21 神璽⑦
あと一話、あと一話で夏休み漫遊編(仮)に入れる
指摘部分を修正しました。ありがとうございます。
荷物を置いてリビングに入ると、母さんがえらい笑顔で俺に箱を押し付けて来た。
開けてと促されたので、恐る恐る開けてみると……雪乃華学園の女子制服が……俺は何も言わずに蓋を閉めた。
「さて、ただいま」
「うぅん、しんちゃんったら良いスルーね!」
「直人と父さんは?」
「なおくんは友達と遊びに行っているから、今日は夕方に帰ってくるわよ。陽一さんもその位ね。詳しい話はその時に。それでご飯は食べてきたの?」
「うん、姉貴とニャスドで食べて来た。そだ、これいる?」
俺は冷蔵庫に仕舞おうと思っていたビッグミートパイの箱を取り出し、母さんに渡す。
「ビッグミートパイかぁ、こっちの半分の奴だけ貰うわね。それにしても、しんちゃんてば無茶したわねぇ」
「忘れていたんだよ……いつもの癖で頼んじまって、食いきれなかったんだ」
母さんは早速食べかけの方を取りだし、レンジにかける。既に作り立てではないので、パイ生地もしなしなになっている、温かい方が食べやすかろう。
ホカホカのミートパイを母と一緒に突いていると、部屋に荷物を置いた姉貴がやって来た。なにやら顔をしかめているが、どうしたのだろう。
「あんた、また食べてるの?」
俺のせいだった。
「まぁ、少しなら入るから」
「そう……太らないようにね……?」
俺はいくら食べても太らない体質だったが、この体ではどうなのだろう。疑問ではあるがチャレンジはしない。ただ、いくら太ってもゲームの姿を基盤にしてるのなら太らないのだろう。むしろ成長し無さそうだという事に、軽く恐怖を覚える。
「まぁ、大丈夫だよ」
「なら、後で女子制服を着てくれるかしら。昨日の時点でのサイズを母さんに渡しておいたから、太っていたら着られない筈よ」
「いやー、それはちょっと……」
「着なさい」ニッコリ。
「はい」ガックリ。
姉貴の権力に容易く屈してしまう自分に涙目になりながら、自室に戻って女子制服を見る。俺がこれを着るのか……うーん、変態的だ。
躊躇う手を何とか従わせて、服を脱いでいく。きっとここに鏡が在れば、俺は自分のストリップショーに興奮したかもしれない。いやまて、ロリコンじゃないんだよ、姉がロリ系ばかりを押し付けるから目覚めたわけじゃ無い筈、無い筈!
しかし、脱ぐことに特に何も感じる事は無く、見下ろした絶壁に何の感情も湧かない。
ちょっと安心した。女子の制服はブレザーだったため、特に戸惑うことは無く着られた。そう言えば姉貴の代までセーラー服で、俺らの代からブレザーなんだよな。男子制服はまだデザイン中らしく、詰襟のままだ。
風の噂によると、詰襟萌のデザイナーなので詰襟を消す事が出来ないらしい。一時期白ランとか短ランとか長ラン、必死にブレザー案を考えて白衣とかいっそ上半身裸で良いじゃない!とか暴走したらしい。腐ってやがる、まだ早すぎたんだ。
まぁ、それは良い。無事着替え終わって部屋を出ると、リビングでは姿見をスタンバイした母さんとヘアゴムとブラシをスタンバイした姉貴がいた。まだ続くのか。
その後、俺は髪を散々弄られ、制服姿の写真をしこたま撮られたのだった。
◆◇◆
(直人視点)
十八時になった頃に家に帰って来た三輪直人。
その表情には久々に会える兄との組み手に、期待が止まらなかった。
兄貴はあの強面もあるけれど、それに見合う力を持っている素晴らしい兄貴だ。成田家にはやられっぱなしで癪だが、それ以外はブチのめしている。そんな兄貴は、古流武術の有段者である俺よりも強い逸材だ。それだけの実戦経験があるのだろう。悔しいが兄貴、あんたが№1だ。
「ただいまー。兄貴いる?」
「ぉー、なおと。おかえりーっ」
白い幼女が手を振っている。幻覚だろうか?いやいや、そんな馬鹿な。ほら、あっちに目を向ければ黒い幼女がいたぁ!?
