20 神璽⑥
ちょっと久々に絵の練習してたら寝落ちしていました。
なので今日更新です。
ガタタン、ガタタン。
電車の振動が心地よくて、ゆらゆらと揺られながら微睡む。その度に姉貴にぺちぺち叩かれて目を覚ます。でも仕方ないじゃないか、眠いんだ。電車ってなんでこんなに眠くなるんだろう?うと、うと。ぺち、ぺち。どうやら姉貴も眠たいらしい。流石は姉弟、似た者同士だ。
俺達は今、夜行バスを降りて電車に乗って自宅の最寄り駅へ向かっている。まだ朝の早い時間に到着したせいで、眠り足らずに降りて来た事も、今の微睡の原因だろう。
とはいえ、夏の早朝の過ごしやすさは既に失われつつあり、太陽光線がキラキラと電車内を反射していて眩しい。
都会方面とは真逆なので、こんな朝に満員になるほど人は乗っておらず、ほとんどガラ空き状態の車両に乗っていた。
しかし俺の髪色はだいぶ目立つのだろう、意識が覚醒してくると、途端に気になりはじめる。むしろ眠っていたい。
「ほら、もう少しなんだから起きてなって。ふわぁ……」
「姉貴、眠気覚ましにニャスド入ろう。コーヒーでも飲んで頭を覚ましたい」
「そうね、私も朝ごはんにお粥頼もうかな」
「じゃあ俺はミートパイでも食べるか」
ニャスドとは全国展開しているドーナツ専門店の事であるが、飲茶や惣菜パイが人気商品だったりする、どこか不安なお店だ。
実は秋葉原の発祥で、ネコミミキャラとネココス店員を客寄せに使っていたが「いまいち萌えない」との評価を貰い、大人しく猫キャラドーナツ屋さんに鞍替えしたのだ。その後、大ヒットしてニャスドは全国展開に至った。猫の力は偉大だった。
そんなニャスドは学生割引が存在し、契約している学校法人の学生証が在れば全品三割引きとなっている。行かない手は無い。もちろん下町にもニャスドはあるのだ。
俺はミートパイを二つと、ブレンドコーヒーを一つ受け取り、先に券だけ渡されてコール待ちの姉貴が座るテーブルへと向かった。
「姉貴は何を頼んだの?」
「きのこ粥と点心のセットよ。アンタは本当にそれ食べるのね……胸焼けしそうだわ」
「そこまで言うか……」
確かに、手で食べられない程に肉汁でギトギトだけども。ナイフとフォークが添えられている様な品だけども。美味しいのになぁ、もぐもぐ。
「お待たせしました、こちらキノコ粥と点心のセットでございま……す」
「あ、私です」
「あ、はいっ、お待たせしました!」
慌てて対応する店員さん。どうしたのだろう、何やら鳩に豆鉄砲を避けられた時の様な顔をしているが。
「あの店員さん、何か間違えたのか?」
「違うわよ、アンタの皿に乗っている物に驚いたんでしょうね」
「は?ただのミートパイだぞ、売る側が何をビクる必要があるのさ」
「ただのミートパイはそんなに大きくないわよ。それビッグミートパイでしょ?」
「うん」
そう、今俺がもぐもぐと頬張っているのはビッグミートパイという看板商品だ。大きさはメロンパン大で中身は挽肉がたっぷり入っている。それが二個。え、普通だよね?
俺が不思議そうな顔をしていると、姉貴は店員さんを呼びつけてお持ち帰り用の袋を頼んでいた。いや、今まで普通に食ってたんだけど?
