02 囚われの聖女
なんか0時過ぎてた。くそう、もう少し早くうpする予定だったのに。
「こんなものかな」
八時になり、店が開きだしたところで旅に必要なものを買い込んできた。携帯食料の干し肉にスープの素、乾燥野菜などの食品類。空腹度のシステムは簡単で、朝昼晩と食事を取っていれば問題なく稼働できる。一食抜くと空腹状態・中となり状態異常にかかりやすくなり、二食抜くと空腹状態となってスキル発動が低確率で失敗、三食抜くと貧血状態になり一定確率で気絶する。それ以上は有志が実験中らしい。
あとはナイフ一本につき五回まで【解体】スキルが使用できる解体ナイフ。夜間の明かり様にカンテラ。消耗したHPポーション十五本。野宿用にキャンプセット一つ。合計約十五万ゴールド、全財産をつぎ込んで買ってきました。ええ、純ヒーラーなんてこんなもんよ。
「まぁ、インベントリに入れておくから重量なんて関係ないしね。個数制限様々だね。さーて、どの方向に行こうかな?」
俺は手に持っていた【治癒師の杖】を地面に着けて、手を放す。すると、重力に従って杖が左方向にぽてっと倒れた。ふむ、西か。
始まりの町、アゴルダの西門から出て道なりに歩き始める。なんだか、こうやって落ち着いて歩くだけでもAO始めて良かったと思える程に絶景だ。山岳地帯なのか、遠くに映るのは雪の積もった高い山々。麓には木が茂り森の様相をなしている。それを突っ切る形で街道が設置されており、多少くねっているが迷う事は無いだろう。
そんな風に考えていた時もありました。
「迷った……」
案の定迷いました。いや、俺は悪くないよ。いきなり横の茂みからアッシュウルフってモンスターが集団で襲い掛かってきたら、全力で逃げるでしょう?街道を逃げた所で、捕まるのは時間の問題。ならば森の中に入って木々を盾に、各個撃破した方がいいって思うじゃないですか。
なんとかホーリーショットを六発当てて倒したけど、普通に考えてMPが持たない。ホーリーショットは聖属性だから、悪魔とか不死者には効くんだけど普通の生物にはかなり威力が減衰するんだよ。アッシュウルフは地属性だから余計に効かなくて……しかも一発でMP30つかうのに、一匹倒すのにMP180使ってしまったら後続の十数匹のアッシュウルフにフクロにされてしまう。
なんとか全力疾走して逃げ切ったが、もはや現在位置が解らない状態になってしまった。マップ機能は“地図”アイテムが無いと使えないわけで、街道を行けば良いとたかをくくっていたので買ってないのだ。
「地図は買ってないのに、囮アイテムだけは持っていたなんて……初期アイテムに地図も入れておくべきだと思うよ運営さん」
そんな独り言を呟きながら、森の中を歩く。これが現実だったら最悪餓死だけど、ゲームだから荷物も失ってないしログアウトもある。まぁ、宿屋とか安全地帯以外では五分間アバターが放置される訳だけど、ぶっちゃけこのアバターに未練なんて無いしなぁ……。
「はぁ、もうお昼かぁ……お昼ご飯食べないと」
お昼ご飯のためにスープを作ろうとしたところ、調理器具を買い忘れていた事に気付き、しょんぼりしながらもそもそと干し肉に噛みついた。硬い、うぅ……。
そんな残念な昼食を森の中で取っていると、不意に体が崩れ落ちた。あれ?食べたばっかりなのに貧血状態にでもなったのか?バグ?いや、このちょっと減って出て来たHPバーの上にくっ付いてるアイコンは……。
「麻痺毒……?」
「せぇーかーい。こんな小さなガキでも、それなりの服着てるからどうかと思ったが、なかなかの上玉じゃねーか。そっちの趣味持ちには高値で売れそうだなぁ」
おどけた口調で喋りながら茂みから出て来た男性達……いや、恰好から察するに山賊か盗賊の類か。毛皮をあしらった革鎧に、浅黒い肌や無造作に伸ばされた髭。そして身長が120相当しか無くなってしまった今だからこそ感じる体格差による威圧感。完全にお尋ね者です、本当にありがとうございました。ていうか、これNPCだよね?プレイヤーじゃないよね?
彼らが俺の体をロープで拘束していく中で、何とか情報を引き出そうと会話をしてみる。
「山賊プレイ……ですか?」
「あん?なんだ、俺達の事を知らねーのか?俺達はなぁ、巷を騒がせてる大盗賊団、ノームリーグ盗賊団だ!」
どうやら盗賊の方だったみたいだが、なんだその名前。どこの野球リーグですか?大地の精霊がキャラクターなんですか?
