進まない
二人が電車に乗ると途端にドアは閉まってしまった。そのことに動揺した二人はドアを何度もたたいて外に出ようと訴える。しかし、電車は二人を乗せるとすぐに出発してしまった。少女はその場に座り込んで弱弱しくひっそり泣いている。男はごちゃごちゃと考えることはやめて座席に座った。
しばらくすると、少女もあきらめて男の隣に少し離れて座った。
「名前聞いてもいいですか」
少女が尋ねる。
「真田ソウメイです」
「私は沖田ホシです」
それからはお互いのことについて話し合った。なぜこんなところに来ようと思ったかなど。
ホシは今年、大学受験をひかえている受験生だった。徹夜で勉強するのに備えようと思ってソウメイと同じくコンビニに飲み物やらお菓子やらを買いにきた帰り道に電車の音を聞いてここに来たのだということだった。そしてホシは言った。
「実は中学生の頃も、深夜、電車の音を聞いたことがあるんですよ」
「ええっ、中学生のくせによる遅くまで外出してたのか」
「ええまあ、あの頃は素行が悪かったので、というかそこにツッコむんですか」
「すまん、驚きを隠すための誤魔化しで、つい。ええっと、それで何回くらい聞いたの」
男はいつもの癖で余計なことをまた言ってしまい後悔していた。
「2回です。でもあの時はさすがに、駅まで行こうと思いませんでした」
「じゃあ、なんで今回はここまで来ようと思ったの」
「それはまあ⋯⋯単純に気になったからです」
「そっか」
「はい」
ソウメイはホシがあまり話したくないような気がしたのでそれ以上はきかなかった。
「ところで、真田さんは何歳なんですか。大学生ですか?」
ホシも話題を変えたったのか、ソウメイに質問をする。
「うん、大学生で、今は3年だよ。情報国際大学って知ってるかな。高ノ宮公園の近くにある大学で、地元なら一回くらいは見たことあると思うけど」
「はい、昔、小さいときに家族でよく公園に遊びに行ってましたからわかります」
「ホシちゃんはどこの大学を目指してるの?」
「都内の大学ならどこでもいいかなって思ってます」
ホシはさっきまで泣いていたが、落ち着きを取り戻した。
「そういえば、親に連絡とかしなくても大丈夫。しといたほうがいいよ」
「それが、ここ、圏外でして」
ホシはスマホの画面を見ながら言った。
会話の最中もホシのスマホを明かり代わりに使っていたためお互いの様子は見てとれたが、車内は真っ暗で座っている席や近くの銀色の手すりがかすかに見える程度であった。電車が走っているのは揺れていることから分かったが、外の様子は全く把握できなかった。深夜とはいえ街明かりが一つもないというのは明らかに異常だった。電車を見たときからの恐怖が会話のおかげで徐々に柔らんでいたソウメイは何となく避けていたことを口に出す。
「他の車両に行ってみるか」
「はい」
ホシも覚悟していたのかスマホをソウメイに渡し、その後ろをついて行った。
他の車両も一番初めに乗り込んだ車両と同じで真っ暗だった。窓からも何も見えない。最も気がかりだった運転席の様子も結局は分からなかった。暗闇を歩くのは自分の家でも時に、怖いという感情が沸く。知らない場所を散策することは、その何倍もの恐怖と戦うに等しい。元いた車両に戻った二人は息が荒くなっており、体もどっと疲れ座席に腰かける。ソウメイはお腹が痛むのか心臓が苦しむのか、胴のあたりで思いっきり腕を組みながら、考えを巡らせていた。
—―—―電車が進んでいるということしかわからない現状、そもそもどこに向かっているのか。なぜ夜に走るのか。運転手もいるかどうかわかっていない。なぜあの時ドアが勝手に開いて閉まったのか。さっきはホシに親に連絡しなくていいのかと簡単に聞いたが、そもそも俺たちは帰れるのか。
ソウメイは浮かんでくる疑問に埋もれていくとそのまま意識が遠のいていった。