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174.築いてきた関係は思いのほか多くて

 新学期になった。


「なんだか、改めて二人で登校するとちょっと緊張するな」

「そ、そうね……」


 瞳子と二人で登校する。

 そんなことは珍しくもないはずなのに、以前とは雰囲気というか距離感というか……上手く説明できないけれど、何かが違っているように感じて緊張してしまう。

 いや、何かじゃないな。変わったことはハッキリしている。

 俺達の関係性が大きく変わった。その変化に改めて戸惑っただけだ。

 葵が傍にいないと思うと、何か欠けているような……。

 けれど瞳子との距離を本当の意味で大きく縮められた。だからこそ親密で心地の良い空気に浸っていたのだ。


「おはよう高木くん、木之下さんも」

「おっはよー! 久しぶりだねきのぴー。高木くんも元気だった?」


 学校への道中、佐藤と小川さんに会った。


「お、おう……おはよう」

「お、おはよう……真奈美は今日も元気ね」


 瞳子との二人きりの時間に浸っていたせいか、ちょっと驚いてしまった。声をかけられるまでまったく気づかなかったな。


「どうしたんや高木く……」

「ちょっとー、二人とも元気ないわね。そういえば、あおっちは一緒じゃないの?」


 佐藤が小川さんの手を取る。


「え、ど、どうしたの佐藤くん……?」

「ええから。あんまり二人の邪魔せんようにしとこか。僕らは先に行くで」

「う、うん……。その、手……」

「高木くん、また教室でなー」

「わわっ!? ちょっと手……手だってばぁ……っ」


 佐藤にぐいっと引っ張られて、小川さんは大人しくついて行った。あいつらも気づけば手を繋ぐのが当たり前の仲になっていたようだ。

 ていうか佐藤のあの顔……。


「佐藤には俺達の関係が変わったこと、伝わったみたいだな」

「ま、まあ……真奈美達にはいずれ話さないととは思っていたから……」


 まだ幼い頃から俺達の関係を見守ってくれていた親友だ。

 時には協力してくれたり、心配もかけたりした。後で結果だけでも報告しておいた方がいいだろう。

 校門を抜けると、グラウンドの方からサッカーボールが転がってきた。


「おーい! 悪いがそのボールを取ってくれー!」

「どんだけ遠くに飛ばしてんだよ本郷っ。キック力が尋常じゃねえよ……」


 反射的にサッカーボールを足で止める。声の方向を見れば、本郷と下柳が駆け寄ってきていた。

 ボールを思いっきり蹴って渡してやろうかと思ったけど、本郷のダッシュが速すぎた。

 すぐそこまで近づいていたので、本郷の胸元に向かって軽く蹴ってやる。


「サンキュ。って、高木じゃん」

「それにF組の木之下さん! 近くで見ると一段と美しい……。あまりにも綺麗すぎてま、眩しいぜ……っ」


 朝練をしていたらしい本郷と下柳にあいさつをする。すでに汗をかいていて白い息を弾ませていた。

 ていうか下柳は目をつぶって何してんの? クラスメイトの謎行動に、俺は目をつぶることにした。


「……」


 すぐにグラウンドに戻るのかと思っていたのだけど、本郷は無言で俺達をじっと見つめていた。

 何かを探っているような。いや、確かめているような……?


