好きの大きさ
前回は好きのキャパシティはみんな同じで割り当て方なんかが違うんだよー、ということを話しました。
今回はじゃあそもそも好きの大きさって目に見えないのにどうやって決まるの?ということについて書いていきたいと思います。
私が思うに好きの大きさというのは時間と密接な関係にあります。
ここで言う時間というのは二種類あって一つは好きなことのために行動をする時間、それから好きなことについて考えている時間。この二つの時間が好きの大きさに関係していると思っています。
好きなことのために行動をする時間、これは簡単に言うとあることが好きだからという原動力を持った行動のことです。ほとんどの行動は好きという原動力が元になっています。これは無意識のものも含まれます。
それから好きなことについて考えている時間、これは説明する必要もなくそのままですね。
この二つの時間が長ければ長いほど好きと言えると思います。
もしこれが二つではなくどちらか片方だけであればそれは好きとは言えても、とても好きとは言えないようなレベルですね。
例えるならどちらか一つというのは一輪車のようにバランスを取るのが難しく不安定な状態。
この二つが揃っているというのは二輪車で前後には倒れないから左右のバランスだけを取ればいいという少し安定した状態、その二つの時間が長ければ長いほど三輪車、四輪車とその好きが大きくなり安定していくと考えるとわかりやすいと思います。
さらにこの好きの種類を分けるとするならば、これは意識的なものか無意識的なものかという風に分けることができます。基本的に人間が無意識に行う行動や思考というのは特に好きなことだと私は思っていて、意識的な行動や思考というのはそこまで好きじゃなくてもすることができるけれど無意識にすることはなかなかできないのではないか、と思っています。
では好きが大きくなるとどうなるのか、好きが大きいということはその好きなことについて考える時間が増え、その好きのためにたくさん行動するということです。するとその好きなことについて深く知っていくことになります。
また好きこそものの上手なれという言葉があるように好きなことについて考えたり行動したりすることによってそれについての上達が早くなったりします。逆に言えばある物事に対して得意になりたければそれをもっともっと好きになればいいと言うことです。
好きの大きさというのは案外簡単に変わってしまうものです。今年と来年では違うでしょうし、もっと言うなら今日と明日でも違うと思います。
好きの大きさなんて普段、特別意識するものでもないですが自分のことで悩んだりしたときなんかは考えてみるのもいいかもしれません。