其の伍 比翼連理 -楓ー2
視線を合わせると、鬼が口元に笑みを浮かべた。
「妾は楓。只の人の子よ」
そう答えると、鬼はますます楽し気にその翡翠の瞳を細める。
『妖の者に名を告げるなど、よほど肝の座った娘ぞ』
気に入った。そう言った鬼が、くつくつと笑いながら座っていた枝から飛び降りて、私の目の前に立つ。
その背丈はあの貧相な城主とは比べ物にならぬ程高く、力強い印象を与えた。
あまりの近さに一歩後退った途端、くらりと視界が揺れて倒れそうになる。
(あぁ。またいつもの目眩か)
衝撃に備えて目を閉じたけれど、何時まで経っても痛みは訪れない。それどころか力強い腕の感触がして驚いて目を開けた。
「何をする」
『これは心外。倒れそうであったから支えたものを』
私を抱きかかえた鬼が得心いかぬといった風に片眉を上げる。
そのまま私を横抱きに抱え上げた鬼が驚きに声を上げた。
『楓は軽いな。まるで風を抱いているようだ』
間近に見える端正な顔を見ながら、私は全く違うことを考えていた。
(何故、この鬼は私に触れても何ともないのだろう)
今まで私に触れた妖は皆消えてなくなったのに…。
『何だ、楓。我に惚れたか?』
「は?何を言うか」
あまりの言いように、笑いを浮かべる顔をキッと睨み付けると少しだけ表情が歪んだ。
『我はそなたより力がある故、触れていても平気だが流石に力を込めて睨まれると堪えるな』
そう言った鬼が私を桜の根元に降ろした、その手つきの優しさに戸惑う。
人ならざる存在であるのに、その行動はどの人間よりも人間らしく思えた。
鬼がどんな表情をしているのか気になって顔を上げるのと同時に、遠くから私を呼ぶ侍女達の声が聞こえる。
『我はもう往ぬ。また来るぞ、楓』
髪が頬を掠めて衣服に焚き染められた香の匂いが私を包んだのを感じた次の瞬間には、鬼の姿は消えていた。
それから、桜の元へ行く度にこの鬼が姿を現すようになった。