突如として襲い掛かる痛みに堪えつつ、ギロリと姉貴を睨む。こいつは兄貴みたいに強い訳でもないのに、女と言うだけで威張り散らしている姉だ。ロリっ子の癖にそれを指摘するとキレる。視線でもキレる。考えただけでキレる。凶暴な肉食獣だ。いたた。
「燈子姉……前から言っているけど、物を投げるな」
「何よ、古武術やっているならそれ位避けなさいよ」
「無茶言うなよ。それで、そっちの子は何?幼女仲間でも増やしたのかいったぁっ!?」
「あら、やっぱり雑誌でも丸めると良い威力ね」
「だから投げるなって言ってんだろうがクソアマ!!」
「なぁ、姉貴。その辺で許してやってくれよ。な?」
「むぅ、まぁ、神璽がそういうなら……」
ん?ちょっと待て、今神璽って言わなかったか?いやでも……そうか、珍しい名前なのに被ったのか。にしても女の子に付ける名前かねぇ。
「それで、神璽ちゃん?だっけ。俺はこのお姉さんと話があるから、ちょっと貸してくれるかな?」
「ぶふっ」
「なんだよ燈子姉、やんのかコルァ!!」
「直人、俺だよ?兄貴の神璽だよ?」
「はぁ?冗談にしてはつまらないぞガキ。兄貴は男であって、お前みたいに女じゃ無ければ小さくも無い。しかも天才的に強いんだ、お前とは天と地ほどの差があるんだよ」
半ば怒りながら、俺は幼女に詰め寄る。頭をがっしりと鷲掴みにして、逃げられない様に捕しているので、もがいても無駄だ。
「でも、本当に俺なんだよ……?」
「まだ言うのか……母さん、この娘おかしい子なのか?」
「いやいや、だから神璽よ?」
「………………うん、母さんまでおかしく……」
俺が頑なに信じないでいると、鷲掴みにされたままの幼女が、俺を睨み上げながら叫びをあげた。
「直人!」
「あ゛ぁ!?」
「ゔ……っ」
睨み返してやると、一瞬は怯んだようだが手をぎゅっと握り直し、俺と兄貴だけの男の盟約を打ち明けたのだった。
「しょ、小学生時代に姉貴のパンツ盗んだの庇ってやっただろ!!」
「なっ!?」
「ほう?」
「へぇ?」
「あとあと、母さんのブラジャーの匂いを嗅いでいたりとか!」
「ちょ、まっ、もがもがっ!!」
「「続けて」」
俺は二人に捕縛され、口を押えられて何も言えなくなってしまった。何だこの油っぽいのは、地味に美味いけどデカすぎて口がうまく動かない!?
「直人が同級生の子に告白した時も手伝ってあげたし、エロ本だっていっぱい横流ししたのに!」
「もがが、あっげ、ほふがもあががーっ!(やめてまってそれいじょうはやめて!)」
「「他には?」」
「えっと、小さい頃に結婚しようねって約束した後輩のマキちゃんが、中二の時に前世で夫婦だったとか言い出して直人に付きまとい始めたから、俺が間に立ってやったじゃないか!」
「「なにそれ凄い気になる」」
やめろ、それはマジで黒歴史だから止めてください、兄貴だって信じるから、俺が悪かったから!!