「おい本郷、何やってんだ? 早く練習に戻るぞ」


 すでにグラウンドに向かって走っていた下柳が、動こうとしない本郷に気づいて声をかける。

 本郷は返事することなく俺達に目を向けたままで。そして何か納得したのか、明るくニッと笑った。


「そっか。はっはっはっはっはっ! 高木この野郎っ。お前って奴はまったくよ!」

「いってー! な、何すんだよ!」


 突然本郷にバンッ! と思いっきり背中を叩かれた。

 俺の抗議が聞こえていないのか、本郷は満足そうに頷くと「そっかそっかー」と自分だけ納得した様子で練習に戻っていった。


「な、なんなんだよ本郷の奴……」

「あはは……。災難だったわね俊成」


 瞳子は叩かれた俺の背中を摩りながら乾いた笑いを零す。

 いや、俺もわかっている。なんだかんだで本郷とも付き合いが長いから。きっとあいつも俺達の関係が変わったことに気づいたのだろう。

 背中への張り手は本郷なりの祝福なのかもしれない。それと、激励の意味も込められていると感じ取った。


「まだ何も言ってないのに、けっこうバレるもんなんだな……」


 築いてきた関係は、瞳子と葵だけではない。

 佐藤や小川さん。本郷や他にもたくさんの人と接しながら築いてきた。

 これは俺が能動的に行動してきたからこその縁だ。前世と同じように周りばかりに期待して、自分では何もしていなければ、きっと得られなかった関係性だろうから。


「あたし、俊成に苦労をかけるかもしれないわね」

「苦労できるなら嬉しいよ。それだけ俺には瞳子のためにできることがあるってことだからな」


 そうだ。俺にできることはまだまだたくさんある。

 まだ一つの結論を出しただけだ。その一つがとてつもなく大きな決断だったわけだけれども、それがゴールというわけではない。


「あ……」


 瞳子の手を取る。

 繊細な女の子の手。触り慣れた瞳子の手は、俺に安心感と自信をくれた。


「絶対に寂しい思いをさせないし、決して退屈にだってさせないから、覚悟しておいてね」

「もうっ、俊成ったら……。そんな風に言われたらあたし……」

「朝っぱらからお盛んな」

「「うひゃあっ!?」」


 瞳子と手を取り合って見つめ合っている最中に、いきなり横から声がしたせいで驚いてしまった。

 見れば、いつの間にいたのか、すぐ傍まで近づいていた美穂ちゃんが、無表情ながらも明らかなジト目を向けてきていた。


「お、おはよう美穂ちゃん……」

「えっと、今日も寒いわね……」


 慌ててあいさつをする俺と、誤魔化そうとする瞳子。


「……」


 美穂ちゃんもまた俺達の顔を交互に見やる。

 やはりと言うかなんというか。美穂ちゃんも何か納得をしたみたいに白い息を吐いた。


「高木は、後悔なくちゃんと決断できた?」


 選択の中身ではなく、俺の心を問われる。

 たぶんみんなが気になっていたのが、そこなのだろう。


「ああ、もちろん」


 美穂ちゃんの目を見つめて、簡潔に答える。

 この先に後悔がないとは断言できないけれど、少なくとも瞳子を選んだ俺の心に迷いはない。

 それだけで満足したのか、彼女はうんと頷いた。


「あたしが気にするのはお門違いだろうけど、答えを聞けて本当に良かったと思う。木之下にとっても、宮坂にとってもね」


 美穂ちゃんはそう言って、瞳子の背中を思いっきり叩いた。


「いったーい! い、いきなり何するのよ美穂!」

「ありったけの祝福と、活を入れておいたから」


 彼女は小さく笑って、マイペースに俺達を追い越していく。


「美穂さーん! 速いですってばっ。なんで急に走ったんですか。置いてかないでくださいよぉ~」


 そんな彼女を追いかける声。望月さんがこっちに向かって息を切らせながら走っていた。


「あっ、高木くんに瞳子さん。おはようございます! 今年もよろしくお願いしますね」


 望月さんの元気の良いあいさつに俺達も返事する。

 彼女は人懐っこい笑みを俺達に向けると、すぐに美穂ちゃんのもとへと駆けて行った。


「いきなりいなくなるなんてひどいですよっ。追いかけるの大変だったんですからね」

「望月もまだまだ。注意力が足りていない」

「見失った僕が悪いって言うつもりですか!? 突然姿が見えなくなって心配したんですからねっ。もっと反省してくださいよっ!」


 美穂ちゃんと望月さんが仲良さげにじゃれ合う。

 望月さんに俺達の関係の変化はバレなかったようだ。

 まあ、普通はそうだろう。すぐに見抜いてしまう小学生からの友達が鋭すぎるのだ。


