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前編

Dー0523の手記より

 Dー0523。これが今の私の名前。一応、ちゃんとした本名は別にあるんだけど、今は「財団」の奴らによって、先の番号で呼ばれてる。


 どこにでもいる只のOL(独身)だった私は、ある身から出た錆びによる不始末が原因で、この「HPL財団」なる組織に拉致(奴らに言わせれば収容)されて以来、Dクラスなる財団における最下層の身分で、囚人並みの扱いを受けている。


 そして、今日は私のDクラスとしての初仕事。この実験チャンバーとか言う広い部屋で、財団の連中の命令のままに、任務を達成しなきゃならない。もし逆らえば「終了」されると言うので、文句も言えない。


 忌々しい感情をどうにか飲み込んで、改めてチャンバーを見渡してみる。過剰なまでに明るい照明で照らされた空間は、一般的な学校の体育館くらいの広さだろうか? 壁も床も打ちっぱなしのコンクリートが剥き出しになっている。自分の対面の壁には大きなシャッターが付いていて、ここから今回のお相手が入ってくるらしい。


 自分から見て、左側の壁面の自分の身長よりも少し高い位置には、大きなマジックミラーが嵌まっていて、この鏡の向こうでは財団のお歴々どもが、私が辿る運命を興味本意で見守って下さっているって訳だ。


 ……財団の奴らときたら、(重要度の低い罵倒が続く為、編集済)だ!!


 不意にサイレンみたいな音が鳴り響いたので、私はマジックミラーの向こうの連中への罵倒を止めて、シャッターに向き直った。……いよいよだ。


 物々しい音を立てつつ、ゆっくりとシャッターが上がって行くのを他人事みたいに眺めながら、私はどうしてこんな事態に陥ったのかを、やっぱり他人事みたいにゆっくりと思い出していた。


 ……


 ……


 ……


 あれは一週間前のこと、私は自分のアパートで、夜逃げのための荷造りをしていた。


 生まれつき誘惑に弱くて浪費癖持ちの私は、あれも欲しいこれも欲しいと、ついついあちこちから気軽に借金を重ねてしまい、あっと言う間に首が回らなくなってしまった。


 親に泣き付こうにも、前にもカードが焦げ付いた時に百万出して貰ってるしで、これ以上は出してもらえないだろう。で、金貸しに捕まってどっかに売り飛ばされるとかもイヤなんで、行く当ても無いけどどっかへ逃げようとしてたと言うわけ。


 それで、ようやく荷造りが終わって、さて逃げようって時に、戸口に二人の黒服の男が立っているのに気がついたの。二人とも、喪服みたいな黒いスーツに黒いサングラス姿で、いわゆるメン・イン・ブラックそのまんまの格好だった。んで、いきなり現れた二人の黒服を見て呆気に取られてた私に、二人の内の年配の男(以下、黒服A)が低い声で私に話しかけて来たの。


「(Dー0523の本名)だな。我々はお前を確保・収容する為に、債権者達から依頼され、HPL財団から派遣されて来たエージェントだ」


 どこにでもいる只のOLだけど、サブカル好きでもあった私は、財団と聞いてこのごろネットで流行っている例の財団と勘違いして、すっとんきょうな声をあげてしまった。


「え? 確保・収容!? あの財団ってやっぱり実在したんだ! ……って、いやいやいやいや! 確かに変わり者って言われる事はあるけど、現実改編能力とかそんな変な能力とか持ってないし、変な要注意団体とかにも関わってないし、それに……」


「何の話だ。我々は、お前みたいに借金から逃げようとする奴らを確保(Secure)して、しかるべき施設に収容(Contain)し、必ず借金をペイ(Pay)させるのが目的の財団だ」


「最後の英語、色々おかしくないですか?」


「うるさいな、細かい事はいいんだよ。良いから財団の収容サイトまで来てもらうぞ」


 黒服Aの言うことには、例の財団とは関係なさそうだったけど、HPLの三文字から私は別の危険を感じ取った。私はどこにでもいる只のOLだけど、重度のラヴクラフティアンでもあったからだ。


「じゃあ、H・P・L……ハワード・フィリップス・ラヴクラフトって事は、クトゥルフがらみ? 変な遺跡の探索とか、旧支配者の生け贄にされたりするの!? 嫌よそんなの! 身体と正気度が持つわけないじゃない!」


「だから、何の話だよ! いいか、お前には未知のオブジェクトも、宇宙からやって来たタコ魔神も一切関係ない! お前の相手はカバだよ!」


 ……は? カバ?


 以外な言葉に唖然とした私に、黒服Aが畳み掛けるように捲し立てる。


「そうだ。財団に登録した顧客が居並ぶラウンジで、ひたすらカバを殴るショーを見せるのがお前の仕事だ。H・P・Lとは、ヒポポタマス(Hippopotamus)・パンチング(Punching)・ラウンジ(Lounge)、つまり“カバ殴りラウンジ”の略称だ! ハワードとか例の財団とか、一切関係無い!」


「やっぱりパクりじゃないですかー!」


「パクりじゃない! オマージュだ! パロディだ!」


「いや、どうするんですか、この話。もうオチ付いちゃったじゃないですか!」


「いいや、まだだ! まだお前がカバを殴ろうとして、逆に無様に吹っ飛ばされるシーンが残ってる!」


「そんなの見て、誰が得するんですか!?」


「うるせー! これ以上四の五の抜かすと、ノクターンあたりの桃色紳士に叩き売るぞ!」


「それも嫌ー!?」


「ああもう、良いから連れて行くぞ! やれ!」


 え? と思う間も無く、私の首筋にチクッとした痛みが走り、急速に眠気が押し寄せてなす術もなく、床に倒れ込んでしまった。どうやら全く会話に参加していなかったもう一人の黒服(黒服B)が、いつのまにか私の背後に回り込んで麻酔か何かを注射したらしい。


 こうして私は財団施設に収容され、カバを殴る定めを背負わされたってワケだ。そこで実際に何が起きたか……詳しくは後編で。

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