「俺にはもう一つの前世がある。そこで、俺は兄貴と恋人だったんだ!俺は変わっちまったんだよ!って言わせて切り抜けたよ……あれは酷い事件だった。一時期直人は女子にホモ扱いされて……」
「止めろください、兄貴だって認めるから。それ知ってるの兄貴だけだから!!」
俺が信じなかったせいで、大事な物を色々と失った気がする。過去に戻れたとしたら、俺はさっきまでの自分をタコ殴りにしているだろう。くそ、どうなってやがる。
「ありがとぅ直人。俺、直人に信じて貰えなかったら一番ショックだったよ……」
ほっとしたのか、ふにゃっとした笑顔を俺に向ける。おいちょっと待て兄貴、滅茶苦茶かわいいじゃねーか。あんた何でこんな状況に馴染んでるんだ。畜生、兄貴はどうなっちまったんだよ。
「あ、そだ。いまいち信じられないかもしれないから、もう一つ」
「もう勘弁してくむがっ!?」
「「続けて」」
その後、俺は過去の過ちにケリを付ける事になったのだ。まさか、今更に成って全寮制の学園が羨ましく感じたことは無い。俺、向こうに行ったら絶対に実家に帰らねぇ。
俺への罰は、春休みが終わり高校に入学するまでの家庭奉仕に決まったのだった。これは兄貴も通った道だったが、それ以上に厳しいそうだ。まだ夏休みが始まったばかりだってのに、全部の家事が俺の仕事ッスか。
母さんは「夏休み中に全部仕込んで、冬場は楽させて貰うわ」とか言ってた。
ははははは……。
◆◇◆
(神璽視点)
どうやら、なんとか直人は信じてくれたようだ。いやぁ、一時期どうなるかと思ったが問題なかくて良かった。少し涙目な直人だが、俺を怖がらせた罰だ。
実は言い合いをしている時、物凄く怖かったのだ。直人の低い声がお腹に響いてきて、それだけで腰が抜けそうになる程に。さらには鍛え抜かれた体を惜しげも無く見せびらかしてきて、もう本当に怖かった。イケメンが怒ると凄い怖い。未だに少し震えが残っている。
でもでも、お兄ちゃんは直人の最もヤバい秘密は隠しておいたからね。安心するといいよ。
思春期の男子にはああいう事もあるんだと思うよ。ネットで読んだから間違いない。俺は経験無いけどさ……。たしか大関あたりの変態番付だったはずだ。大丈夫、これだけはバラさないよ。
「それで、兄貴はどうしてこうなったんだ?」
「知らないよ。徹夜でゲームして、眼が覚めたらこうなってたとしか言えない」
「まぁ、そのゲーム内のアバターであるニノと今の神璽はそっくりだから、ゲームが何かしらの関連を持っているのは確かだろうけどね」
「あぁ、その事については夜に陽一さんからお話があると思うけど、多分ゲームはそこまで関係ないと思うよ?」
「母さん、何か知っているの?」
「んー、詳しくは知らないんだよ。だから陽一さんが帰ってきたら聞いて」
「そっか、残念……」
とは言え、母さんの口ぶりからして何か心当たりがあるのだろうと言う事は明白だった。だが焦る必要は無い。父さんが帰ってくれば、ある程度の事が分かるだろう。
俺達は暇つぶしも兼ねて、お互いの近況を語り合う事にしたのだった。
時間は過ぎて夕飯時、父さんが帰って来たようだ。どうやら今日は予定よりも遅くなっていまったらしい。何かあったのだろうか?
「やぁ、おかえり二人とも。燈子は随分見ない間に、少し明るくなったかな?神璽は……うん、小さくなったね?」
「ああ、それは知っている。疲れているところ悪いけれど、父さんの知っている事を全部話して貰いたいんだ」
「解っているよ。でも、まずはご飯からだ。そうだ、三人ともにお願いがあるんだ。ケーキか何かの甘い物を買ってきてくれないかな?食後のデザートを食べながら話そう」
「……わかった。行こう、姉貴、直人」
何か話し辛い事があった時、父さんは俺達を追い出す口実にお菓子を買ってこいとか、何かしらの買い物を頼む事がある。このマンションがショッピングモールとくっ付いている利点を、最大限に生かした回避策だ。まぁ、今の俺達はそこまで子供じゃないが、だからこそ空気を呼んで家を空ける事が出来るのだ。
だが、久々の地元である。昔からの馴染みである喫茶店“Chocolat Courounne”の看板商品であり、ちょっと高めのオペラを頼んでやる。五百二十円もするちょっと大きめのオペラだ。でも、すっごく美味しい。そうだ、一緒に紅茶を淹れてあげよう。うーん、何が良いかな?アールグレイが良いって言うけど、あそこのオペラはややビターな味だからミルクティーにするのが一番無難かな?でも個人的にはチョコにはストレートが一番だとおもうのだけど……。あとは、フレーバーティーだとチョコの風味が消えてしまうし、難しいな。好みの世界だから特に。
