26 追憶の聖堂
今回のお話は虐殺シーンが出てきます。
苦手な人はお気を付けください。
前も思ったけど、こういう悪者だけど悪人じゃないタイプはやり辛い。しかしそうも言って居られないのが現状だ。このままでは見つかり、丁重に持て成されてしまう。そんな時間はないのだ。
私は盗賊連中を殺す覚悟を決める。いや、昏倒でいいかな?でも昏倒させるプレイヤースキルが錆びついていないか、このゲームで有効かどうかが不安だ。最悪ドッペルパンチでも叩き込んでやろう。
最近星封剣しか使ってなかったけれど、ちゃっかり杖も買ってある。しかもプレイヤーメイドで【硬化】を付与した壊れにくい打撃戦用の杖。これで昏倒させることにしよう。
私はとてとてと、何の警戒も無しに歩いていく。どうやら足音で私に気付いてくれたようで、こちらの様子を窺っている。既にドッペルゲンガー・ノヴァも実体化させており、はた目には色違いだけどよく似た双子が歩いている様にしか見えない。しかも杖を持った魔法職という事で、近接戦闘職にとっては濁涎ものの餌だろう。見た目だけは美幼女だからな。
二人して歩いていると、ぬらりと男が姿を現した。さっきお頭と呼ばれて居た大男だ。
「よぅ、お二人さん。ここへは何の用で?」
「遊びにきたの」
「そしたらおっきな建物があって」
「珍しかったから入ってみたの」
「おじさん達はここで暮らして楽しい?」
「楽しい?楽しい?」
「楽しいよね?ね?」
ニコニコと無邪気な表情で、反論の隙を与えず二人で詰問攻撃をする。お頭さんは口を挟もうとしているが、絶妙なタイミングで私が言葉を差し込んで有無を言わせない。
「あそぼ、あそぼ!」
「おにごっこ、かくれんぼ、おままごと、なにがいい?」
「おにごっこ、おにごっこ!」
「「じゃぁ、私たちが鬼ね」」
瞬間、影に溶け込み消えるドッペルゲンガー。次いで私も移動加速に意識を注いで、一瞬で認識外へと走り去る。同時に衝撃音が炸裂した。まずはお頭の足、肩、手、顎を硬化杖で殴りつける。更にドッペルゲンガーが物陰に隠れていた奇襲メンバーの背後に現れ、延髄を硬化杖・影で一撃。それだけで沈む為、私も加わった後は一気に無力化していく。
しかし、お頭は流石というべきか。少しの昏倒で回復し、立ち上がろうともがいていた。だが生まれたての小鹿の様にぷるぷると震える足腰を一瞥し、聖撃を一撃顔面に加えて、今度こそ昏倒させる。
うん、やっぱり山賊の類じゃこの程度か。いや、私が強い訳じゃない、彼らが弱すぎるのだ。だってレベルが三十以下の奴しか居ないんだもん。
私は盗賊を縛り上げ、両足の靴紐を片結びできつく縛る。ふふふ、もう動けまい。
さて、制圧は完了した。ドッペルゲンガーには引っ込んで貰って、探索に向かうとしよう。
ひとまず、お頭が出てきた奥の道へと歩を進める。何があるか解らないので、杖を左手に持ち右手に星封剣を納刀状態で待機させておく。
「【光属性魔術・初級『ライト』】」
移動用の浮遊灯を引き連れて、暗い建物の壁を照らし出す。壁紙は既にボロボロになっており、裏の石壁が丸見えになっている。どうやら頑丈な造りらしく、崩壊の危険性はなさそうだ。
一時間程探索してみたが、めぼしい物は発見できず、昇降機らしき物や装置も発見できなかった。あったのは小瓶の酒と黒パンと肉、武器は錆びついていたり刃こぼれしていたりと使い物にならなかった。収穫らしい収穫となると、弓矢だろうか。大半の弓が腐っていたのだが、比較的新しい弓と、最近補充したらしい新しい矢五百本が広間に置いてあったので、有難く頂戴しておいた。
弓があれば、レース中に暗躍する事が出来そうだ。
建物内の探索に入って二時間、それっぽい施設や道は発見できず。ガクリ。
どうしよう、このままだと徹夜コースになってしまいそうだ。そんな心配をしていると、視界の端を何かが通った様な気がした。
「……なんだ?」
私は気になり、その何かが消えた方に足を向ける。すると、そこには青白い光の靄が……。
「ひっ、ゆ、幽れ……いや、ゴースト?」
そこには全身黒色の甲冑と赤黒いマントを着込んだ、男性のゴーストが立っていた。
『伝エテ欲シイ』
男がぼそりと呟くと、一瞬で周囲が白い靄に変わり何も見えなくなった。私は警戒を解かず剣と杖を構えながら相手の出方を窺う。
しかし攻撃はされず、靄が晴れてくると――人で犇めき合う大聖堂があった。
「何だ……これ」
『勇者が魔王を打ち取ったぞ!』
「!?」
突然背後から気配も無く叫ばれたので、咄嗟に距離を取って構える。しかしその男は、まるで私に気付いていないかの様に走り去っていく。「勇者が魔王を打ち取った」と叫びながら。
私は何が起きているのか理解できずに、呆然と立ち尽くしていたが、その周囲から人がぞろぞろと出てきて、みな口々に「勇者が」「魔王が」と話している。
そうか、これは話に聞いていた勇者が魔王を討伐した時の記録か何かだろうか?
