if 一緒に幸せになろう(後編)
葵と幸せな結婚生活を送るために、しっかり稼がなければならない。前世で諦めていたけれど、やってみたかったことを実現するためにも、俺は学生のうちに起業した。
葵の父親の協力を得ながらも、少しずつ実績を積み重ねて信頼を獲得していった。仲間に恵まれたこともあり、順調に成功を収めたと言っていいだろう。
「あ、葵……俺と、結婚してくださいっ」
「はい、喜んで」
「ノータイム!? 少しぐらい考えてもいいんだぞ?」
「その必要あるの? むしろ、待ちくたびれそうになってたんだけど」
一世一代のプロポーズ。俺の覚悟を、ニッコリ笑顔で受け止めてくれるのだから、葵には敵いそうにないと思った。
「忙しくなるのはこれからだよ。トシくんのサポートは妻の役目だから。いろんなこと……安心して私に任せてね」
「葵……苦労をかけるな」
「トシくん、それは言わない約束だよ。ふふっ、なんだか私もやる気が出てきちゃった」
大事なのはロマンチックを追求することではない。いかにして幸せを手にするかだ。
葵は、そのことをよくわかっているようだった。
──前世の若かりし頃の俺よ。「結婚なんて人生の墓場だ」とか「結婚して束縛されるくらいなら、自由な独り身の方がマシだぜ」とか言って強がっていた頃の俺よ。
もちろん選択はその人それぞれで違うだろう。幸せの形は人それぞれ違うだろう。
それでも、おっさんになった俺は後悔した。自分ができなかったこと。それを悪いものだと決めつけて、自分のプライドを守るだけだったけれど……。
「前世の俺よ。愛し合って支え合う関係は……けっこう良いものだぞ」
葵を支えられるのが嬉しい。葵に支えられているからこそ、頑張れる。
愛する人が傍にいてくれるというのは、大変で忙しくたって「やってやる!」と自然と心を鼓舞してくれるものなのだ。
「ねえ、トシくん」
「どうしたんだ葵?」
葵に呼ばれて顔を上げれば、隣にいる彼女がそっと俺の肩に手を置く。
軽く体重をかけられて、少しだけ葵の方に体が傾く。
いつまでも嗅いでいたいような女の子の香りが鼻孔をくすぐる。黒髪がサラリと揺れて、彼女の、男を虜にする美貌が迫ってきた。
「んっ」
チュッ、と。唇に触れる優しくて甘い感触……。
「えへへ。キスしちゃった」
そして、はにかむ葵を見れば、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのは当然だった。
「あう……トシくん?」
無意識に葵の体を引き寄せていた。
抱きしめればこんなにも華奢なのに、俺の胸板を押し返してくる双丘は、とても大きな存在感を放っている。
「結婚前なのに……止まらなくなるだろ」
「我慢しなくてもいいよ。トシくんのお嫁さんになったら、私……たくさん赤ちゃんがほしいもん♡」
濡れた瞳は俺の心を鷲掴みにしてくる力強さがあって。どうにも相手が葵だと、いろんな意味でやる気にさせられてばかりだった。
※ ※ ※
結婚式当日。無事に最高の日を迎えられた俺達を、たくさんの人が祝福してくれる。
親や親戚、友達や仕事でお世話になった方々。本当にたくさんの人が集まってくれて、繋いできた関係がこれほどまで大きくなったことを改めて知った。
「……トシくん」
純白のウェディングドレスを身に纏った最愛の人。葵が、俺を優しい瞳で見つめてくれた。
彼女に見惚れながら確信する。
俺は、葵と生きていきたい。支え合って、前を向いて、共に歩んでいきたい。
それが俺の幸せなのだと、強い意志で答えられる。迷いなんて、どこにもなかった。
「葵、綺麗だよ」
「トシくんも。とってもカッコいいよ」
可愛らしくはにかむ彼女につられて、俺の顔が自然と綻ぶ。
もうすでに幸せに溢れていた。どうしよう、式が始まる前なのに笑顔が止まらない。
「俊成ったら、だらしない顔をしていないで、シャキッとしなさい」
瞳子の声が聞こえた気がして顔を上げる。
控室の入り口に、目の覚めるような美貌を持つ銀髪碧眼の女性が立っていた。
「瞳子ちゃんっ。来てくれてありがとう」
