進行
目が覚めると、車内は昨晩の暗闇が嘘だったかのように昼間の明かりで包まれていた。昨晩のことで疲れが取れていないためか、あるいは昼間から休むことなくゲームをやっていたせいか、睡眠をとった体には疲れの重さが少しばかり残っていた。
「このシートは意外と寝心地良かったんだけどな」
電車はまだ動いていたが、外の景色は見慣れない住宅街や山が延々と続くだけなので、どこを走っているかがまったくわからない。
「あれ?」
ソウメイは沖田がいなくなっていることに気が付いた。別の車両を捜しに行くがどこにもいない。ソウメイはだんだん捜すのが面倒くさくなり、いないものは仕方がないと沖田の存在をなかったことにし、昨晩横になっていた座席に戻る。
「さてこれからどうするか」
窓は固く閉じられドアはびくともしない。備え付けの消火器で窓を割ることも可能かもしれないがどうしてもためらってしまう。途方に暮れたソウメイは窓に映る景色をひたすら眺めることしかすることがなくなった。外の様子は変わらず、灰色の道路を挟んで草木や山の緑が生い茂る場所だったり時折住宅が見えたりするだけでソウメイはすぐに退屈してしまった。ただしばらく眺めていると違和感を感じ始めた。人の姿がまったくみえないのである。車などの乗り物が走っているのも一度も目にしなかった。その事実に気づいてしまったとき、ソウメイは突如胸のあたりの服を強くつかみ始める。一人世界に取り残されてしまったかもしれないという自分の状態を想像して恐怖を感じていたのだ。思考はどうしようどうしようとぐちゃぐちゃになっていた。しかし、精神状態の危うさとは裏腹にソウメイの態度は至って冷静だった。誰がみているというわけでもない。ただ、終始落ち着いた様子で、いつも通りふるまおうと試みるように窓の外を眺めつづけた。それでも、内心の混乱と比例するように額には脂汗がにじみ出ている。ソウメイは人影求め、目を凝らす。
ソウメイが焦っている一方で沖田はある駅のベンチに座って、自身の早計な行動に呆れていた。昨晩ソウメイが眠ってしまったあともなかなか眠ることが出来なかった沖田はずっと怯えたまま横になってスマホの画面をみていた。その数時間後突如目の前が真っ白になって沖田は飛び起きた。まぶしさにようやく慣れた目が開かれると車内が早朝のような薄明るさで包まれている光景を沖田は目の当たりにする。突然の変化に沖田は驚きこそしたがそれ以上にこの明るさに安堵していた。すると、明るくなったのが引き金になったのか、電車は突如速度を緩めついに駅のようなところに止まってしまった。ドアが自動で開く。沖田は少しだけ外の様子を伺うとして電車から5.6歩と足を踏み出すとドアは閉まってしまった。そして今現在、このときソウメイを起こして一緒に降りていれば、ベンチで頭を抱えていることはなかったのにと沖田は自分の愚かさに呆れていたのである。
「いまさら後悔しても仕方ないか」
小さい声で自分に言い聞かせるように言葉を発する。その声は現在置かれている状況にも一切の不安を感じていないものだった。家に帰るための方法をすぐさま知りたかったが、そもそもここがどこなのかわからない。スマホを取り出しても圏外のため何もできない。とりあえず近くの人に尋ねるため駅のホームを出る。