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屋台のお面屋さん

屋台のお面屋さん たくさんのお面

作者: ウォーカー

 これは、神社のお祭にやってきた、ある男子中学生の話。


 その男子中学生は、クラスメイトたちと一緒に、神社のお祭に来ていた。

楽しそうに屋台を眺めて歩くクラスメイトの集団。

それを眺めるその男子中学生には、密かな目標があった。

その目的とは、クラスメイトたちと仲良くなること。

その男子中学生は普段、クラスメイトたちに馴染めていないと自覚していた。

学校で友達がいないというわけではなかった。

話しかけられれば返事をするし、用があれば自分からも話しかける。

しかし、その男子中学生は、

何でも本音で話し合える相手がいないと感じていた。

クラスメイトたちは顔見知りであって、友達とは言えないと感じていた。

今も、お祭りを楽しんでいるクラスメイトの集団に入り込めず、

そこから少し遅れて一人で歩いていた。

それを変えたい。

ただの顔見知りではなくて、友達になりたい。

友達の存在は必要だから。

そのための切っ掛けを探すために、今日はお祭りにやってきていた。

「いけない。気を抜くとすぐ単独行動してしまうな。

 クラスメイトたちと仲良くするには、自分から行動しないと。」

クラスメイトたちと仲良くするために、

その男子中学生は、前を歩くクラスメイトの集団に近付いていった。


 クラスメイトの集団は、いくつかのグループに分かれていた。

ひとつは、クラス委員長の女子と委員会の男女数人。

もうひとつは、いじめっ子の男子と男子数人。

さらにもうひとつは、サッカー部のエースの男子と女子数人。

その他は、残りの生徒たち数人。

「仲良くするにはまず、みんないっしょにいたほうがいいよな。

 クラスメイトの集団を仕切っているのは、クラス委員長の女子だろう。

 まずはクラス委員長の女子と話をしてみよう。」

その男子中学生は、クラス委員長の女子と委員会の男女数人のところへ向かった。


 クラス委員長の女子は、

他の生徒たちから少し距離を置いて、クラスメイトの集団の先頭にいた。

そこが、クラス委員長の女子の定位置だった。

「や、やあ。」

その男子中学生は、ドギマギと話しかける。

「あら、あなたなの。どうしたの、あなたからわたしに話しかけてくるなんて。」

「あ、ああ。ちょっと相談したいことがあって。」

「相談?良いわよ、何?」

「実は、僕、クラスメイトたちと馴染めてないっていつも感じてて・・。」

「・・そうね。」

「そうねって。クラス委員長は、そのことに気が付いてたの。」

「ええ、あなたがそう感じているだろうって。

 わたしはあなたをずっと見てたもの。

 でも、単独行動が好きなあなたが、

 ひとりでいることを気にしてるとは思わなかったわ。」

「僕だって、クラスメイトたちと馴染もうとは思ってるさ。

 今日は、そのためにこのお祭りに来たんだ。

 それでどうしたらいいか、クラス委員長に相談しようと思って。」

クラス委員長の女子は、その男子中学生から相談されて、あっさり言い返す。

「気にしなければいいじゃない、そんなの。

 単独行動は、悪いことってわけじゃないわ。

 あなたは、自分がしたいようにすればいいのよ。

 それでも一緒にいられるのが、本当の友達よ。」

そう言われて、その男子中学生は戸惑った。

「みんなと同じことをせずに、単独行動してもいいのか?」

「ええ、そうよ。わたしだってしたいようにしてるわ。」

「クラス委員長なのに?」

「ええ。わたしがクラス委員長をやっているのは、

 一緒にいたい人と一緒にいるため。

 そのために便利だから、クラス委員長をやっているだけよ。

 あなたも、他人にどうやって合わせるかを気にするより、

 まず自分のことを考えなさい。」

その男子中学生は、

クラス委員長の女子に、集団行動の和を乱すなと怒られると思っていた。

だから、単独行動は悪いことじゃないと言われて、少し驚いた。


 クラス委員長の女子は、

自分がやりたいように行動して、それでも一緒にいられるのが友達だという。

それが正しいのか、その男子中学生には分からなかった。

その男子中学生は次に、

少し後ろを歩いている、いじめっ子のグループのところに向かった。


 そのいじめっ子は、クラスメイトたちの問題児で、

 いつも似たような扱いの生徒たちと一緒にいることが多かった。

その男子中学生も、そのいじめっ子のことが苦手で、

普段あまり関わらないようにしていた。

「でも、クラスメイトたちと馴染むためには、

 誰とでも仲良く出来たほうがいいよな。

 あんまり話したくないけど、いじめっ子と話をしてみよう。」

その男子中学生は決心して、いじめっ子の男子に話しかけた。

「あ、あのさ、ちょっと聞きたいんだけど・・。」

「なんだ?ああ、お前か。なんか用か?」

「えっとさ、何かして欲しいことない?」

「・・お前、何言ってるんだ?」

その男子中学生は、いじめっ子と仲良くするためには、

いじめっ子の要求に応えるのがよいと考えた。

その男子中学生は、いじめっ子によく、

のろまだと、からかわれることが多かった。

その言葉にいちいち腹を立てていては、喧嘩になってしまう。

喧嘩を避けるためには、からかわれても相手にせず、

相手が要求することに従うのが良いと思ったのだ。

そうすれば、いじめっ子が人をからかうのも止めるかもしれない。

しかし、その予想は外れていた。


 何かして欲しいことはないかと問われたいじめっ子は、不機嫌そうに応えた。

「お前、俺の言うことを黙って聞けばいいと思ってるんだろう。

 だからお前はのろまなんだよ。」

自分からいじめっ子に歩み寄ったのに、

結局からかわれてしまった。

その男子中学生も、不機嫌そうな顔になって言う。

「・・ひどいな、そんな言い方。」

それに対していじめっ子は、憮然とした表情で言った。

「俺が言うのもなんだけどな、仲良く出来ない相手がいたっていいだろう?

