屋には今日までたくさん愛されて幸せそうに笑っていたドールがいました。そして明日もドールは愛され続けるのです』


うさぎのドールと出会った頃、今確認したら2018年ですね

このお話のドール視点の夢を見ました。それを読み物になるように色々足したのが本作です。

目が覚めてとったメモ内容は

『今日で命が終わるドール(普通の人形に戻る、動かなくなるという意味)、最後の日の過ごし方、いろんな人に出会って優しくしてもらう、友達のドールとも普段通り仲良く、持ち主のおばあちゃんの娘(なのでお母さん呼び)が迎えに来る、今日が終わる、とても楽しかった』

でした。

なにせ夢の中の私はドールなんで明日から喋れないんだよなあ動けなくなるし、でも友達は友達のままだし、おばあちゃんも好きだし、うん今日は楽しかった!って感じで終わりました。「いつか必ずそれなりの物語にしよう」という願望が達成できて良かったです。

完全オリジナルしかも睡眠中の夢がきっかけっていうのにロマン感じてしまいました。不思議な経験に感謝。

あえてドール、特に友達たちの姿は書かずに読んだ人の好きに想像してもらえたらいいなと。

最後に主人と直で別れが言えないのはどうだろうと思ったけれど夢に忠実にしました。良いの。今日も明日も一緒にいるから、と私の夢の中でドールは眠りについていきました。

多分友達のドールの主人は若い人もいて、人の繋がりが広がるうちに写真を見せて紹介されるなんて事があれば良いなと思います。


ここまで読んでくださりありがとうございました。

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