23 スレイプニル・レース
長らく間を空けてごめんなさい。
ちょっと時間が取れなかったのですよ。またちびちび更新していく所存です。
あと今回短めです。
(燈子視点)
神璽の過去を聞いてから、一週間以上が経った。
既に八月にさしかかっている。だが、私達は神璽とまともに話す機会を持てていなかった。
神璽はあの日の翌日から聖夜歌さんのお店にバイトに向かい、家にいる時間はゲームの世界に旅立っている。それでも、私達とまともに会えていない。
たまに外泊もする様になっており、母が聞いた時には友達の家だと言っていたが、私が知る限りこのマンションに彼の友達などいなかった。ならば外かとも思ったが、そもそも小学校低学年からずっとぼっちな彼に友達など居るはずも無く、何処に行っているのか非常に心配だった。
だから、私達は彼の変化に気付かなかった。何処に行っているのか、そればかりが気になって、彼と会話出来ていない事も相まって気付けなかった。
七月三十日
ゲーム内イベントが発表され、それに備えるための時間が与えられる。私とホーン、ジェニーとジェシカもログインして会えたので、早速PTを組んでいた私達は、四人でイベントに向かうつもりだった。
そこで、神璽の姿を見るまでは。
◆◇◆
(神璽視点)
『さぁ、やってまいりました夏の大イベント!!夏休みの学生諸君、日々戦い続ける社会人諸君、その他もろもろの皆!アドベント・オンライン初の大イベント【スレイプニル・レース】の開催です!』
わあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!
王都の広場に集められた、数えきれないプレイヤーが大歓声を上げる。神の馬を冠するレース。それがこの夏の大イベントである。
『ルールは簡単、皆さんには同じ性能の馬をプレゼントします。その馬を各地に散った“進化の種”を使って、自分好みに成長させてください。その馬を使って、この広大な大地を最も早く一周出来たプレイヤーが勝者です!』
おぉ、馬もらえるんだ。普通は貸し出されるのかと思うけど、貰えるなら今後のゲーム内の旅も楽になるな。馬車を買ったりするのも懐が持たないし。モンスターが出たらすぐに怯えて、下手すると殺される。しかも進化の種とやらで強化が出来るとなると、イベント参加者はかなり増えるだろう。
どうやら予選なしのイベントらしいから、振り落とされる心配も無い。
『そして優勝賞品は【スレイプニルの種】だぁ!この種で進化させた馬は、神獣スレイプニルとなりかなりの速さで移動が出来て、更には空を駆ける力を持つぞ!!二位はペガサス、三位は処女厨ユニコーンだぁ!』
処女厨って……なんなんだ、この司会は。ユニコーンに恨みでもあるのか?リ○ィ少尉じゃあるまいし。
『レース開始は現実時間で八月一日の十三時!ゲーム内では今から受付をします、皆さんふるってご参加ください!!他の詳しい事柄は面倒だから配布するパンフレットを読んでネ!!以上、最近のんびりした田舎から犯罪塗れの都会に飛ばされて内心イライラのGMカレー子からでした~』
やはりこのウザさはGMだったか。なんだろう、こんな連中しか居ないのだろうか。それとも管理や調査とか、仕事が多すぎて頭がアレしちゃったのだろうか。
「やっほ、ニノ。最近見ないと思っていたけど、イベントに参加はするみたいね」
私の後ろから声をかけられ、少しビクリとしながら後ろを振り向く。そこには、長年見慣れた姉(緑)の姿とホーンさん、そして見覚えの無い少女二人が居た。
「と、燈子……さん」
「その呼び方、気持ち悪いわね。というかミトと呼びなさい。それで、アンタは参加するの?」
「う、うん……ミトも?」
「そうね、アンタが来なければ四人で参加する予定だったけど、丁度良いから一緒に参加しましょうか」
このレースには、どうやらパーティレースとソロレースが在る様だ。私はソロで出ようと思っていたのだけど、こうなってはパーティで参加したほうが良いだろう。でなければ、この姉は私を殺しかねない。
私とミトが話をしていると、見覚えの無い少女が寄ってきて俺をじっと見つめていた。なんだろうか。
「オー……本当にリアルのままダヨ、ニノ」
「姉さん、それを言うならゲームのまま、じゃないのですか?」
「って、バートン姉妹か……」
「イエス、大当たりデス!」
「こちらでは初めまして、なのです」
ややカタコトが残り、ワイルドにやぶれた軍服をビキニもどきに着こなした姿が特徴的な、金髪の女性がジェニーだろう。イメージ的には大当たりだ。
反対に全身をすっぽりと隠してしまう黒いローブを着た黒髪の少女がジェシカか。あれかな、二人とも赤毛にコンプレックスでも持っているのかな?