 仲良くできない相手のことをずっと気にしてたら、

 自分がしたいことが出来ないじゃないか。

 どっちが正しいわけでもないんだから、

 黙って相手の言うことを聞こうとするんじゃない。」

いじめっ子に歩み寄ったはずが、お説教をされてしまった。


 いじめっ子は、

相手の要求に黙って従っていてはだめだという。

仲良くできない相手がいるのは、悪いことではないという。

誰とでも仲良くするのがよいと考えていたその男子中学生とは、

全く逆の考え方だった。

それが正しいのか、その男子中学生にはやはり分からなかった。

その男子中学生は次に、

楽しそうに話しているサッカー部のエースの男子と、

それを囲む女子数人のところに向かった。


 そのサッカー部のエースの男子は、学校の人気者だった。

誰とでもすぐに打ち解ける性格で、部活でも活躍していて、

その男子中学生とは真逆のような存在だった。

今も、ひとりでうろうろと歩いているその男子中学生とは対象的に、

サッカー部のエースの男子は、クラスメイトの女子たちに囲まれて、

楽しそうに話をしている。

その男子中学生は、

楽しそうに話をしているそのグループに、強引に割り込んでいこうとした。

「・・でさ、その時、俺がロングシュートを決めたんだ。」

「かっこいい!やっぱりサッカー部のエースは違うわね。」

「あ、あのさ!」

「・・・?」

会話に割り込んできたその男子中学生を、

クラスメイトの女子たちが、射るような目で睨む。

しかし、サッカー部のエースの男子は、

その男子中学生にも気さくに話しかけてきた。

「おう、お前か。一緒に話をするか?」

「あ、うん。僕もサッカーに興味があって、話をしたいんだ。」

ふたりのやり取りを、クラスメイトの女子たちが不審そうに見ていた。

その男子中学生は実際のところ、サッカーに興味はなかった。

相手の好きな話題の話をするのがいいだろうと、

サッカーの話に合わせただけだった。

「サッカーに興味があるか!入部するか?途中から入部する人だっているぞ。」

その男子中学生は、体育は全然得意ではなかった。

実際にサッカー部に入部するつもりもない。

サッカー部のエースの男子が、

どのようにクラスメイトたちと仲良く話しているのか、

それが知りたいだけだった。

だからその男子中学生は、サッカー自体の話は避けて、

当たり障りがないと思う話をすることにした。

「ぼ、僕も、サッカーやってみようかなって思ってさ。

 でも、体育は得意じゃないから、

 選手が無理なら、マネージャーでもやろうかな。」

話を合わせるために言ったことだが、丸っきり嘘の話でもなかった。

サッカー選手にはなれなくても、マネージャーとしてチームに貢献出来ればいい。

チームプレイが大事、学校でよく言われることだ。

それはつまり、他人に貢献できる人間として、

クラスメイトたちとも仲良く出来るだろう。

その男子中学生は、そう考えていた。

しかし、それに対して返ってきた反応は、予想とは違うものだった。

「止めとけよ、そんなこと。」

「ど、どうして?」

