其の弐 神木 -透ー
瞳を伏せると、病弱だが優しい兄と厳しくも温かい両親に囲まれて、何も知らずに幸せだった頃の情景が浮かぶ。
私が生まれた家はとても裕福な商家だった。
その秘密を知ったのは、兄が十九になった春のこと。
「兄さま?」
いつものように兄の部屋に行った私の目の前に、見たことのない白い着物を着た兄が立っていた。
「寝ていなくて、大丈夫なのですか?」
その日も兄は朝から熱を出して寝込んでいた。だから私は厨に頼んで喉通りの良い物を作ってもらってきたのだ。
それなのに、こんな日も落ちて肌寒くなり始めた時刻に起きているのか。
持っていた膳を下ろし、おずおずと伸ばした手は乾いた音を立てて払われた。
「私に構うな」
「あに、さま…?」
いつも優しい笑みを浮かべていた兄が、まるで厭な物でも見るかのように冷たい目で私を見る。
「私は、お前が憎いよ。何も知らない愚かな弟」
呆然と兄を見詰める私を一瞥すると、口元を歪めてそう吐き捨てるように言うと、部屋の外に居た使用人に連れられて部屋を出ていってしまった。
「兄さま!待ってください!」
「透。行ってはいけない」
後を追おうとした私を、いつからそこにいたのか父が引き止め、部屋の中央に座らされた。
何がどうしたのか、混乱したまま座り込んだ私の頭をひと撫でした父が前に座る。
そして静かに語り始めた。
「家の裏庭にある《神木》は知っているね」
父の問いかけに無言で頷く。
家の裏庭には大きな桜の木があり、不用意に近づかないようにと言われていた。