「そこの所、聖夜歌さんならどうする?」
俺達はカウンターでお茶を飲みながら、少し時間を潰している。大体十五分くらいはここで潰すつもりだ。その間に、手が空いた従業員兼オーナーの聖夜歌さんに美味しい組み合わせについて聞いてみる。
「そうだね、ならウバなんてどうだろうか。強い渋味を持っているから甘い物を食べた後にスッキリさせてくれるし、苦い物ならミルクティーにして戴くと、無理なく美味しく食べられると思うよ、神璽くん」
真っ白な髪を、ふわりと舞わせて返答する聖夜歌さん。そのルビーの如く真紅に染まった瞳で数々の男を惑わせた過去がある。そして何より、俺の初恋だったりする。
ウエイトレス姿は着物に袴、ブーツにエプロンドレスという明治大正浪漫スタイル。加えて言うなら永遠の十四歳だ。そう、聖夜歌さんは俺が小さい頃に連れてこられた以前からここで働いているのに、全く老いていないのだ。まるでどこかの荒木な漫画家の様である。
それにしても、流石は聖夜歌さん。俺の紅茶においての師匠なだけはある。
「いや、おかしいから。一目でこの子が神璽だって見破るとか、おかしいから。いつも思っていたけど、聖夜歌さんって本当は人間じゃないわよね?」
「おやおや、いつも通り失礼だね燈子ちゃん。そんな事を言ってると、もうバイトに雇ってあげないよ?」
「その時は神璽を送り込むから、問題ないわよ」
「言ったね燈子ちゃん、じゃあ早速今日から住み込みで働いて貰おうかな。紅茶とコーヒーは私が仕込んだから、神璽くんなら即戦力だね。それに今の姿もとっても可愛くて、似合っているよ」
頬を撫でられながら褒められた俺は、顔を真っ赤に染めて照れてしまう。あうあうあう。今の姿は特に何も考えてないから、キャミソールにホットパンツと言う名の半ズボンだ。かなりラフな格好で出てきたのに、そんな、可愛いだなんて……っ。
いや、まて。そこは喜ぶところなのか?いくら初恋の人だからって、女状態を褒められて嬉しいのか?……うん、嬉しいや。駄目だ、顔がにやけてしまう。
「えへ、えへへ……」
「――っ!燈子ちゃん神璽くん頂戴、めっちゃ可愛い!!」
「えぇ、可愛いのは解っているわ。でもあげないわよ」
「兄貴、何処に行ったんだろう。俺の知っている兄貴は、いったい何処に……」
結局俺は夏休み中にバイトとして“Chocolat Couronne”にて働くことと相成ったのだった。おかしいな、デザートにケーキを買いに来たはずなのにシフトの話をしているぞ。
「というか、そもそも住み込みもなにも聖夜歌さんは隣の部屋に住んでいるんだから、意味は無いんじゃないか?」
「直人くん。君は今、とても情緒の無い事を言っているね。女の子はね、シチュエーションが大事なのさ。例え一緒に住んでいても、どこかで待ち合わせをして時間差を付けて行く……燃えるじゃないか!」
「さいですか……」
「まったく、そんなだから直人くんはいつまで経ってもモテないのだよ。顔は良いのに中身が脳筋じゃ宝の持ち腐れだね」
バッサリと切り捨てられてカウンターに突っ伏す直人。聖夜歌さんに口で勝とうなんて、人生一回分は早いんじゃないかな?
「でも、本当に俺だってよく分かりましたね」
「解るさ。大事な愛弟子で、親友の子供なんだから」
「聖夜歌さんって、ウチの母さんと親友って言うほどに仲が良かったかしら?」
「ふふ、その辺の事も含めて陽一くんに聞いてみると良いよ。その為に帰って来たのだろ?」
むぅ、何から何まで見通されているのは、なんだか釈然としないが仕方ないか。なにせ聖夜歌さんだからな。俺らの常識の外に居る人だ。何が出来ても不思議じゃない。
俺達が店を出る時、聖夜歌さんは思い出したように「ああ、そうだ」と呟くと、俺にこう言った。
「今度は大精霊としての君と、話がしたいね」
この人は本当に解らない人だ。
読了感謝です!
すみません、何故か渋る三輪陽一(父親)のせいで出る予定の無かったショコクロの聖夜歌さんが……。
カフェと言ったらショコクロの聖夜歌さんだと、私の過去作アーカイブが唸っていたので出しました。
おかげで、今後の展開の整合性が取れてしまい、夏休みが終わっても出てくる事になりそうです。
※聖夜歌さんは、創作同人漫画「午前三時のティータイム」に登場するアルビノ設定の少女です。当時はガチ十四歳ですが、今作品では何十年の時が経っているやら。性格も大分違いますが、まぁ販売部数なんて十部にも満たないんで知ってる人なんていませんよね。ははは。
さて、明日の朝までに擬人縁起編を終わらせますよー。
でも寝落ちしたらすいません!