いいと思って言ったことを否定されて、その男子中学生は焦って聞き返した。

サッカー部のエースの男子は、やや険しい顔になって応える。

「まず、うちの学校のサッカー部には、マネージャーなんていない。

 当然だろう?

 みんな同じ生徒なのに、雑用専門の生徒がいるなんておかしいじゃないか。

 だからうちの学校のサッカー部では、雑用も何も選手が交代でやってるんだ。」

「そ、そうなのか。

 じゃあ、僕もクラスメイトの女子みたいに、応援席で応援してようかな。

 そうすれば、チームの一員として貢献出来るものね。

 応援席から選手やみんなと一体になるって、すごいことだよね。」

その男子中学生が、チームプレイが大事だというつもりで言ったその言葉に、

今度はクラスメイトの女子たちが、呆れ顔で応えた。

「あんた、わたしたちをそんな目で見ていたの?」

「え?」

「わたしは、誰かに貢献するためだけに、

 サッカー部のエースの男子の応援をしてるわけじゃないわ。」

別のクラスメイトの女子も応える。

「わたしは、楽しいからサッカー部のエースの男子の応援をしている。

 わたしにはわたしのやりたいことがあるし、そのために学校にいる。

 みんなでひとつになるだなんて、思ってないわ。」

応援すると言ったことに対して、

思っていたよりも厳しい反応をされて、その男子中学生は驚いていた。


 その男子中学生は、

サッカー部のエースの男子は、マネージャーが増えれば喜ぶだろうと思っていた。

しかし、この学校のサッカー部はマネージャーを置かないのだという。

サッカー部のエースの男子も、

自分と同じ生徒を、召使いのように使うことを嫌った。

クラスメイトの女子たちは、みんなで一緒に盛り上がるために、

サッカー部のエースの男子の応援をしているだけだと思っていた。

しかしクラスメイトの女子たちは、まず自分のことを考えていた。

サッカー部のエースの男子も、クラスメイトの女子たちも、

他人への貢献よりもまず自分のことを考えたほうがいいという。

その男子中学生は、他人に貢献したいといえば褒められると思っていたので、

まず自分のことを考えたほうがいいと言われて、

何が正しいか分からなくなっていた。


 その男子中学生は、クラスメイトたちと馴染むために話をした。

自分の悪いところを直そうと思った。

しかし。

クラス委員長の女子は、クラスメイトたちと馴染もうとする必要は無いという。

いじめっ子は、仲良くできない相手がいてもいいという。

サッカー部のエースの男子は、チームと一体になる貢献をしなくてもいいという。

誰もが、自分を変える必要はないと言っていたように聞こえた。

そうなのだろうか。

その男子中学生は、

自分がクラスメイトたちと馴染めていないことを、悪いことだと思っていた。

だから、クラスメイトたちと馴染むために、

クラスメイトたちに貢献して認めてもらおうと思っていた。

しかし、クラスメイトたちに馴染んでいると見えた人から、

まず自分のことを考えたほうがいいと言われてしまった。

自分がクラスメイトたちと馴染めないのは、

自分勝手なのが原因ではないのか?