「ぎゃははは、コイツ恐怖で声もでねぇってか!」
「死の料理人ノーム親分、冷血なる殺戮者リーグ兄貴が纏める大規模盗賊団だ。そりゃぁ恐ろしくもなるだろうさ」
「だが安心しな、おまえはそれなりに綺麗だからなぁ。俺達がたっぷり可愛がってやるぜ!」
え、ちょ、まって?このゲームR15だよね?R18じゃないよね?えっちなことされないよね!?俺中身男なんで食べても美味しくないですよ!!
「クククッ、良い顔だ嬢ちゃん……お前の初めてはこの俺様が先に戴くとするか」
「あ、兄貴ずりいよ!見つけたのは俺だぜ!?」
「あぁ?てめぇ俺より先に楽しもうってか?」
「で、でもよぉ……」
「チッ、仕方ねぇ……二番目は俺だからな?」
「あ、兄貴……!」
なんだこの茶番……。俺を取り合ってこんな下らない茶番が起きているなんて……あぁ、俺なんで女アバターにするの許したんだろう……。
「おぅ、嬢ちゃん。あんた名前何て言うんだ?」
「……ニノ」
「ニノか、良い名前だ。それじゃあニノ、アンタの初めて――貰うぜ?」
「なっ、やめっ……!」
「明日俺とデートしようぜ!!」
「………………はぃ?」
「いや、だから明日町で俺とデートしようぜって」
「いや待て、なんでそうなる?」
「フフフ、俺達は極悪非道なノームリーグ盗賊団、女の子の初デートを奪うのは当然だろう」
あぁ、うん。よかった。やっぱR15だ、間違いない。
「断る!」
「ぐはっ!」
「ダリル!?」
おお、この青年はダリルと言うのか。脳内メモリからゴミ箱に捨てて空にしておこう。
「兄貴……やっぱ、俺にはまだ早かったみたいでさぁ……」
「あぁ、気にすんな。こいつは明日にでも奴隷商に売っぱらってやるさ。その金で、呑もうぜ?」
「兄貴……俺、あ、兄貴とだったら……」
「バカ野郎、それ以上言うんじゃねぇよ……。照れるだろうが」
ガ、ガチな奴ですか?嫌だ、見るからに汗臭くてムキムキな奴らのプラトニックラブなんて見たくなかった。くそ、こんなところでボーイズラブタグを活用するなよ!
「よし、コイツは大事な商品だ!明日まで大事に牢屋に入れておけ」
「ですが兄貴、牢屋は例の高級品が」
「ああ、大丈夫だろう。一緒に入れておけ、もしかしたらあのお方がコレも買って下さるかも知れん」
「なるほど、それじゃ一緒にしときやす!」
その後、俺をデートに誘ってきたダなんとかさんの肩に担がれ、盗賊団のアジトまで連行されていくのだった。ドナドナ?
◆◇◆
とある洞窟の奥、高級品がどうのって言ってたから牢屋と呼ぶには綺麗すぎる部屋を想像していたのだが、なんてことは無い。普通の地下牢だった。そんな地下牢で唯一それなりに掃除してある一室に放り込まれ俺だったが、話の通り先客が居るようだった。
「あらあら、大丈夫ですか?」
「…………」
目の前には天使が居た。ふわりとウェーブがかった金髪は松明の光を反射して輝き、その青い瞳はサファイアの如く濃厚な蒼の美しさを持っている。その瞳の色に合わせたのか、水色のドレスを纏った姿は、さながら何処かのお姫様のようだった。
「大丈夫?お腹減ったのかしら……反応がないわねぇ。困ったわ……盗賊さん、どうかこの子とオヤツを食べさせてくれませんか?」
「さりげなく自分も数に入れたな、アンタ。駄目だ、オヤツは太るから禁止だと親方が言ってたんでな」
「ちょっとくらい構わないでしょう?」
「それでどやされるこっちの身にもなれっての、駄目ったら駄目だ!」
「もぅ、ケチですわねぇ」
「えっと、大丈夫ですから。それで、あの」
ようやく衝撃から復帰した俺は、見惚れる程に美しい姿の女性に気遣われていた事を思い出し弁明する。そして、せめて名前だけでもと思い口を動かそうとするが、緊張してしまって上手く話せないでいた。
「あ、そうですわ。まずは自己紹介から、ですね?私の名はアリシア・ジャックゴルド・サードと申します。貴女のお名前は?」
「あ、しん……じゃなくて、えっと、ニノです……」
危ない、つい神璽って本名を暴露するところだった。男性名だってバレたら色々と面倒そうだし、見た目通りに振舞うしかないかな?
