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好奇心と恐怖

がんばって最後まで書きます。

 深夜1時。テレビの光だけが照らす部屋に男はいた。男は忙しく手元でカチャカチャ音をさせていたが、画面を見つめるその顔は指の動作とは対照的におよそやる気のないものだった。一区切りついたのか、男はコントローラーを無造作に置くと、命一杯体を伸ばし座していたソファから降りた。男は襖を開け自室から出るとリビングキッチンのある一階へ向かう。誰かいるためか、リビングの明かりはついていた。リビングでは男の父親がコップを片手に、眉間にしわを寄せテレビを見ている。


「まだ起きてんのかクソオヤジ」

「お前もなクソ息子」

「バカ息子の方が言いやすいだら。って誰がバカだ」


 平生の他愛もない会話を交わしながら息子はのどに潤いをもたらしてくれるものと口の寂しさを紛らわすのに何かいいものはないか冷蔵庫をあさる。


 牛乳、納豆、代表的な調味料、チーズ、ワイン


「ワインもチーズもあんま好きじゃないし、牛乳って気分でもないしな」

 

 冷蔵庫の中はろくなものがなかった。息子は明日の朝飯にげんなりしそうになりつつ立ち上がる。

 再びリビングの方に視線を移した息子は父親に言った。


「おーい、オヤジはなに飲んでんの」

「牛乳だけど」

「あっそう」


 面倒臭いが息子は近くのコンビニに行くことに決めた。おろしたての靴かサンダルにしようか迷ったが、靴下も穿いてなかった上に外は蒸し暑そうだったのでサンダルを履くことにした。


 男は子供の頃、夏のうだるような暑さが嫌いだった。しかし、子供と言うにはあまりに大きな体、大人というには世間を知らなすぎる頭を持っている、神話に出てくるケンタウロスみたいな概念の大学生となった今。冬に比べれば夏の方が断然親しみやすいと考えるようになった。小学生の頃の男は、どんな学校でも一人は生息していると言われる、真冬でも半袖半ズボンで町を闊歩する皮膚バカだったが、体裁を気にして着こむようになってからというもの、寒さに対する耐性がなくなった。最終的に寒さよりも暑さの方がまだ我慢のしようがあるという理由で冬より夏の方がましという結論に至った。

「暑ちー、むしろ熱つい。やっぱり夏も無理だ。早く冬になんねーかな。よく考えたらケンタウロスって上半身はまだ人間だった気がする」

 男はぶつぶつと一人ごとを言いながら本格的なセミの声だけがかしましく広がる夏の夜の街をとぼとぼ歩いた。


「ありがとうございました」


男はアイスと炭酸飲料を二本買ってコンビニを出た。


「まだ、外あついな」


重々承知のことを意味もなく口に出して暑さを紛らわす。


「やっぱコーラはうめー」

 早速買ったばかりのコーラを半分ほど一気に飲む。喉の渇きを癒すことができ、満足するとつい笑みがこぼれた。コーラは純度が命と言わんばかりに残り半分も飲み切ってしまおうと思って顔を空中へ持ち上げようとしたとき、その音は聞こえてきた。

 

 男はセミの声に交じって聞こえる音を聞き取ろうと耳を澄ます。


「電車か? でもなんでこんな時間に」


 自動運転技術の恩恵を受けるのはまだ先のはずだが、もしかしたら人が寝静まっている間、ひそかに実際のレールにのせて実験でもしているのだろうか。と、男は短い一瞬で陰謀チックで幼稚な想像を巡らせ白衣の研究員を期待し、駅に向かって走り出した。


 改札口前。わきやおしり、顔から汗が滴り落ちていたが男はそんなことを気にするそぶりはせず、電車の有無を早く知りたい衝動に駆られていた。都内の駅には劣るが本屋や服屋なども備わっている、それなりの規模の駅だったので改札前ではホームの様子を見ることはできない。改札の向こう側に人の気配は感じられなかったので男はホームまで降りて確認したい気持ちで改札を通ろうとしたとき突然後ろから、声をかけられた。


「あのーすみませーん」


 男はその声にびっくりして瞳孔が開かんばかりに目を見開き、肩を震わせた。同時に、体も無意識に素早く振り返る。驚いた目に映ったのは自分と同じようにコンビニに行った帰りなのかビニール袋を手にぶら下げている黒を基調としてアクセントに黄色を使っているジャージ姿の女の子が立っていた。高校生くらいの年齢と思われるその女の子は長い髪を後ろで結わえ、化粧をしていない顔には何かにおびえているような表情が張り付いていた。


「あなたも電車の音が聞こえてここに来たんですか」


 男はなるべく怖がらせないように愛想よく言った。


「はい」


女の子はそう返事をすると少しうつむいてそのまま黙ってしまった。男は頭をかきながらこの状況をどう対処すればいいのか考える。


「とりあえず、ホームに降りようと思ってるんだけど、君も来る」

「はい」


 男は女の子にそのように言うと、ふと、もしかしたらすでに電車は出発しているのではないかと思い、つい急いでホームへと続く階段を一気呵成に下りていってしまった。研究員の人たちに怒られてしまうのではないかということも忘れて。階段も残り一、二段だけになろうとしたとき、男の中にその考えが一瞬浮かんだが、目の前の光景から喚起された喜びで懸念の思考は吹き飛んだ。


 電車は男が期待した通り、あった。


 しかし、男の心の中で上がった歓喜はだんだんと恐怖になり替わりつつあった。明かりといえば階段の上から射す僅かな光と街の方からきている頼りなく輝いているものだけなのでホームはほぼ暗闇なのだ。男には横に止まっている電車が森に眠る巨大な生物か何かに見えてきた。男の心臓の脈がどんどんどんどん速くなっていく。


「あそこみてください」


 後ろからついてきていた女はさっきと打って変わって怖がるようなそぶりもせずにホームの奥のほうを指差した。ホームには二人を除いて誰もいない。男は目を細め女の子が指差す場所を注視した。電車の中で小さく、ぼーっと輝くオレンジ色の光。それはピンポイントでドアを照らしていた。


 二人は並んでそのドアの方に行く。

 男は内心行きたくない気持ちでいっぱいだったが、女の子が物おじせずそっちへ足を向けて歩き出したので仕方がなく重い足を動かす。

 ドアの前に来ると、二人を招き入れるかのように静かな音でドアが開いた。男はもちろんのこと、女の子もこの展開にさすがに驚きを隠せなかった。数秒の間。男の中で恐怖より好奇心がまさった瞬間、電車に向かって一歩踏み出していた。

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