「アンタ、本当にバカよね。今は体が小さいのだから、そんなに食べられる訳ないでしょう。ファミレスでは普通に体相応に食べていたから気にしてなかったけど、忘れたわけじゃないわよね?」
「う、しまった……大好物過ぎて忘れてた……」
そしてビッグミートパイの値段は一個六百円、三割引きでも四百二十円。地味に財布に来る値段だが、以前の俺は月に一度食べに来ていたのだ。その際は勿論一人である。そのイメージで頼んでしまって居たとは、不覚だ。通りで頼む時に聞き返された訳だ、俺だって幼女がこんな肉塊を二つも頼んだら聞き返すし、止めるだろう。
「お待たせしました。良かったら、こちらをどうぞ」
「え、いいんですか?」
渡されたのはニャスドのキャラクターが描かれた正方形のボックスだった。しかもプラスティック製だから何度も使える便利な品だ。普通ならビニールと紙袋でおしまいなのだが。
そして描かれたキャラクターは牛柄ブタのブモパイさんである。これは牛と豚の合挽き肉を使用したミートパイをイメージしてあるそうで、ご丁寧にビッグミートパイの絵まで描かれている。お前ら、それ共食いじゃね?
「大丈夫だよ、いっぱいあるから。それに食べられそうにない人にあげる事になっているんだよ。あ、折りたためるからまた来た時にも使ってね?それを使えば少しだけど安くなるから」
「なん……だと……っ!?」
では今まで余裕で食い散らかしてきた俺は何だったのだ。食えたからか、食えたから駄目だったのか!?
しかも今の俺には学生証が無いせいで、姉貴に借りまで作ったというのに。
店員さんはニコニコしながら帰って行った。何だろう、この敗北感は。
しょんぼりしつつも、二人ともが食を進める。当然俺は一個と半分食べられなかった。凄いな、これで一日余裕だぞ。しかし胸焼けが酷いな。コーヒーのお替りを貰い、胃に流し込む。紅茶は飲まないのかって?自分で入れた方が美味いし、ファストフードの紅茶は水だ。
ちなみに紅茶缶は持ってきている。ティーポットは、俺の部屋に最初の頃に使っていた物が置いてあるから、それを使うつもりだ。流石に陶器をこの体で持ち歩くなんて、空恐ろしい事はしない。
「そういえば、ゲームはどうするの?例のクエストとか」
「んぅ……星宝具クエストは進めるつもりだけど、いまいち条件が解らないんだよな。グランドクエストに至っては、勇者と魔王が出てこないと完全に機能しないみたいだし」
「そう言えば夏休みイベントとして、八月一日からイベントがあると聞いたけど。内容は未発表なのよねぇ」
「へぇ。でも、それよりもスキル熟練度を上げたいよ。光魔術の初級が残念過ぎるし」
「私もせっかくだから【ライカンスロープ】の熟練度を上げたいわね。職人としては、戦える力を得たのは凄く大きいのよ」
「やっぱり上級職にも戦闘スキル無いのか?」
「皆無ね」
「南無いな」
そんな職人の嘆きを聞いていると、何処からか視線を感じた。これまでの道程で奇異の視線や微笑ましい視線、そして欲に染まったいやらしい視線。
そんな視線とは一線を画す、どこか底冷えするような気持ち悪さを感じる。まるで獲物を見る様な視線に少し体が震えてしまう。おかしい、俺はそんなに弱かっただろうか?今はドッペルだってあるし、大精霊化を使えば光速で逃げられるけど……。
「……出ようか、ニノ」
「う、うん。そうだね」
険しい顔をして中国茶を流し込み、俺を促す。俺もコーヒーをくぴくぴと飲み干して、鞄にビッグミートパイの箱を入れて店を出た。
「どう、まだ誰か見ていたりする?」
「へっ、あ、いいや。今は何も感じない……姉貴、気付いていたのか?」
「こんなでも女だからね。変態の嫌な視線を浴びる事もあるのよ」
「へぇ……」
そりゃまたイカレた趣味をお持ちの方も居たもんだ。なんて、半目でバカにしていると「今はアンタも標的だから、分散してくれて楽だけどね」などと言われてしまった。その通り過ぎて何も言えない。