「でも、ジェシカ達って即売会行くんだろう、どうするんだ?」
「大丈夫デス、こっちの同志にお願いしたデス」
「私は元から腐ってはいないのです。それに、最近ニノちゃんと会う事も出来なくて、ちょっと寂しかったのですよ?」
「あぁ、うん。そっか」
そうか、こっちに同志がいるのか。そりゃイベントに専念できるってもんだな。
「それで、最近忙しいみたいだけど、何をしているのかしら?」
「べ、別に、なにも……」
「ふぅん……」
至近距離でじっと見つめられる。その視線には明らかに疑念が篭っていた。
「まぁ、いいわ。アンタも参加するなら、ある程度は旅装を整えないとね。ちょうどいいから買い物に付き合いなさい」
「あ、う、うん。わかった」
慣れない笑顔で笑って見せる。だが、その笑顔がミトの疑念を深くしたらしい。険しい顔でこちらを見ている。私はその場をごまかす為に、バートン姉妹へと話題を振った。
「そう言えば、二人のキャラネームは何て言うの?」
「私は“リース”なのです」
「“ジェニー”デスよ?」
「そうか、外人だから本名使ってもどっかのキャラネームみたく聞こえるな。便利だ」
ただ、ジェシカはリースという名を使ったらしい。いつぞやのレジェンドクリーチャー・ドラゴンの名前とは、渋いな。
「そっか、リースって名前、ちょっと可愛いしね」
「かわっ!?」
「うん、ジェシカ……リースにはぴったりだよ」
「はわわわわわわわ……神璽くんがプレイボーイだったなんて」
「いや、ぜってーねーから」
おっと、気を付けていたのに乱暴な言葉遣いを……。
でも私がプレイボーイとか、もう不可能な話じゃないかなぁ。
「さて、買い物に行くなら何から買おうか?」
「そうね、やはり食料から買った方が良いかしらね。そういえば、馬具は付いてくるのかしら」
「それなら、さっき言ってたパンフレットに書いてあるんじゃない?」
私はパンフレットを取り出して、その中身を確認していく。馬に関する項目……オプション、これだ。
パラパラとめくり、流し読みしていくと、馬具は最初から付いた状態で配布されるそうだ。それなら特に心配する必要もあるまい。それと、馬は召喚獣扱いらしく、死んでも再召喚すればOKとのこと。失格条件はプレイヤーの死亡とリタイア、そして馬を失った場合らしい。
馬は召喚獣なのだが、餌や水、疲労度などが設定されており、長時間の連続走行は馬を潰す事になるのだそうだ。この場合、馬を失ったと判定され召喚用の魔道具は凍結。失格となる。
なるほど、馬の健康状態にも気を付けないといけないのか。
「どう?」
「馬具は最初から付いてるって」
「それなら安心ね」
「センセー、オヤツは何百円までデスか!?」
「十ゴールドなのです」
もはや円ですら無い。
ていうかそれじゃチロルチョコも買えねぇ……。このゲームの通貨はゴールドだが、金銭換算は普通に日本のお金と同じである。百ゴールドなら百円なのだ。
しかし、さっきからホーンさんは無口だな。しかもかなり厳しい顔をしている。どうしたのだろうか、ちょっと聞いてみよう。
「ホーンさん、どうしたの?何か悩み事?」
「っ!?」
ホーンさんの腰布をくいくいと引っ張って気を引き、かなり高い位置にある顔を見上げながら少し小声で尋ねてみる。
「あ、あぁ。少しな」
「何かあるなら聞くよ?私じゃ役に立てないかもしれないけど……」
「――――いや、大丈夫だ……気にしないでくれ」
「そっか……ごめん、余計な心配だった」
あからさまに肩を落としてしょんぼりして見せると、ホーンさんは慌てて「ち、ちがうぞ」などと言いながら私の頭を撫でてくれた。
「確かに心配事はある、だが……もっと落ち着いた場所で話そうと思ってな」
「……そっか、ありがと。私、待ってるから」
「あ、ああ」
「おーい、アンタら何してるの。行くわよー」
「はーい♪」
「………………」
苦い顔をしているホーンさん。しかしその表情は何処か嬉しそうで……俺は心の底から戦慄した。
読了感謝です!