『これでやっと計画が進みますな』
不穏なセリフを吐いた男の声が背後から響く。いやもう、なんであんたら決まって背後から話し始めるの?ビクるわ。
『うむ、我々の計画を知った魔王が急激に成長をし始めた時はどうしようかと思ったが、所詮は原種の作った歯車だ。我らが主には到底及ばなかったのさ』
『そうですね。上手く同士討ちさせる事が出来たのです。あとは血を絶やしてしまえば』
『そうだな、魔王が倒された事で人間の国同士で争う時代が帰ってくる。急がずとも、じきに聖女の血も絶えるだろう』
『そう言えば、勇者が行方不明という噂は聞きましたかな?』
『勿論だとも、上手く隠蔽してくれた証拠だろう。既に彼は殺されているからな』
『流石ミーム博士、教会の使い方が解っていらっしゃ――ごふっ』
『ジル君……?――き、貴様はっ、何故ここにいぎゃあああああああっ!!』
とても真っ黒な会話の最中、ジルと呼ばれた青年の胸に生えた水色の刃。その美しさには見覚えがあった。その持ち主の姿に見覚えがあった。
「勇者、クラーク……」
表情には、私達が出会った召喚された彼とは違い感情が感じられる。だが、その感情は魔王を討った事への喜びでも無く、平和に安らぐでもなく、殺気に満ちた鋭い眼していた。
『な、何故……』
『………………』
勇者クラークは無言で進み、手当たり次第に虐殺していく。その剣に切れぬ物は無く、鉄の扉すら一刀のもとに切り捨てる。
私はそんな虐殺劇を繰り広げる勇者の後に続き、歩きながら考える。彼が何故、こんなことをしているのか?さっき博士と呼ばれていた男が言っていた“計画”とは何か?そもそも何故こんな極東の島国にそんな施設を作ったのか?疑問は絶えないが、きっと答えは彼の進む先にあるのだろう。
建物の広間に辿り着き、長テーブルを蹴り飛ばして絨毯を捲る。そこには何もない様に見えたが、勇者が魔力を流すと見えなかった魔法陣が輝きを放ち、地下へと続く螺旋階段が現れた。こんな仕掛けだったのか、そら気付かんわ。
そのまま降りて行くと、ミイラ化した遺体がそこいらに転がっており、まるでゴミ捨て場の様な惨状であった。うっぷ、と吐き気を催すがヘルスセンサーには何の問題も無い。どうやらリアルには還元されていない様だ。助かる。寝ゲロは勘弁なんだぜ。
『下衆が……』
怒りの篭った、重く響く声を吐く勇者。どうやら彼もこの光景には驚いているらしい。
その呟きを聞き取ったのか、奥の部屋から男の声が響いてきた。
『ほほぅ、この様な所まで来るとは……勇者殿も暇ですな?』
『ああ、向こう数千年は暇だよ。どこかの虫けらに踊らされちまったせいでな』
『いやいや、我にそんな殺気を向けられても困りますな。我はただの司祭に過ぎぬのだよ』
『抜かせ、このカマキリ野郎』
『そこまで知られているとは……よろしい、ならば戦争だ』
奥へと続く道がガラガラと音を立てて崩れ去る。そしてそこに現れたのは、鈍色の甲殻を持つ巨大なカマキリだった。
読了感謝です。
青白く光る半透明の幽霊が、過去に起こった幻影を見せる。
TESⅤのマグヌスの目クエストをモチーフにしてますます。
そして勇者様ご乱心。