67. 魔王と次期魔王
百階層。
最強にして最恐の魔王が封印されし最下層だ。
地上の魔族襲来、そして深層で進む次期魔王育成計画、確実に魔王は動いている。
その目論見も真実も今から明らかになるだろう。
百階層に続く階段は長い。
緊張感からか、コツコツと石を歩く音だけが響く。
「……ようやくだな」
「そうですね、なんだか心臓がバクバクドキドキしてます」
「しかし、わたくしたちが勝つためには冷静にならねばならないであろう。そしてわたくしはクレッシェ嬢を守るためならばこの命をも──」
「アルマデス、自分を優先するのよ。それにね、ネガティブなことを言うのはやめにするべきだわ」
「最後まで手厳しいな、クレッシェは」
「ええ、だってわたしは全員で帰還するつもりだから……」
全員……か。
そこにはミルも含まれるのだろうか。
龍人族の長はミルが次期魔王だと述べた。
もしそれが本当ならば戦うべき時がいつかくるはずだ。
階段が終わり、岩の入り口を通る。
すると、天井に連なるランプがボワッと一気に点火した。
まるで俺たちを歓迎するかのように。
そして最奥の玉座に奴はいた。
鎖で両手両足は繋がれているも、右手には赤ワインが入ったグラスを揺らしている。
頭部には黒いツノが立派に生えており、口からは長く伸びた八重歯がのぞく。
どっしりと構える初老の魔族がゆっくりとこちらを見る。
『よくぞここまで来た。我はエグゾ。いわゆる魔王というやつだ』
「どうも、俺はアインだ。よくぞ来たって言うけど、お前の配下が厄介でなかなか険しい道のりだったがな」
『我はお主らならば来ると信じていた。なぜならば全て見ていたからだ。全てを映し出せ、モニタービジョン』
そう言うと無数の映像が宙に映し出された。
「まさかこれって……」
ニャリアが驚きのあまり口に手を当てる。
そこに映し出されたのは紛れもなく、全階層の映像だった。
『我は魔王だ。その程度のユニークスキルは有している。他にもたくさん、な』
魔王はニヤリと笑うと、グビグビと赤ワインを飲み干す。
「今からやりあってもいいんだがせっかくの機会だ。お前の作戦を聞きたい」
「もちろんそれくらいいいわよね? 魔王なんだもの。寛大な心を持っているのでしょう?」
クレッシェも煽りながら俺に乗ずる。
『いいだろう。我の目指す目標、それは最強の魔王を育てること。我は勇者に負けたが、そこで諦めてはいない。人間と比べて長く生きる我ら魔族は、魔王後継者をずっと探していた。そして最も資質を秘めていたのが我が娘、ミルだ』
きょとんとしているミルに目をやる。
知ってはいたことだが、改めて言われるとやはり驚きはする。
「そ、そんな……」
「であろうな」
「やっぱりね。わたしは最初からおかしいと思っていたわ」
だがニャリアが必死にまくしたてる。
「で、ですが! ミルちゃんはいつでもわたしたちを殺せる機会があったはずです! 寝ている時だって戦闘の時だって」
『ハッハッハ。小娘よ、我はそのような卑怯な手は好まないのだよ。そんなことをせずとも正々堂々と最強の魔王を人類にぶつけるだけなのだから』
「そんな、ミルちゃん嘘だよね? ね?」
「ん、ミルはお父様の言うとおりにするだけ」
「……ミルちゃん」
魔王は中身が無くなったグラスを眺めながらなおも語る。
『勘違いするな。ミルはこの作戦のことは何も知らない。特に嘘はついていないはずだ。なにせ無駄な記憶も消しているのだから』
「こんな小さな子になんて非情なことをするんですか!」
『人間には分かるまい。地下に何百年も幽閉されし弱者の気持ちなど分かるまい! だからこそ水面下で魔王育成計画を進め、今最終段階にあるのだ』
そう言って魔王が腕を振り上げると、突如として巨大な十字架が現れる。
八十九階層でミルが括り付けられていた十字架だ。
『ミルよ、こちらへ』
「はい」
てくてくと十字架の方へ歩くミルに、ニャリアが手を伸ばすも意味はなさなかった。
十字架からは漆黒の蔓が伸びてミルを拘束する。
『歌鳥人ギドラの眼、コウモリ賢者デメスの耳、そして獣王ラズリの足を授けたまへ。そして成長を促したまへ』
「なるほどな、どうりであの三体の階層主はどこか欠けていたのか。ミルにその力を受け継がせるために奪ったといったところだろうな」
『ご名答。察しがよく頭がキレる男だ』
だが俺がそんなことを看過するはずがない。
すぐさまA級土魔法を放つ。
「全てを巻き込め! サンドストーム!」
蔓からミルをはがすように土交じりの強風を浴びせようとするが、魔王がそれを阻む。
『S級障壁魔法ジ・エデン』
「え、S級ですって!?」
黄金のカーテンがミルを包み込み、その後、アルマデスのホーリーエンドレスを撃ち込むもまるで無駄だった。
『我は魔王だ。S級魔法のひとつやふたつ使えないわけがないだろう』
「な……! わたくしたちで勝てるのであろうか。このような化け物に」
アルマデスは圧倒されるとすぐひよる癖がある。
そしていつものようにクレッシェが元気づける。
「わたしたちはここまで来た。誰も成し遂げられなかった伝説を更新し続けてきたのよ。もう少しで英雄譚に語り継がれるかもしれないわ。どうにかして勝つのよ。いえ、勝たなきゃいけないのよ」
「さすがクレッシェ嬢でございます」
盲目的に恋するアルマデスはさておき、S級障壁魔法が晴れて中からミルが現れる。
「これがミルだというのか、?」
白いワンピースを着た黒髪ロングの少女はそこにいない。
漆黒のドレスに身を包んだ妖艶な魔族が佇んでいたのだ。
「……そうよ。何か文句でも?」
大人びた表情でミルは敵意を向けるのであった。