「まぁ、ニノちゃんっていうのね?とってもいい名前だわ。かつて世界を救った三種の神器の名前だなんて……私なんて代々長女に受け継がれるアリシアって名前だけだもの、もう少し考えて下さってもいいと思いません?」
「い、いえ、アリシアさんの名前も、とても綺麗な響きじゃないですか。ボク達の故郷では“真実”って意味や、“高貴な姿”って意味合いで用いられる言葉なんですよ。まだ会って間もないですけど、アリシアさんにはとても似合っていると思いますよ?」
「あら、あら、あらぁ~、そんな意味があるの?私たちの国ではアリシアなんて名前は春生まれの長女ってだけの意味なのよ?嬉しいわ」
子供の様に破顔して笑うアリシアさんは、この盗賊はびこる薄暗い地下牢の中で咲いた花畑のような印象を受けた。綺麗な人って、凄いな。今まで家族以外の女性と関わる事無く生きて来た俺にとって、NPCとはいえ女性と会話するなんて事は皆無だった。しかし、こんなに楽しい物だったなんて、俺は人生をどれだけ損していたのか。これからは積極的とは言えなくても、少しでも話せるようになりたい。そう思わせるパワーがあった。
しかし、そこへ冷や水をぶっかけるKYさんが乱入してきたのだ。
「ほぉ、こいつか」
「ノ、ノーム親分!?どうして、こんなとこまで……」
「へっ、上玉を捕らえたって聞いたら確認ぐらいするだろうがよ」
どうやら俺を見に来たようだ。確かに外見は可愛いかもしれないが、中身は泣く子も大泣きに変わるヤクザ顔の男子ですよ。あんまり近寄らないでくださいくさい。
「ほぉ、綺麗な髪だ。それにこの肌の色……美しいな、この聖女も美しいと思ったがこれほどの上玉が居るとは。惜しむべきはまだガキだって事か」
「聖女?」
「ほぅ、声も素晴らしいな。聖女ってのはそこの貴族様の事さ、神から聖女の名を享けた希望の象徴ってな。それも捕まって奴隷の契約を済ませちまえば、ただの女と変わらねぇよな?」
「下郎め……」
「おうとも、お褒めに与り光栄ですよ聖女様。そのヨダレが俺様の勲章だ。それじゃ俺は準備に取り掛かる。一刻程後に白い方を俺の部屋に連れてこい。たっぷり可愛がってやるぜ、ガハハハハ!」
それだけ言うと、盗賊の親分は階段を上がって去って行った。どうやらまたデートに誘われるらしい。しかし準備ってなんだ?
「おぅ、白いの。ああ見えて親分はテクニシャンだからな、その上泣き喚いても絶対に許しはしない。せいぜい壊れない程度に可愛がってもらいな。なに、すぐに癖になるさ」
「え、デートのお誘いじゃないの?」
「あ?デートだって?何を生ぬるい事言ってんだよ、ヤる事なんて一つに決まってんだろうが、お前の見た目は貴族だって金を積んで買う程に良いんだ。そんな女が手元にあるのに、手を出さないなんて不能野郎だぜ」
え、なに?さっきのダなんとかさんのアプローチは彼流って事なのか?もしかして本当にR18な展開に!?嫌だ、そんなのは絶対に……っ!