「「あははっ」」


 俺と瞳子は顔を見合わせて、ほとんど同時に笑った。

 深く関わってきたのは、俺達三人だけじゃない。

 前世では考えてもいなかった、腐れ縁のような関係。

 俺達には、俺達のことを心配して、励ましてくれる奴らがいる。彼ら彼女らもまた、俺達にとってかけがえのない存在だ。

 きっと、これからも関わっていく。このたくさんの縁は、簡単には切れたりしないだろうから。


「行こうか瞳子」

「ええ。そうね俊成」


 瞳子と寄り添いながら手を繋ぐ。

 こうやってみんなと関わっていきながら、瞳子と一緒に歩んでいくのだろう。

 それが幸せな人生でありますようにと、俺は願った。



  ※ ※ ※



 あれからの葵はと言えば──


「クリスちゃんの故郷は良いところなんだね」

「そうなのよ! きっとアオイも気に入るはずよ」


 クリスと話しているところを、よく見かけるようになった。

 ある意味俺のことを気にしなくて良くなったからだろう。A組の教室に来ては仲良くおしゃべりしているようだ。


「お、おいっ。あれってC組の宮坂さんだよな?」

「英国美女と並んでも見劣りしていないよな……むしろ俺は宮坂さんが好みかな。ボリュームも勝ってるし」

「最近よく来るけど……。はっ! まさか恥ずかしがってカモフラージュしているだけで、本当は俺目当てで教室に訪れているのか!?」


 葵の存在感なのだろう。クラスの男子が浮き立っていた。あと下柳、お前目当てということは絶対にないぞ。


「……」


 たまに葵と目が合う。ニコッと微笑んでくれるけれど、接触してこようとはしない。

 俺達の関係は変わった。

 それは必要な決断の結果で、接触が減ったからといってお互い嫌い合っているわけではない。

 それでも慣れ親しんだものを失った感覚は、簡単には癒えてくれそうになかった。


「高木、宮坂のこと目で追いすぎ」

「おわっ!?」


 美穂ちゃんが音もなく俺の傍まで寄って来ていた。

 まったく足音が聞こえなかったんですけど……。忍者みたいだなと考えていると、彼女はぽつりと言った。


「宮坂はもう前を向いている。高木がそんな風に未練を見せていると、宮坂の決意まで鈍るよ」

「別に未練なんて……」


 ない。そうハッキリ断言できるだろうか?

 葵のことは大好きだった。この気持ちは、ずっと募らせていた想いでもあるから。

 それでも瞳子と一緒にいる未来を選んだ。それが俺の本心だと思ったからだ。そこに後悔はない。

 だけど、やはり簡単に消し去れる気持ちでもないのだ。それだけ本気で愛して、両想いの時間を過ごしてきたのだから。


「……そうだな。葵が前を向いてがんばろうとしているのに、俺が引きずってちゃ邪魔になるよな」

「うん」

「ハッキリ言うなぁ。それにしても美穂ちゃんはよく気づいたね。葵から聞いたの?」

「ううん。そんな野暮なことはしない」


 美穂ちゃんは俺を見上げて、優しく微笑んだ。


「ただ、高木達のことは最後まで見届けたいと思っていたから。あたしの自己満足だけれどね」

「そっか。長いこと待たせてごめんね」

「本当にそう。高木は反省すべき」

「……」


 女子という生き物は、男子よりも断然たくましい。

 二度目の人生で、ようやくそのことを学習できた気がした。


 恋愛は、人生において一つのイベントでしかない。

 しかし、大きなイベントであることには変わりない。

 いつ? どんな場面で? 経験人数は? 恋愛関係で人柄まで判断しようとする人のなんと多いことか。

 前世では恋愛ごとに対して斜に構えていたものだけど、本気で向き合ったからこそわかる。案外その意見にも頷けることに。

 一般的な恋愛ではなかっただろう。それでも俺達にとってはとてつもなく大きなイベントだった。

 始まりの終わり。そして終わりの始まり。

 俺達の関係は一つの結末を迎えた。

 だけど、それで終わりじゃない。人生はまだまだ長いのだから……。


「じゃあねトシくん瞳子ちゃん。私、宮坂葵は大きく羽ばたいていきます!」


 俺達の関係が決着してから、初めての春を迎えた。

 俺と瞳子は、空港で大きなスーツケースを引く葵を見送っていた。


 ──この日、葵が日本を発った。俺達とは別の道を歩み、自分を大きく成長させるために、遠い異国の地へと向かったのであった。



次が最終回になります(あとイラストもあります)


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