01 自称神様と自称魔女。
お試しに3話だけ。
20200508
ティーカップの中に浮かぶローズヒップを啜る。
「だから、私はチェスが出来ないと言っているじゃない」
「だから、僕が教えると言っているじゃない」
白い空間の中に用意されている純白のテーブルの上には、二人分のティーカップと高級感溢れるチェス盤が置かれている。
椅子に腰かけていた私は、目の前の純白の髪の少年に、言い飽きた言葉を向けた。
少年もお決まりになった言葉を笑って返す。
「私は駒を動かすとか、向かないのよ」
「そうだね。君の場合、単身で乗り込んで無双する方が向いているもんね」
ニヤニヤしながら、一つの白い駒を動かす少年。
その駒がキングと呼ばれていることくらいなら知っている。
そして私は、クイーンと呼ばれている白銀の駒をチェス盤からテーブルの上に移動して、キングの駒と向き合わせた。
白いキング。白銀のクイーン。
白い少年と、白銀の私。
「いい加減、私をこの空間に呼ぶこともやめてほしいわ」
ていっと、キングの駒を指で転がす。
「暇していると思って、招待したのに」
「暇をしているのは、神様であるあなたでしょう」
少年の姿をした彼は、神様と呼ばれる存在。
「私は異世界を満喫しているわよ、暇人扱いはやめてよ」
「十年暴れ回って、いきなり隠居生活なんて、退屈だろう?」
「暴れ回ったとは失礼すぎるわ」
はぁ、とため息を吐いて、頬杖をつく。
「異世界転移の魔法で不老不死になっちゃったからって、魔女を名乗って森に住むなんて、変な子だね」
「いいじゃない。転移先の世界にとって、魔女って存在はおとぎ話だけだもの。私がなってもいいでしょ?」
長くなった白銀の髪を撫でつける。
異世界転移した当時は、この髪はボブヘアだった。その上、ラフなズボンと長袖の上着を合わせた部屋着。ほぼ引きこもり生活で野暮ったい体型になり、眉さえも揃えていない顔に、黒縁眼鏡をかけていたのだった。
おおむね、女性とは思えない格好のせいで、私は異世界から召喚しやがった人々に男性と思われたのだ。
幼い頃には可愛いともてはやされたのに、女性とみなされなかったのは、軽く殺意を抱いた。
勝手に召喚した上に、副作用で不老不死になってしまったのだから、怒りを通り越してほとほと呆れてしまったのだ。
結局、私は召喚した理由である魔王の討伐に男装を貫いて力を貸したのは、お人好しすぎるか。
不老不死になると知ったのは、異世界転移の直前だ。
こんな風に、白い空間にいた。神様を名乗る少年に、不老不死になってしまうと教えてくれたのだ。
世界から世界に移動するには、命がいくつあっても足りない。可能にするために、だからこそ、不老不死になってしまったのだと聞いた。
髪と瞳の色は白銀となってしまったのも、副作用のうちだ。
「いやいや、君なら功績で不滅の王にもなれるじゃないか」
宙に浮かぶキングの駒が、テーブルに再び置かれた。
私はその駒を持って、大きく振りかぶり、遠くに向かって投げる。
この空間がどこまで続いているかは知らない。
「不滅の王? エルフの王に申し訳ないわ」
ハン、と鼻で笑い退ける。言っただけで申し訳なさは感じていない。
エルフは、ほぼ不老不死だ。王はかれこれ三百年間、玉座に居座っている。殺されない限り、永遠に王でいるだろう。
私は、完璧な不老不死。まさに不滅の存在だ。
「さっき言ったように、私は駒を動かす王なんて向いてない。単身で無双した方が性に合ってる」
ぺいっと掌を払い、チェス盤の駒を全て倒した。
「なのに、どうして魔女を名乗って森に住み始めたの?」
「言ったでしょう。私は平穏に生活を送りたいだけ。もう呼び出さないでちょうだい」
「もう、僕の相手くらいしてよー」
「本音が出た」
むくれた少年の本音を聞いて、またため息をつく。
「さぁ、もうお喋りはいいでしょう。地球に帰せないなら、さっさと異世界に戻して」
「まだいいじゃん。猫宮理奈ちゃん」
「ちゃん付けされる歳じゃないし、そもそも今はキャットリーナって名乗っているの、知ってるでしょう?」
「僕にとってはいくつになっても、可愛い女の子だよ」
「自称神様だものね」
「自称魔女ちゃん。じゃあ、またね」
「もう呼ばないで」
手を振った少年に、私はもう呼ぶなと背中を向けるけれど、また呼び出されるのだと思う。
白い空間は、白の光に飲み込まれた。