「ああ、全く羨ましいぜ、親分の料理が食えるなんて」
「――りぴーとあふたーみー?」
「あん?全く羨ましいぜ、親分の料理が食えるなんて?」
「うんそれ、どういう意味?」
「ハハッ、もう怯えちまってるのか?良いだろう教えておいてやる。親分が何故死の料理人と言われているか、それは料理の腕が凄腕過ぎて一度食べたら他の料理が食えずに餓死するからと言われている。さらに親分のテクニックは料理だけに飽き足らず、パティシエの領域にまで踏み込んでいる。別名味覚の破壊者とまで言われる親分は、泣いて食べたくないと拒否しても一度出した品は食べるまで帰さないポリシーの持ち主だ。そして遂には親分の料理の虜になっちまうのさ……へへっ、まったく……ブルっちまうお人だぁ」
よかったぁ~!セーフだ、やっぱりR15止まりだった!!しかし、うん、ちょっと気になるな……その料理。
「そっちの聖女様はなんとか頑張っているようだがな……忘れられないだろう?親分の味を……」
「くっ、卑怯者!私は屈しません、必ず生きて帰ってあの味を再現して見せます!」
「出来るもんなら、やってみればいいさ。俺達じゃ無理だが聖女様ならできるかもなぁ」
「見ているがいい、盗賊よ。私は必ず“食の聖女”と呼ばれて見せよう!」
あかんかった、聖女様もう堕とされてた。さっきからヨダレが凄い。待てをされたわんこの様にぽたぽた落ちてる。それでいいのか聖女様。
「分かっているのです、数々の料理に使われた食材、調味料、ハーブに至るまで私の舌は見抜いたのです。ですが……調理法まではっ!」
「へへへ、聖女様が親分の嫁になるなら教えてくれるんじゃないか?」
「もう、それしか……!」
「いやいやいや、待ってアリシアさん!落ち着いて、どうどう」
「ふぅっ、ふぅ、でも、あの味が忘れられなくて……っ」
一体何を食わされたんだよ……こんな禁断症状っぽいのが出るなんて、逆に怖くなってきたぞ。
「あ、あのっ、さっき言っていた三種の神器ってなんですか?」
「え?ええ、三種の神器と言うのはかつての英雄が使っていたとされる装備の事です。ニノさんの名前と同じ名称の装備は、首飾りですね。【精霊の首飾り“ニノ”】は、持ち主の傷を癒し、毒を跳ね返し、持ち主の蘇生まで成した奇跡の装備なのです。残念ながら、この三百年のうちに失われてしまいましたれど」
ほえぇー、それじゃ今の治癒師にぴったりの名前だったって訳か。うん、俺道具扱いだしなぁ、ぴったりだなぁ。ぐすん。
「あとの二つは、【破邪の剣“ナギノ”】【聖なる盾“ヤタノ”】と呼ばれる剣と盾ですね。ナギノは内に封じられた炎で焼き切り、混沌に至らしめた鋼よりも固い竜王の首を切り裂いたと言われています。ヤタノは全ての魔法を中和し、あらゆる攻撃を粉砕したと言われています」
「盾なのに?」
「はい、盾なのに、です」
一拍おいて、二人で笑い出す。さっきまでの禁断症状も形を潜めたのか、もうアリシアさんの口もとからヨダレが出る事は無かった。
その後はアリシアさんと他愛のない話を続けた。決して親分の料理が怖いからではない。怖くは無いのだ。
そうこうしている内に時間になったのか、牢屋の鍵を開けて番のお兄さんが俺を呼ぶ。
「おい、白いの。そろそろ時間だ、たっぷり愉しんでこいよ?」
「……そういえば、一つ試してない事があったんだよね」
「あん?」
「【フラッシュライト】!」
「ぐぁ!?目が、目がぁーっ!!」
光属性魔術・初級の【フラッシュライト】、目くらましの魔術で一分間暗闇状態にするデバフ魔術だ。対人戦で使うと三十秒に半減するが、人とは言え敵性NPCだ、モンスターと同じ処理の筈。
叫びながら両目を抑えてゴロゴロと転がる牢屋番、しかしそれを無視して俺は牢内に手を伸ばす。
「アリシアさん、逃げるよ!」
「――っ、はい!」
俺はアリシアさんを連れて脱出作戦を開始するのだった。料理に未練なんてない、無いんだ。
ニノ
性別:女
Lv16 HP830 MP1047
STR:1
AGI:1
VIT:1
INT:50
DEX:14
LUK:1
Skill
【ヒール(済)熟練度36】【キュア(済)熟練度2】【ホーリーショット(済)熟練度18】【聖壁(済)熟練度21】【聖棍(未)】【棍術(未)】【光属性魔術・初級(済)熟練度3】【HP増加(未)】【MP増加(済)熟練度38】【闇属性特攻(済)熟練度0】
獲得トロフィー
【スリーピングデッド】【不眠不休】【眠り姫】【裏切りの一撃】【牢獄の虜囚】new!
昨日ニノの立ち絵を描いた後に、ノリで描いたイラストのっけました。もっと挿絵っぽいのを描こうと心に誓った作者であった。
因みに三種の神器はまんまアレです。草薙のとか八咫鏡とか。八尺瓊勾玉は神璽とも書くらしく、名前をリンクさせた感じですね。ヤサカ・ニノ・マガタマって切るところおかしいですが。
後々話にもかかわってくると思います。