その男子中学生は、クラスメイトたちに相談して、

返って自分がどうすれば良いのか分からなくなってしまっていた。

「・・・僕、ちょっとひとりで考え事をしてくるよ。」

そうしてその男子中学生は、

クラスメイトたちと馴染むためにお祭りに来たはずだったのに、

ひとりで別行動することになってしまった。


 その男子中学生は、クラスメイトの集団から外れて、

ひとりでお祭りの中を歩いていた。

頭の中は、さっきのクラスメイトたちとの会話でいっぱいだった。

その男子中学生は、考え事をしながら、お祭りの中をぐるぐると歩き続けた。

そして、いつの間にかお祭りの端にたどり着いていた。

お祭りの端からは、少し外れたところに、一軒の屋台があるのが見えた。

その男子中学生は、ふらふらとその屋台に近付いていった。


 お祭りの端から少し外れたその屋台は、お面屋さんだった。

黒い壁が立ててあって、そこに様々な動物のお面が飾られている。

「これ、お面・・・だよな。」

その男子中学生が、

その黒いお面屋のお面を見てそう思ったのも、無理はなかった。

その黒いお面屋の屋台に飾られているお面は、

どれも本物の動物の顔に見えるほど精巧だった。

「本物そっくりのお面か。

 もしも人の顔そっくりのお面があったら、僕は他人になれるのかな。

 いっそ、他人になってみたいよ。」

その男子中学生の言葉を聞いたのか、

お面屋の屋台の裏面から、黒い法被を着た男が現れた。

「自分以外の他人になってみたいのかい・・?」

急に話しかけられて、その男子中学生は咄嗟に応えた。

「えっ、ああ、もし出来るなら。

 自分以外の人が、どうやって他人と馴染んでいるのか、知りたいんだ。」

「だったら、いいものがあるよ。こっちに来てご覧・・。」

黒い法被を着た男が、お面屋の屋台の裏面から手招きをしている。

その男子中学生は、招かれるのに従って、

その黒いお面屋の屋台の裏面に回った。


 その黒いお面屋の屋台の裏面にも、

表面と同じく黒い壁があって、黒い壁にたくさんのお面が飾られていた。

しかし、そこに飾られていたのは、動物のお面ではなかった。

そこに飾られていたのは、人の顔のお面だった。

本物そっくりの精巧な人の顔のお面が、たくさん飾られていた。

「すごいな、まるで本物の人の顔が飾ってあるみたいだ。」

そうしてその男子中学生が、

黒いお面屋の裏面に飾ってあるお面を眺めていると、

その中に見慣れた顔が並んでいるのに気が付いた。

「あれって、僕のクラスメイトたちの顔のお面じゃないか。

 有名人でもないあいつらの顔のお面が、何でお面屋にあるんだろう。」

その男子中学生は、飾られているお面に近付いた。

クラスメイトたちの顔のお面は、間近で見ても本物と見分けがつかない。

「すごいな、こんなに精巧なお面なら、

 このお面を被って人前に出ても、周りの人は本人だと思うんじゃないかな。」

「だったら、試してみるかい・・?」

その男子中学生の言葉を聞いて、黒い法被を着た男が近寄ってきた。

「試すって、そんなこと出来るの?」

「ああ、よかったら試着していいよ・・。」

そう言って黒い法被の男は、お面をひとつ外して手渡してきた。

その男子中学生が手渡されたのは、いじめっ子の顔のお面だった。

恐る恐るそのお面を顔に被せてみる。

すると、お面は顔に吸い付くようにくっついて固定された。

お面越しに差し出された鏡で顔を確認してみると、

表情まであるように感じられる。

お面を被っているようには全く見えなかった。

「このお面、まるで表情があるみたいだ。

 これだったら、お面を被って人と話をしても、お面だって気付かれないだろう。

 実際に試してみたいな。」

「いいよ、お面を試着したままで、お祭りのほうに行ってごらん・・。」

「本当?」

「ああ・・。」

こうしてその男子中学生は、お面を試着することになった。


 クラスメイトたちが言うことが正しいのか、

この本物そっくりの顔のお面を使って、調べられないだろうか。

その男子中学生は、やり方を考えてみた。