「まぁ、今回はまだ分別のある変態だったのでしょうね。中には誘拐や拉致監禁を企てる阿呆も居るから、なるべく気を付けなさいな」
「まぁ、俺の場合はゲームスキルがあるから何とかなるけどな」
ふわりと指先に小さな光球を作りだし、ふよふよと動かすと凄い勢いで後頭部を殴られ、光球に頭突きをしてしまい霧散する。いたい。
「いい?普段からスキルは使わないこと。親には言うしかないけど、それでも軽い気持ちで使うのは無しよ」
「うぅ、何でだよぉ」
「アンタ、解剖されたいの?」
「よし、封印。緊急時と自室のみで使用します!」
「部屋では使うのね……」
「何とか美味しい紅茶の役に立たないかと……」
欲望まみれの弟でごめんなさい解剖しないでください。でも、美味しい紅茶を淹れる一助になってくれればと思うのだよ。あ、今度AOでも紅茶を探してみよう。
そんな会話をしながら、真昼間の駅前を歩く。家はタワーマンションの中腹当たりにあり、駅からも割と近いのでそんなにあるく必要は無いのだが、この体は歩幅まで小さいので随分と遠く感じる。そしてすれ違う人達の微笑ましい視線が突き刺さる。以前は目線を合わせない、距離を取る、そして喧嘩を売られる毎日だったというのに。
ちなみに、喧嘩を売られても余裕で勝っている。普段成田にボコボコにされているせいで、リアルVITはバカ高いのだ。そして同様に鍛えられた筋力でワンパンKOとなる。そして中学時代に着けられたあだ名が『成田の重戦車』である。しかし一度も奴の命令で人を殴っていない。何も壊していない。ただ、かかる火の粉を振り払っただけである。
そんな懐かしい思い出に耽りながら、視線を思考の外に追いやり道を歩く。もうすぐ駅まで徒歩五分が売りのタワーマンションに、十分以上もの時間をかけて到達できる。あのキャッチコピーは嘘だな。訴えてやろうかと念じておく。
正面玄関の自動ドアを抜けて、手持ちのカードとパスコードを入力してロビーに入る。そこにはかなり広い空間と、出入りが可能な庭園、喫茶店や休憩所などが配置されていた。ここから渡り廊下を抜けると、隣接したショッピングモールに直通で行ける。母曰く「天国や……」だそうだ。母は関西人では無い。
そんなズボラマンションのエレベーターを経て地上十二階に到達した。自分の家に帰る、となると本来安心する筈なのだが、今の俺は緊張で心臓がバクバク言っている。いや、確かにあの貧乏寮住まいをしていると、こんな高級マンションに住んでいた事に引け目を感じる。
だがそれ以上にこんな体になった事をどうやって説明しよう。一応電話では了解してくれたらしいが、何をどう言ったのかも解らないのだ。
俺はドアの前で二の足を踏んでしまって居たが、姉貴がいつも通りにドアを開けて中に入っていく。俺と手を繋いで。わぉ、連行されてる気分。
「ただいまー」
「ただいまー……」
俺は少し小声で言ったのだが、どうやら姉貴の大声で母さんは反応してくれた様だ。
「あら、お帰り。そっちが神璽ね?お帰り、大変だったね」
「ぁ……ぅぁ、んぅ」
母さんに自然に頭を撫でられて、不安に思っていた心が氷解していく。ああ、やっぱり母さんだ。いつも笑っていて、とても優しい人。柔らかく包んでくれた手に、小声でありがとうと伝えて、俺は小走りで自分の部屋へ走っていった。
読了感謝です。
今回はやや平和に終わりました。
しかしビッグミートパイ、メロンパン大のミートパイは圧巻の一言です。そんなものは空想だから良いものの、リアルでやるなら注文後調理という展開は必至。
しかも中心まで火を通すためにオーブンを使う事になるから、余計に時間がかかるだろうし、何よりガチで胸焼けしそうだ。
うん、やっぱりミートパイはハンドサイズが一番だな。
ミートプディングは一度食べてみたい。
魔術の参考に手軽なRPGをやったりしているのですが、最近PSO2のテクターがチート級に強い事をやっと理解しました。
武装迷彩の蝶ハサミでガッスンガッスンと叩き潰しています。あれが魔法剣か……っ!?
今はFateの宝石剣ゼルレッチを目指して金策中。