28 スタートダッシュ
レースの説明会もどき。
地平線が見える平地、僅かに下草が生えるこの広々とした空間には、馬に乗ったプレイヤーがすし詰め状態で密集していた。
それもそのはず、アドベントオンライン初の大型イベント「スレイプニル・レース」が、すぐにでも幕を開けるからである。
その熱狂ぶりを見に来た観光客、非参加のプレイヤー、NPCの屋台等々も集まっており、その光景は日本ど真ん中祭りに匹敵する込み具合だ。
コミケと違って一般ピーポーが集まる為に、その集客率は恐ろしく毎年圧迫による被害者が絶えないというあの祭りだ。
さて、今回のレースだがメインは馬だ。全てのプレイヤーが同じスペックの馬を持つと紹介されていたけれど、どうやら体格差が存在するらしい。
周りを見渡してみると、巨大ゴリマッチョプレイヤーは黒王号しかりの巨大馬にまたがっている。しかし一般的な体格のプレイヤーに至っては、ノーマルな馬が与えらえれている様だった。毛並みや色はそれぞれランダムで決まっているらしいが、性格はどれも大人しく従順なイメージを与える。
そこで私の馬だが、小さいのだ。
うん、私の体に合わせてあるんだろうな、小さいのだ。身長120㎝なこの体に合わせてくれているのか、普通の馬というよりちょっと大きめのミニ馬としか見えない。そういえばミニ馬の動画見た時は感動したな。滅茶苦茶可愛くて、つい飼いたいと思ってしまった。いたい、いたいって、いたたたたっ!ノヴァさんやめて叩かないで!?
ふぅ、びっくりした。とりあえず、そろそろ始まるから戻ってもらえる?私もうこの馬に乗るんで。だからちょっと退いてください。
「ニノ、あんたドッペルゲンガー出して何してるの……哀しくなるから止めてくれる?」
失敬な、ノヴァさんは勝手に出てきているだけで、私が自分で出している訳じゃないよ?けして一人芝居じゃないからね。これ重要。
私が馬に乗ると、その後ろにノヴァさんがタンデム気取りで着席。お腹にしっかりと手を回してスタンバイ完了である。
「ミトさん、止めちゃダメなのですよ。すっごく可愛いから止めちゃダメなのですよ!!」
「フフフ……ヨモヤこんな形でユリ空間を作り出すトハ、さすがニノデス」
「ニノ……大丈夫か?」
全員から生暖かい視線を頂戴した私は、ぷんぷんと頬をふくらましながらスタートを待った。ふと自分の行動が、聖夜歌さんに調教された通りに成っている事に気付き愕然とする。まさか男に戻ってもこの癖が続いたりしないよな?物凄く気持ち悪い。
真っ青になっている所で、司会進行を任ぜられた哀れなGMカレー子さんから熱烈な激励を受けることになる。
『よっしゃーっ、準備は良いか愚民共ぉぉぉぉっ!!』
「「「おおおおおおおおっ!!」」」
『ルールは簡単、リアルタイムで十六日、ゲーム内でおよそ一年、その間に各所チェックポイントを順路通りに抜け、最も早くゴールに辿り着いたパーティ最大六名とソロプレイヤーの計七名に優勝資格がある。死んだら失格、馬を潰しても失格、馬以外での旅も失格だ。精々気を付けて生き抜けよ。あと妨害はアリだああああぁぁぁぁっ!!』
最後でいきなり大暴露が入ったぞ……。妨害アリかよ畜生め、周りの皆こっち見てるじゃねーか、完全にカモ扱いされてるじゃないですかやだー。
私は星封剣をさりげなく取り出し、ブレードを出さずにスタンバイ状態で隠し持つ。形状変化で鞭にする事が出来るので、蛇腹剣の様な扱い方も出来るのだ。なにせ高密度粒子ビームブレードである。ただの鞭形状でも全身が刃だ。しかもこの鞭、触手の様に思い通り動くぞ!