そして、ひとつのアイデアを思い付いた。

クラスメイトの顔のお面を被って、

自分だけ別行動をすると言ってみればいい。

そうすれば、自分勝手と取られて、自分と同じようにひとりっきりになるか、

それともクラスメイトたちに受け入れられるか、わかるかもしれない。

その男子中学生は、そう考えた。

「最初は誰の顔のお面にしようかな・・。」

しかし、その男子中学生は、いざお面を選ぶ時になって、

誰の顔のお面を被って試せば良いのか、決められなくなっていた。

「いくら精巧なお面でも、やっぱりバレるかもしれないし、

 そんなに何回も騙すことは出来ないだろうな。

 最初は、誰のお面から試してみたらいいんだろう。」

上手くいかなかった時のことを考えると、どうしても躊躇してしまう。

一番正しいと思った人の顔のお面を最初に試したいが、

誰の言っていたことが正しいのかわからず、やはり躊躇してしまう。

そうしてその男子中学生が、

クラスメイトたちの顔のお面を前に悩んでいると、黒い法被の男が声をかけた。

「どのお面を試着するか、決められないのかい・・?」

「う、うん。

 失敗したときが怖くて、どれを最初に選んだらいいのか、決められなくて。」

「それだったら、好きなだけ持っていっていいよ・・。」

「お面を何個も持っていっていいの?」

「ああ、構わないよ。

 ただし、最後にはちゃんと返しに来てくれよ・・。」

そうしてその男子中学生は、クラスメイトたちの顔のお面を全て持って、

お祭りのほうへと戻っていくことになった。


 その男子中学生は、カバンをパンパンに膨らませて、お祭りに戻ってきた。

カバンの中身は、黒いお面屋から借りてきた、クラスメイトたちの顔のお面。

試着するお面をどれかひとつに選べなかったその男子中学生は、

黒いお面屋にあったクラスメイトたちの顔のお面を、全て持ってきていた。

「クラスメイトたちのお面を被って、別行動したいと言ってみよう。

 そうすれば、まわりの反応から、

 あいつらが言っていたことが正しいかわかるかもしれない。」

お祭りの中をしばらく歩いていると、少し離れたところに、

クラスメイトの集団らしい中学生の男女数人がいるのが見えてきた。

「よし、お面を被って試してみよう。

 誰のお面から試そうか。今、この場にいる人はだめだな。

 いくら精巧なお面でも、同じ顔がふたりいたら不審だろうし。」

そうしていると、クラスメイトの集団から、

サッカー部のエースの男子が抜けて行くのが見えた。

どうやらトイレに行くようだ。

「丁度いい。サッカー部のエースのお面を被って、入れ替わってみよう。」

そうしてその男子中学生は、

サッカー部のエースの男子が離れていくのを待ってから、

サッカー部のエースのお面を被って、クラスメイトの集団に入っていった。


 「お前、もう戻ってきたのか。」

「あ、ああ。トイレが混んでて。

 もうちょっと待ってから、もう一回行くよ。」

「そうか。」

サッカー部のエースの顔のお面を被ったその男子中学生が、

クラスメイトの集団に入っていった。

すると、いじめっ子がその男子中学生の姿を見つけて話しかけてきた。

その男子中学生がお面を被っていることは、気付かれていないようだ。

お面の効果を確認して、その男子中学生は、さっそく行動を開始した。

「僕・・じゃなくて俺、トイレの後は別行動しようと思うんだ。」

その男子中学生は、サッカー部のエースのお面を被ったまま、

クラスメイトたちに聞こえるように言った。

その男子中学生は思った。

「クラスメイトたちみんなでお祭りに来てるのに、

 自分だけ別行動なんて言ったら、怒られるだろうな。」

しかし、返ってきた言葉は、必ずしもそうではなかった。

クラス委員長の女子が、呆れ顔で言う。

「あなたもなの?仕方がないわね。いいわよ。

 他に別行動をしている奴もいるわけだし。」

「それもいいかもな。俺も別行動しようかな。」

意外な言葉が返ってきて、その男子中学生は言葉を返した。

「クラス委員長、自分で言うのもなんだけど、別行動なんて許可していいのか?

