終章 2
季節は春を迎え裏庭の桜も満開に近づき始めていた。
薄桃色の中に黒い影を見て、もしやと思って駆け寄る。
見上げた木の上には、一羽の鴉が止まっているだけだった。
「なんだ、鴉か……」
少しの落胆の気持ちを胸に、屋敷へ帰ろうとした俺の背後で、羽ばたきの音がした。
『……桜の妖ではなくて残念か?隆生』
聞き覚えのある、いや、忘れる事なんかできるはずもない声にはっと振り返る。
桜の枝には黒い鴉。
それと目が合ったと思った瞬間、鴉が大きく羽を広げ、舞い降りる。
「どうやら俺は桜とは相性というものが良くないらしい」
黒い羽を桜の花弁と共に散らして地上に舞い降りた鴉は、懐かしい姿に変った。
その姿に目頭が熱くなる。
「……遅いよ」
「そうか?俺としては気付いてもらえるまで待つ必要はなかったんだが」
泣きたくなるのをぐっと堪えて、俺は壮軌に向かって笑いかけた。
「……全く。人ん家の桜に勝手に棲み付くのは相変わらずなんだから……」
歩み寄ってきた壮軌に向かって手を差し伸べる。
「家に来いよ。部屋は余ってるし、そこにいてもつまらないだろ?」
「あぁ。……隆生がそう望むのなら」
壮軌には変った世間の事とか色々教えることがある。
並んで離れへと歩きながら、これから忙しくなるな。と呟いた。
―――この世の春は今がたけなわ。桜は咲き続ける―――
桜に棲む者 終