「久しぶりね葵。ウエディングドレス姿、とても綺麗よ」
その声で、懐かしさと嬉しさが胸の奥をじんわりと温める。
久しぶりに目にした瞳子は、記憶の中の彼女よりも美しくなっていた。
学生時代、隣にいて当たり前だった彼女が、今は少し距離を感じるほどに大人びている。
「誰よりも先に見てほしかったから……会えて、本当に嬉しいよ」
「わかったから。泣くのはまだ早いわよ葵。ほら、せっかくのお化粧が崩れちゃうわ」
涙ぐむ葵を、瞳子は落ち着いて宥める。
瞳子と再会するのは、高校を卒業して以来だった。
別々の道を進んだけれど、彼女の未来をずっと応援していた。瞳子の母親が元モデルだったこともあり、高校時代に母親と同じ業界に入っていたのだ。
瞳子なりに決別の意味もあったのだろう。仕事が忙しくなって、俺達と顔を合わせることが少なくなっていたから。
そして、今は女優として活躍している。役になり切り、感情に訴える彼女の演技力は高い評価を得ていた。
「瞳子……忙しいのに、わざわざ来てくれてありがとう」
「わざわざ、なんて言わないの。あたしが俊成と葵の結婚式に来ないわけがないでしょう?」
瞳子が俺を見上げながら不敵に笑う。本当に、強く成長したものだ。
それがとても嬉しくて……。目頭が熱くなって、涙を零すまいと咄嗟に天井を見上げた。
「ちょっ、俊成!? なんで葵以上に泣きそうになっているのよっ」
「な、泣いてない……っ!」
と、強がってみても声が震えるのを抑えられなくて。瞳子と葵に気持ちが落ち着くまで宥められてしまった。
それがまた、昔みたいな幼馴染に戻れたような気がして……余計に溢れそうになる涙を堪えるのが大変だった。
これまでの時間のすべてが、今、ここに繋がっている──そう思えるから。
「俊成、本番はこれからなのだからしっかりしなさい。葵を幸せにするんでしょ?」
「うん……絶対に、幸せにする」
「わかっているのならいいわ。葵、俊成は真剣にがんばれる人だけど、支えてあげないといけない人でもあるから。……任せたわよ」
「うん、もちろんわかってるよ。……ちゃんと、任されたからね」
「うん。信じているわ。だって、二人ともあたしの大切な幼馴染だもの」
その言葉に、胸の奥が震えた。
葵と瞳子が互いの存在を確かめ合うように、手を繋ぐ。
「……」
しばらく二人は無言で目をつぶっていた。思い出を振り返っているようでもあり、気持ちを託しているようにも見えた。
「それじゃあ、式を楽しみにしているわ」
「うん……ありがとう、瞳子ちゃん」
名残惜しそうに、二人の手が離れる。
そして、瞳子がもう一度だけ、俺を振り返って笑った。
「俊成も。最後まで、あたしにカッコいいところを見せてよね」
「ああ……見ていてくれ」
俺の決意を感じてくれたのか、瞳子がふっと微笑む。
その笑顔は少女時代のままの、でも大人になった瞳子の笑顔だった。
見惚れてしまうほど綺麗で、どこか少し切なくて……でも、心が晴れるような笑みだった。
「私、がんばるよ」
瞳子が控室を後にしてから、葵がぽつりと言った。
「トシくんを、瞳子ちゃんを、そして私が後悔しない未来を掴むために……全力でがんばるよ!」
「俺も全力で頑張るよ。だから、支え合って生きていこうな」
「うんっ」
そうして、俺と葵は最高の結婚式を迎える。
たくさんの人達に祝福されて、愛を誓う。
心を熱くさせるのは幸福感か、責任感か、それとも……。
何にせよ、俺がやるべきことは決まっているのだ。
「トシくん……愛しているよ」
「俺もだ。葵を……世界で一番愛している」
──おっさんになっても、おじいさんになっても、俺は葵にドキドキさせられ続けるだろう。
飽きるほどキスをしてきても、この誓いのキスを忘れることは一生ないだろうと思えるから。
唇に伝わる感触が、果たすべき使命を、きっと思い出させてくれるだろう。
だから、大丈夫。俺はもう迷わない。
葵と一緒に幸せになる。その誓いを、最高の幼馴染だった瞳子が祝福してくれたんだからな。
葵ちゃんルートでした。ちょっとエッチな雰囲気になりがちなのは葵ちゃんだから仕方ないね(え)