 協調性が無いって、怒らないのか。」

許可したのに文句を言われて、クラス委員長の女子は変な顔で応えた。

「怒らないわよ。

 ずっとみんなで一緒にいなきゃいけない、ってわけじゃないもの。

 喧嘩でも始めない限り、協調性が無いなんて言わないわよ。

 学校の先生に言われてるから、最後は集まって解散しましょ。」

思っていたよりも、クラス委員長の女子は、集団行動にこだわっていないようだ。

「そうなんだ、わかったよ。

 でも、別行動は、僕・・じゃなくて俺がトイレから戻ってからにしてくれ。」

「お前、さっきから変だぞ。どうしたんだ。」

怪訝な顔で、いじめっ子が話しかけてくる。

不審に思われ始めているかもしれない。

「僕・・じゃなくて俺、トイレに行ってくる!」

その男子中学生は、お面を被っていることが見つからないように、

クラスメイトの集団から逃げるようにして離れていった。


 その男子中学生は、

サッカー部のエースの顔のお面を被って、別行動をしたいと言ってみた。

協調性がない、とでも言われて怒られるだろうと思っていたが、

クラスメイトたちの反応は、思っていたのとは違っていた。

別行動をするのは、悪いことではないという。

「じゃあ、僕がクラスメイトたちと馴染めないのは、何が原因なんだろう。

 自分勝手だから、避けられてたんじゃないのか?」

その男子中学生は、自分がなぜクラスメイトたちと馴染めないのか、

分からなくなってしまっていた。

「クラスメイトたちのお面はまだたくさんあるけど、

 誰のお面を被って何を試せばいいのか、わからないよ。」

そうして、その男子中学生がお面を持って迷っている内に、

時間はどんどん過ぎていってしまった。

その間に、サッカー部のエースの男子が、

トイレから戻ってきて、クラスメイトたちと合流する。

「あら、戻ったのね。

 別行動したいって話だったから、

 そのまま戻らないと思ったのだけれど。」

「・・・何の話だ?俺、そんなこと言ってないけど。」

「そうだったかしら。まあいいわ。」

戻ってきたサッカー部のエースの男子は、特に怒られる様子もなかった。


 そうして時間は過ぎていき、

お祭りからは人が引いて、屋台も少しずつ後片付けを始めていた。

その男子中学生は、

お面をたくさん持ったまま、どうしたらいいかまだ迷っていた。

少し離れたところにいるクラスメイトたちの、話し声が聞こえてくる。

「クラス委員長、そろそろ解散にしないか?お祭りも終わりみたいだ。」

「そうしようと思うのだけれど、あの人がまだ戻ってきてないのよ。」

「そういえばあいつ、まだ戻ってないのか。のろまだなぁ。」

その男子中学生が別行動から戻ってこないので、

クラスメイトたちが困っている。

すぐに戻らないと、騒ぎになりそうだ。

その男子中学生は、

カバンにたくさんのお面を入れたままで、慌ててクラスメイトの集団に合流した。

「ごめんごめん!遅くなった。」

「おう、戻ってきたか。」

「相変わらず、のろまだなぁ。」

「随分遅かったけど、何かあったの?」

「何ともないよ。心配かけてごめん。」

「無事だったならいいわ。

 それじゃ、このへんで解散にしましょう。」

クラス委員長の女子の号令で、

その男子中学生とクラスメイトたちは解散することになった。


 そうして、お祭りに来ていたその男子中学生とクラスメイトたちは解散して、

その男子中学生はひとりっきりになっていた。

