其の弐 神木 -透ー3
「やめろ!透は関係ない!」
必死に言い募る兄を、男は面白い玩具を見つけたかのような表情で見詰めた。
『ふふ…っ。面白い、面白いなぁ、人間。お主のような感情の持ち主は初めてだ』
男はそういうと、兄の顎に手をかけて自分の方を向かせた。
「兄さまを離せ!」
「駄目だ、透。戻りなさい!」
私が兄に駆け寄ろうとしたのを目の端に捕らえたのか、兄がこちらを見ないままで私の動きを制する。
「贄は私だ。それに、弟に手を出せば次の贄が望めなくなるぞ」
私を庇うかのような言葉に、男の笑みが深くなった。
『憎いのに、愛しいか。ほんに面白いの。
お主も今までの贄のように喰ろうてやろうと思ったが、気が変わった』
ニィと口角を持ち上げた男が兄に口付ける。
「何を……ッ」
『お主の身体を貰おう。その代わり、我の力はお主の物。好きに使うがいい』
そういって再び兄に口付けた男の身体が少しずつ薄くなっていって、そのうち消えてしまった。
「兄さまッ」
男の姿が完全に消えたのを見届けてから、兄の許へ駆け寄ろうとしたその時、変化が始まった。
「く……っ、あぁ──」
苦しげな声を上げて蹲った兄の、艶やかな黒髪が次第に白銀色に変わっていく。
ざぁっと音を立てて吹いた強い風が、桜の花びらを散らして視界を薄桃色に染める。
思わず目を閉じて、風が止むのを待って再び開いた時、兄の姿は完全に変わっていた。
腰まである白銀の髪。
薄紅色の狩衣。
初めは、あの男が立っているのだと思った。けど、私を見たその顔は、
「あに、さま……」
紅い瞳に射竦められて、身動きする事ができない。
『透。お前は私の手足になってもらおう』
言葉と共に兄の手が私の額に翳され、眉間を突かれるのと同時に意識が弾かれた。
『透。お前は私の言うことだけを聞くのだ』
「はい……、兄さま……」
どこか、遠いところで自分の声がする。




