其の弐 神木 -隆生ー
誰かが、泣いている。
どう言い表していいか解らない程、哀しい慟哭が俺の脳裏に響いた。
(俺、どうしたんだっけ…?)
靄のかかったような頭でぼんやり考える。
確か透とかいう少年がやってきて、弥市のところへ行こうとしたら変な男が現れて……。
(攫われたんだ)
気を失う前の事を何となく思い出すと、また誰かの声がした。
重い瞼を持ち上げて目を開けると、薄暗い視界の先に対照的な雰囲気を持つ二人の男がいるのが見える。
同じ衣服をまとっているものの、一人は白銀の髪に怜悧な容貌、もう一人は漆黒の髪に優しげな容貌をしているがその瞳は涙で濡れていた。
『お願いだ、もう、私達を解放してくれ』
『それは聞けぬよ。我はもうすぐ最強の力を手に入れる。だがそれも、お主という器がなければ使いこなせぬからの』
くすくすと楽しそうに笑いながら白銀の男が俺に近づいてくる。
驚いて逃げようとして、自分が細い木の枝のような物で雁字搦めにされているのに気付いた。
「な……ッ」
どんなに足掻いても身体にまとわり付く枝、否、木の根は外れることがなく、寧ろもがけばもがく程、身体に食い込んでいく。
『逃しはせぬ。お主のその力を全て我の物にすれば、妖の王となるのも容易い……』
「何だよ、俺の力って!」
白銀の男が言っている事が全く理解できない。
俺は、過去の記憶がなくて老いない身体だという以外は何の能力も持たないただの人間なのに。
『さぁ、その力を我に差し出すがいい』
白銀の男の声と共に俺を拘束する力が強くなった。
「うぅ……ッ!」
ぎりぎりと締め付けられて息が詰まる。
木の根が触れたところから何かが奪われていく感じがして、次第に視界が暗く閉ざされていった。
白銀の男の気配が遠ざかるのと同時に、もう一人の気配が強くなる。
目を開けることもできないまま、近づいてくる気配だけを感じていた。
『貴方を、巻き込んでしまって申し訳ない。
私はただ、死にたくなかっただけ。でもそれが、愛しい者達を傷つける事になってしまった…』
白銀の男と同じ声なのに、その声音は柔らかい。
ぽたりぽたりと、額に落ちる温かい雫は彼の人の涙だろうか。
『できる事なら、この呪われた生を終わらせたい。そう願ってきました。
その願いが、やっと叶います。《彼》なら、私達を解放してくれるはず……』
震える声が、男が感じている辛い思いを伝えてくる。
(《彼》って?)
ぼんやりと霞がかかった思考の中、浮かんだのは壮軌の顔。
そして、それを読んだかのように男の言葉が続いた。
『そう、《彼》なら、私達を……』
完全に意識が闇に呑まれてしまった俺には、男の言葉は最後まで届かなかった。
そして、次に目覚めた時には全てが終わっていた……。