「まだ試してないお面がたくさん残ってるのに、

 迷っている内に時間が過ぎて解散になってしまった。

 僕がどうしてクラスメイトたちに馴染めないのかも、わからないままだ。

 これからどうしよう。お面を返しに行く前に、残りのお面を試してみようか。」

その男子中学生は、お祭りの人が少なくなった一角で、

カバンの中からお面をひとつ取り出してみた。

「・・あれ?お面の顔が変わったような気がする」

取り出したのは、いじめっ子の顔のお面だった。

いじめっ子の顔にはホクロがある。

今取り出したお面の顔にもホクロがあるから、間違いないはずだ。

しかし、その顔が少し変わっているように見えた。

目鼻立ちが曖昧になって、顔の印象が変わってしまっている。

これでは、誰の顔のお面かわからない。

「まずいな、壊しちゃったかな。

 他のお面も、何だか顔の形が曖昧になった気がする。

 仕方がない、今すぐお面屋さんに戻ろう。」

その男子中学生は、黒いお面屋の屋台がある、お祭りの端に戻ることにした。


 その男子中学生は、試着するために持ち出した顔のお面を返すために、

黒いお面屋の屋台がある、お祭りの端に戻ってきた。

しかし、そこには何もなく、

黒いお面屋の屋台は、影も形も残ってなかった。

「あれ?おかしいな。ここにお面屋さんがあったはずなのに。

 遅くなったから、もう帰っちゃったのかな。」

その男子中学生のカバンには、黒いお面屋から借りたお面がいくつも残っている。

「このお面、どうしようかな。」

今、その男子中学生は、いじめっ子の顔のお面を手にしている。

お面の目鼻立ちはますます曖昧になって、もう誰の顔のお面かよくわからない。

「誰の顔かわからない顔のお面か。

 クラスメイトたちとは仲良くできなかったし、

 僕もいっそ、顔を変えてしまいたいよ。」

その男子中学生は、何気なくそのお面を顔に被せてみた。

お面は顔に吸い付くようにぴったりとくっついた。

「お面の顔は変わったけど、壊れてはいないみたいだな・・・あれ?」

その男子中学生は、お面を外そうとした。

しかし、顔に吸い付いたお面は、全く外れようとしない。

「おかしいな、さっきまでは引っ張ればすぐ外れたのに。」

その男子中学生は、顔に吸い付いたお面を、力いっぱい引っ張った。

お面はいくら引っ張っても、全く外れない。

「痛い痛い!だめだ、お面が外れない。

 どうしよう。あのお面屋さんなら、外し方がわかるかな。

 でも、お面屋さんがどこにいるのかわからないし・・・。

 別人の顔のままじゃ、家にも帰れない。」

その後、その男子中学生がいくら探し回っても、

あの黒いお面屋は見つからなかった。

お面が外れなくなったその男子中学生は、

誰でもない顔のお面によって自分の顔を失い、家にも帰れなくなってしまった。

その後、その男子中学生の姿を見たものはいなかった。



終わり。


 この話は、屋台のお面さんシリーズの4作目です。

それぞれ個別に読めるようにしてあります。


主人公の男子中学生がクラスメイトたちに溶け込もうとする中で、

自分を見失ってしまうということを表現したくて、この話を書きました。


他人と馴染んでいくために、自分を犠牲にしてもいいのか、

というようなこともテーマとして入れました。


お読み頂きありがとうございました。


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