私の作戦を察してくれたノヴァさんも星封剣・影を取り出してスタンバる。
『それじゃあ野郎共、レーススタートォッ!!』
全速力で前進する騎馬軍団。そして案の定私に襲い掛かるプレイヤー達。でもさ、哀しいけどこれ、戦争なのよね。
瞬間的に発生した粒子鞭が自在に動き、固定ダメージ二千を連続で周囲にばら撒く。私達PTの周囲に詰めていた攻略組(笑)が炎のエフェクトを上げて燃え尽きていく。伽藍堂となった周囲を一瞥すると、目を見開いて驚く他プレイヤーの姿が散見された。
私達はそれに構わず、前進を続ける。白と黒に輝く鞭というか触手で、並み居る敵を屠りながら進む様はまるでG細胞から作り出した薔薇怪獣が暴れている様か、F1レース会場に現れた半裸マッチョ浮浪科学者の様だ。むしろこっちの方が近いか。
それにしても、全ての馬が同スペックというのは本当の様で、この小さな馬も普通サイズの馬と同じ速度で走行しているし、特に息も乱れていない様だ。むしろ的が小さい事で遠距離攻撃に有効な気がするな。
それからも粒子鞭で襲撃者を撃退しつつ走らせたり、休憩を挟んだりと順調にレースを進める。というかこれってバトルロワイアル的なノリになってますよね。レースって何だったんだろう。
「ん、最初のチェックポイントか」
「ニノ、そろそろ此処で宿泊しましょう。チェックポイントの村なら攻撃不可だから安心だしね」
リーダーであるミトがそう言うと、私達は特に異論も無いので此処で宿泊する事に決定した。ブラウンカラーな木造建築の酒場二階に宿屋があり、そこに部屋を借りる事にする。どうやらイベント期間中は宿泊キャパシティーを超えても良い様に、空間拡張がされている様だ。この町にはあといくつか宿屋はあるのだが、恐らく同じ仕様だろう。
リアルではまだ、午後十三時にもうすぐ差し掛かるという頃合いである。ゲームは一日一時間は良く言ったものだ。
この後六日後に夕食タイムとして一時間の強制ログアウトがあるので、それまでに出来るだけ進みたいものなのだが、馬を酷使するとそれだけで失格の可能性がある。夜は休ませる事が必要なのだ。
馬のパラメータを見ると、やはりと言うか疲労が結構溜まっていた。召喚石に戻してやれば、明日の朝には全快している事だろう。馬用具セットの中にブラシもあったので、ブラッシングもやるべきだろう。拙くはあるが、それでも優しく懸命にブラッシングをして、水と餌を与えて人心地付いたところで召喚石に戻す。
頭をこすりつけたりして凄く可愛い。ノヴァさんはずっと馬に頬ずりしていた。そんなに好きか。
「そう言えば、名前とか決めてなかったな」
「ニノは決めてなかったデスか?私の馬は決まってるデス、その名も【アシュリー】デス!」
「私は【ラック】なのですよ」
「俺は【レイニー】だ」
赤毛姉妹はともかく、意外な事にホーンさんまで名前を付けていたようだ。雨の名を持つなら、そのうちケルピーにでもなりそうだな。風の精霊羽剣には気を付けろ、一発で首を持っていかれる。
「私は特に付けていないわね……」
「こういう時は家族だなって実感するよ」
昔ジャンガリアンハムスターを飼った時も、最終的にはジャンに落ち着く程に適当な名付けだったし、それまではハムスターと種族名で呼称していたくらいだ。それで十分に可愛がれたのだから大概である。
「うーん、ミニ馬っぽいからミウで良いか」
「じゃあ私はミニ馬の姉だからミアね」
こうして私の馬はミウ、ミトの馬はミアに決まった。なんというネームセンスの無さ。弓使いの生産職とはえらい違いだ。
名前の登録を終えて、私達はそれぞれの部屋へと入って身を休める。当然ノヴァさんは帰ってくれないので、今日もベッドをペフペフ叩いて添い寝の要求だ。いつもの事なので最早気にせずお互いに抱き合って眠る。一応言っておくが本気で自演じゃないんだよ、たぶんスキルとして確定した時にNPC的なプログラムが入ったんじゃなかろうか。
読了感謝なのです。
というわけで、ちょっと短めですがレース開始ですね。
攻略組(笑)は(笑)までが正式名称のギルドです。祭りの時はギラギラしてますが、普段は気のいいおっちゃん達の集まりだと信じたい。
それはともかく、個人的に封神演義で一番好きな宝具は禁鞭です。あの無駄撃ちマシンガンな攻撃が好きです。
ROでは鞭子をメインに戦っていたくらい鞭好きです。音速音速。